金田一と影山♀ | ナノ
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畦道を歩いていると、水田の風が足元から頬を掠るように上がってきた。蛙の耳障りな鳴き声と、等間隔で植えられている木に止まる蝉の鳴き声が聞こえている。
俺は一歩下がるような位置で影山の揺れるポニーテールを見ていた。尻尾のようなポニーテールだ。
色気があるわけじゃない。以前「なんでポニテなんだ」と何気なしに聞いたら「動きやすいから」と実に影山らしい台詞が返ってきた。動きやすいのならショートにすれば良いんじゃねぇのかと首を傾げていると、横にいた国見から、呆れた目線を向けられた。
横に立って歩いている時やコート上の凛々しい影山を見ている時は気づかないと、こうして少し大きめのジャージに身を包み、俺の一歩前を歩く背中を眺めていると、なんだか妙な気分になってくる。
コイツは女なのだと身の小ささを実感する。俺より一回りも二回りも小さい。男子と並んでも遜色ない弾丸サーブを打つ腕とは思えないほど、手は細く白いのだと双眸を見開きながら、自然と手首を掴んでしまった。

「あ、わり」

影山は驚いたようで足を止め、後ろを振り返った。降り注ぐような星空の下で、影山の表情は灰色で見えなかったが怒っているような気がして手を離した。離すと更に不機嫌になったようで、相変わらず俺にはコイツがなにを考えているのか判らない。

「なんだよ、掴んだと思ったら離しやがって」
「いや、だから悪かったって……」

怒りを露わにしてくる影山を見ながら俺は眉を曲げ、謝罪した。申し訳なく口を小さく開き、小言を漏らすと影山は溜息を吐き出して俺を睨んだ。先ほどまで、月が雲に隠れていたから見えなかったが、夜空が明るさを取り戻し影山の顔がぎろりと俺を睨んでいるのが良く判る。そして、何故か少しだけ困ったように頬を赤らめていた。

「風邪でもひいたか、もしかして? 今日、夏なのにわりと寒いから気をつけろよ」

練習終わりで身体が冷えてしまっているのかもしれないと気を使いながら発言すると、更に影山を不機嫌にさせたようだ。俺は自分の行動一つで影山が良く不機嫌になるのを知っている。
もともと、自分の感情を隠そうだなんて思考に至らない奴で、嬉しい時は嬉しい、不機嫌なときは不機嫌というのが一目みて判るのだが、どうやら俺の不用意な発言は、影山を一気に不機嫌にさす効果をたくさん孕んでいるのだということを最近、学んだ。なんでなんだろうな、と国見にいうと、また国見は呆れた顔で俺を見ていた。なんだっていうんだ。別に俺は及川さんみたいに影山を判り易く挑発なんかしていない。そりゃぁ、及川さんの「バーカバーカ貧乳」とかいう発言で影山が怒るのは判るのだが、俺が気を使って投げかけた言葉に影山は不機嫌になり、怒りをこちらに飛ばしてくる。これだから女の扱いは慣れないんだと俺が溜息を吐き出したい気分になった。

「金田一」
「なんだよ」

影山が俺の手を掴む。さっき、俺が影山の手首を掴んだみたいに。強引に引っ張られた。気を抜いていたとはいえ、やはり女の力じゃない。ぐいっと胸元まで引き寄せられて、影山の顔が間近に迫ったかと思うと、唇に柔らかいものが触れた。
あ、キスだ――
自覚した。一瞬で。俺は健全な中学生男子なのでキスを妄想して、生唾を飲み込んだこともあるし、多少、夢見がちなところもあるのでファーストキスに妄想を詰め込んでいたこともあるのだが。まさか、今、影山に奪われるとは想像すらしていなかった。そもそも、影山にキスされる可能性があるなんて。夢にも思っていなかった。
困惑のまま固まっていると、月はまた隠れて星空だけになったのに影山の顔が良く見えた。顔を真っ赤にして泣きそうだった。俺は暗闇の中、影山の顔が見えるくらい近い距離にいるのだと思った。
茶化してやるべきなのかと思っていたが、影山の顔は真剣で、ああ、俺が今まで見てきたどの女の子よりも可愛く映った。唇が「どんかん」と小さく動いて、俺がなにか言う前に、蛙だらけの田圃に突き落とされた。なんてことをしてくれるんだろうか。この先、市内に入っていかなければ俺たちが住む住宅地はないのに。
泥だらけの中、俺は立ち上がって、帰ったら母さんに怒鳴られるんだろうというどうでも良いことを考えながら、影山を追いかけた。影山は俺が見たことない顔で泣いていた。慟哭を小さく漏らしていたのだ。悲しんでいるわけではなく、影山らしく怒りを露わにしていたようであるが、それでも小さく震える肩に、揺れる髪。俺はぎゅっと引き寄せて、顔を真っ赤にして金魚みたいに動かしながら「鈍感で、ごめん!」と大声だして謝ったあと、生まれて初めて告白をした。