及川と岩泉♀ | ナノ
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玄関の扉を潜って外に出ると眩しい太陽の光が目に沁みこんだ。一瞬、瞼を閉じて光に慣れさす為、瞬きを繰り返す。玄関の扉を横にずらして、石段を歩いて表札が掛かってある家をぐるっと囲う低い壁まで辿り着くと、ここから家の外だ。

「うげ」

背伸びをしながら睥睨していると嫌な人物と会ったので思わず、声が漏れてしまう。唇をふにゃけて妙な顔で睨みつける。

「それはこっちの科白だよ、岩ちゃん」
「どの口がその言葉、言えたんだよ。クソ川」

険悪な言葉で言い争いをする。幼い頃から一緒なぶん、遠慮がないので、直接的な言葉が胸の中に飛び込んでくる。いつもならここで私が一発、及川のことを殴って、文句を垂れながら一緒に登校するというルートなのだが、今日の私達は普段通りにはいかない。悪口を言い合いながら「着いてくんな!」「俺だって、そっちの方向なんです――」と及川と距離をとって歩く。
理由は単純だ。喧嘩している。及川が悪い。どう考えても及川が悪い。
喧嘩をした原因は私が及川の家に今度、男子があたる高校の試合記録データを持って行った。長年の癖で私は及川の家に上がる時、わざわざ扉をノックしたりしない。チャイムも鳴らさない。合鍵でがちゃりと家の扉を開けるのだ。鍵が掛かっている時点で妙だと気づくべきだったのだろうが、留守だったら部屋に放り投げておけば良いと考えていたので、気にせず階段を登った。扉をあけて「及川――」と一応、名前を呼ぶ。視線を窓の方から布団へとずらすと及川が寝転んでいた。
「なんだ寝てるのかよ」
「い、岩ちゃん」
「起きてるんだったら、返事しろよ」
私は及川に近付き、頭を軽くパシンとしばいた。わざわざ対戦高校のデータを持ってきてやったのだ。見るんだったら付き合うぞ? という顔で及川が布団の中から起き上がるのを待った。
「早く起きろよ」
「いや、これはちょっと……」
「なにがちょっとなんだ。帰るぞ」
「え、ちょっと待って、待って! 一旦、出て行っては欲しいけど帰らないで」
「はぁ? お前はいったい、なんなんだよ」
呆れ気味に溜息を吐きだすと、及川の枕元に雑誌が隠れてあるのが見えた。なに隠してんだ、と深く考えず雑誌の先っぽを摘まみあげると爆乳の裸のお姉さんたちが写っていた。予想の範疇を超える代物に思わず、雑誌を手に持ったまま固まる。暫く、固まっているとおそる、おそる、次の頁を捲ろうとした時、及川が布団の中から出てきた。
「岩ちゃん! 駄目、駄目だって―――!」
制止の声を発しながら全身で叫んできた及川は、下半身を丸出しにしていた。及川の下半身なんて小さい頃、腐るほど見てきたが、流石に勃起した状態のペニスは見たことが無い。大きく膨れ上がった、自分にはついていない異物に対して、恐怖心から「ひっ」という言葉が漏れた後、及川の頬を全力で殴っていた。拳でだ。

「い、な、なんてもん見せやがるんだ!」
「勝手に見たのはそっちでしょう!」
「ちげぇよ、エロ雑誌じゃなくて、テメェのチンコだよ! きたねぇもん見せやがって!」
「見せたくて、見せちゃんじゃないよ! てか、汚いって。及川さんのマンモス級のチンコを見て良くそんなこと言えたね!」
「さり気無く自慢してるんじゃねぇ! きたねぇよ! 誰が見たいか! この粗チン!」
「なにその言い方! 岩ちゃんなんて、この雑誌に出てくるお姉さんたちの半分以下のおっぱいのくせして!」

と散々な言葉を言い合った。
今、思い出せば下らないし、下品だし、お前たちには色気のいの字もねぇなって感じなんだが、お互い馬鹿にされたくない所を馬鹿にされて腹が立った。悪かったな、胸が小さくて。お前好みに生まれてきてなくて。つーかなんでお前好みに生まれてこなきゃいけねぇんだよ。腹立つ。小さくても邪魔にならなくて良いだろうが。私はな、小さいこと、気にしてんだよ! あと、粗末なもん先に見せてきたのはお前だし、ノックもせずに私が入ってくることくらい、何時ものことだろうが! 私は悪くねぇ! 悪くねぇし……――

「そんなんだから、岩ちゃんは恋人がいないんじゃない!」

お前に言われたくねぇよ。
私が好きなのはお前、なのに。
全然タイプじゃなくて、色気もなくて、化粧もしねぇし、男みたいな喋り方だけど。好きな奴にそんなこと言われた私の気持ちも考えてみろよ、クソ川。

まぁ、こんな感じで言い合いになって喧嘩をしたのだ。半分、私の八つ当たりだけどな。私が及川のこと好きだなんて、あっちは気付いていないだろうし。だから色気がない男に興味もなければ、女らしくないと散々な罵り言葉を吐き出せたのだろう。



「はぁ」

溜息を吐き出して机の上で伏せていると、横から花巻に肩を叩かれた。花巻は男でバレー部のくせにお洒落で、制服の隙間から首にぶら下がったチェーンと指輪が見えている。小物なんかも、派手すぎず、シンプルなのに形が変わっていたりして、女子からの人気も及川に次いで高い。

「なに溜息吐いてんの」
「いや、お前には関係ねぇよ」

こんな乙女ちっくな悩みを誰に吐き出せるというのだろうか。そもそも、今まで女子力というのを磨いてこなかった自分にも原因がある。私の目の前に広がるのはバレーバレーバレーとバレー漬けの人生だった。視線を逸らす暇さえ惜しくて、ずっとバレーに専念してきた。そのお蔭で元々運動神経は良い方だったが突出した才能がなくてもレギュラーの座を勝ち取り、エースとしてチームを引っ張っていくことが出来た。しかし、女らしさからはかけ離れている。誤解がないように言っておくと、別に女子バレが全員、女子力が欠落しているわけじゃない。ちゃんと、自己を磨きあげて可愛らしい容姿をしている部員だって山のようにいる。バレーが終わってから化粧をして帰宅したり休みの日は可愛い服を着て男とデートに出かけたりもする。行動だって直ぐに手が出る私と違ってガサツじゃない子もいっぱいいるのだ。だからコレは私の怠惰によって成り立った結果と、本来、生まれ持ってきた性質が混じり合ってしまったという自業自得だ。

「そんなこと言って。話してくれてもいいじゃん」
「ウルセー近寄ってんじゃねぇ!」
花巻の身体は暑いんだよ――! と振り切る前に耳朶の横で「及川」と呟かれた。呟いたあと、得意気にニヤリと笑いやがって、ぶん殴ってやりたくなったが、我慢した。観念するよね、という顔で見つめられ仕方なく立ち上がり、花巻の背中を押し上げながら屋上まで連れて行く。教室で話すには羞恥で死んでしまう内容だ。


屋上は誰もいなかった。
当たり前だ。本来、立ち入り禁止となっているのに内緒で入りこんで話そうとしているのだから。同じような考えの連中が天気の良い日だといるが、今日は昼飯を食べるには強風が吹きすぎている。
扉を閉め、私は下のタイルを眺めながらぽつりと話す。

「及川、と喧嘩してだな――」

ぽつぽつと歯切れ悪く、今日あった出来事を花巻へ告げた。私が及川のことを女として好きだということは、誰にも喋ったことがない重要機密事項であるが、先ほどの呟きを聞く限り花巻には既にバレバレなのだろう。悔しいことに。腹立つ。この様子だと松川辺りも知っているんだろうな。無駄に察することに長けている奴らだから。及川、は、まぁ気付いてなんかいないだろう。気付いていたら、私と距離を取っている筈だ。


「で、岩泉は可愛くなりたいってことでしょ」
「なっ!! 言ってねぇよ、んなこと!」
「言ってる、言ってる。顔を真っ赤にして抵抗してもだめデショ」

花巻はお得意の鮫歯を見せながら私のお凸に触れた。顔を真っ赤にしていると指摘され、自身の顔を晒すのが恥ずかしくなって、押さえつけられる手の動きから離れようとするが身動きが取れねぇ。畜生。私も女にしたら高い方だが男子バレでレギュラー張っている花巻の身長には敵わない。

「だったら、俺が可愛くしてあげるよ」

さらりととんでもない台詞を花巻は残して私を見た。




チャイムが鳴ると同時に花巻のお凸を抑えるという拘束から解放され私は自由になった。放課後教室に残るよう言い渡された。私は「部活はどうするんだよ!」と怒鳴ったが呆れた顔で花巻が「今日は体育館、耐震チェックするから休みって伝達きたでしょ」と言われた。確かに私は女子バレー部の部長として顧問から聞いた情報を、昨日、部員の前で声高らか宣言した所だ。忘れていた所を見ると、どれだけ自分が及川に気を奪われていたかわかる。猪突猛進という言葉が良く似合っているこの性格をどうにかしてしまいたいものだ。

五時間目と六時間目を怠惰に過ごした。部活がない日は及川と一緒に帰って、アイツの家には芝生があるからそこで練習するのが中学生時代から自然と決められていたルールだった。一緒に登下校するのだって、良く判らない間に習慣となってしまったことだ。クラスが違う時は及川が「岩ちゃん」と誘いに来て一緒に帰るっていう。けど喧嘩しているから普段とは勝手が違う。私が教室で一人机の上で花巻を待っていると及川が大勢の女子に囲まれ、私を「ほら、俺はモテるから」という流し目で見ながら廊下を通り過ぎて行った。
自慢げにこっち見てんじゃねぇよ! と持っていた消しゴムを放り投げて及川の頭にヒットさせたが、心は情けなくもダメージを受けていた。

早く来いよ花巻! と八つ当たりを露わにしていると、教室の後ろの扉から花巻と松川、それに何故か金田一と国見が現われた。一年組は完璧に荷物持ち状態で、金田一は先輩の手伝いが出来るなんて光栄です! という顔をしていたが、国見は不機嫌を曝け出しながら、めんどくせ――という顔をしていた。

「お待たせ――ちょっと、準備していたら手間取っちゃった」
「手間取っちゃったってなんだよ」

呆れ気味に大荷物の理由を尋ねる。
「あ――それはさ」
横からひょいっと顔をだした松川が順番に花巻の姉から借りてきた化粧ボックス、美術室から借りてきた姿見、普段自分たちの部長の世話を見て貰っているのでプレゼントするという意味でバレー部一同で買ってきたワンピースと説明してきた。え、ワンピースしかもこんな女の子らしい恰好を私がするのか? とも思ったが、金田一が「岩泉さんきっと似合いますよ!」と目を輝かせてこちらを見てきたので、無碍に出来なかった。後輩の、純情な目に私は、弱い。




トイレでワンピースに着替えると後は花巻に「目を瞑っているように――」と言われてしまった。国見が私の後ろで何もケアしていない髪をアイロンで伸ばしているのが分かる。時々、厭味ったらしく「岩泉さんって櫛で髪の毛といでいますか?」と失礼極まりない台詞を吐かれる。
顔にはなにか塗りたくられていくのが分かる。息がしずらい。途中、呼吸を止めていると「ちゃんと息しなよ」とアドバイスを貰った。緊張してんだよ! 緊張! あと、自分が一体どうなっているのか把握できないのは少しばかり辛い。

一時間ほど経っただろうか。
松川に肩を叩かれ目を開けても良いよと言われたので、目を見開いた。美術室から金田一がせっせと運んだ姿見に映る自分の姿を目にして一言。

「誰」
「岩泉意外に誰がいるっていうの」
「いや、けど、私には見えない」

鏡に張り付いて良く自分のことを観察してみるが、まったくの別人で息を止める。ワンピースはタイトなもので、膝上のミニで心もとないが似合っているような気がしてくる。無駄な模様などなく、淡い水色の爽やかさを醸し出していた。特に変わったのは髪の毛だ。跳ねていない。「ああいう髪質の女子は良いよな」と街中で通り過ぎる女の子たちを眺めているときに思っていた艶やかな髪になっている。なんということだ。あの髪は努力でなんとかなるものだったのか。それに顔が……―――普段より目は大きく、睫毛が伸びている。つけ睫毛ではなく、マスカラを塗られたようだ。不自然ではなく、顔が綺麗に補正されていて、花巻を見る目が変わりそうだ。

「岩泉、元は悪くないんだからさ――これで告白でもしてくれば」
「なっ! てか、一年もいんだぞ! なに言ってんだ!」

暴露してんじゃねぇよ金田一は絶対に気付いてなかっただろう。国見はともなく! という目で一年を見ると、どっちとも「気付いていましたよ」という目でみてくる。え、マジかよ。穴が合ったら入りたい心境なんだけど。

「いや、あのこれで告白したら詐欺じゃないか? 私ってわからない可能性も」

少なくとも私は判らなかった。自分で自分が分からないのだ。他の奴らに判るわけないだろう。及川にだってわかるか判らない。
無理だと叫び散らす私をみて花巻がぼそっと耳打ちする。この耳打ち性質悪いって。
「及川がいる前に姿見せて、及川が岩泉だってわかったら告白すれば良いデショ」
変身みていな人間が見て判ったらそれは愛だってという言う言葉と、折角ここまでしてやったのになにも動きがないとつまらないという理由から私は及川が女子といるカラオケ屋の前まで案内された。






そもそも喧嘩をしているのだけど……と思いながら及川が女子達と出てくるまで電飾がきらきら光るカラオケ屋の前で待った。歩道と道路の境目にあるポールに腰を下ろして、早く出てこいよと苛立った。
告白するなんてことになるとは想像していなかった。私は一生告白する予定もなく、数年後可愛らしい及川の奥さんを見守って結婚式とかに出なきゃいけないんだろうと漠然と思っていたからだ。けれど、私が告白して自分の中で蹴りをつけなければ、いずれ及川と築きあげてきた、アイツが超絶信頼関係とかふざけていう関係も無くなってしまうのかと思うと、決着をつけなければいけない気がしてきた。花巻と松川はそれを見込んで応援してくれたのだろう。

「あ」

小さく声を漏らす。
カラオケ屋の中から及川が数人の女子を引き攣れて出てきた。遠目にみて、もし同性だったらなんて嫌味な野郎なんだと嫉妬するんだろうなぁと思った。いや、男同士だったらもっと簡単に私たちは永遠ともいえる友情を続けていけていただろう。
女子に囲まれる及川は楽しそうだった。快楽だけを貪って生きているという私が好きな及川の顔ではなかったが、アイツが楽しければそれで良いのだろう。気付くだろうか。どうせ気付かないか。まったく別人だもんなぁと視線を送り続けると、女に囲まれていた及川と目があった。
直ぐに逸らせばよいものの、及川の方から送られる視線が外れることはない。気付いたのだろうか。不安になりながら目線を逸らそうとしたとき「岩ちゃん!」と叫ばれた。

呼ばれたことに驚き反射的に逃げてしまった。ヤッベー! ヤッベー! と頭の中で警報が繰り広げられている。私はパンプスで走り抜け、気付いたら自宅の前まで来て、そこで及川に捕まった。

「い、岩ちゃん、ななにその恰好! なんでそんな恰好してるの!」
「え、いや、あの、は、離せって!」
「やだ! え、マジでなんでしてるの! ねぇねぇ、誰にしてもらったの、自分じゃ出来ないよね! え、ねぇ、もしかしてあそこで別の男待ってたとか? そんなオチなの、ねぇ、岩ちゃん!」

及川は何故か焦りながら私に問いかける。唾が顔に飛んできて汚ねぇと目を細めながら及川のことを見ていたが、気にする素振りを見せず、剣幕に喋りまくった。

「ちょっと、黙れ!」

思わず癖で殴ってしまう。せっかく可愛い服を着て化粧しても態度がこれじゃ意味ないな自分――と自身の残念さに瞼を閉じながら、私も落ち着くべきだと心を正していく。
及川と目をばちり、と会わせる。電流が飛び交うみたいに緊張して、試合前の静寂な雰囲気に今は少し似ていると思った。

「私が待っていたのはお前だ。すげぇ、腹立つし、なんでテメェなんかって思うけど、私はお前が好きだ」

堂々と宣言する。
どうだ言い切ってやったぞ! と何故が誇らしい気持ちになってくる。及川の返事はどうせノーだろ、期待はしてねぇよ。だから早く返事しろよ、と固まった及川のことを見つめていると、突如、及川が泣きだした。
いきなり泣かれて驚いた私は、戸惑いのあまり、おろおろして「なんで泣いてんだよ」と優しく聞いた。

「だって、岩ちゃんはてっきり他の男の人が好きなのかもしれないって思って、そしたら、寂しくて、ああもうダメだって、岩ちゃんのこと世界で一番好きなの俺なのにって。今日は喧嘩しちゃったし、変な所も見られちゃったし」

及川は泣きながら喋り倒した。私のことをいかに好きかということを説明してくれて、顔が茹蛸状態になってきたので、お願いだからもうやめてくれ! と叫んだ。恥ずかしすぎてこっちが泣けてくる。
及川は私が顔を赤らめている姿をみて「岩ちゃん可愛い」と今まで聞いたことない甘ったるい声で囁きながら耳朶を舐めた。なにするんだ、と気持ち悪くてぞわぞわして、けど嫌じゃなくて睨むと軽くキスされてしまった。


その後、部屋に連れ込まれ、喧嘩の原因でもなったアダルト雑誌を見せられその隙間に私の写真を張って利用していたので、浮気じゃないよ! みたいなことを言われて殴った。
この服と化粧はどうしたのかというと花巻たちにしてもらったと照れながら話す私を見て「今度から恋人以外の男がくれた服は着ちゃだめだよ」と拗ねてきた。面倒だな相変わらずコイツ、と思いながらも「どうだよ、化粧して別人になった私の顔は!」とどや顔で尋ねると及川は抱きつきながら一言。

「普段の方が可愛いよ」

また茹蛸になったのはいうまでもない。