及川と岩泉 | ナノ
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大学生になってから、人との縁が殊更、軽くなった気がすると及川はスマフォを弄りながら大きく欠伸をした。ラインで届いた来週開催予定の呑み会の誘いに「了解」と軽くスタンプをつけて返す。スタンプの艶やかな模様で誤魔化された画面は、今の自分というか、今の自分の交友関係に似ているなぁと目を細めた。
ポケットから、音楽再生プレイヤーを取りだし耳にイアフォンを差し込む。片手の慣れた操作で親指を動かしながら、適当に再生ボタンを押し、周囲の雑音から自分を切り離すように瞼を閉じた。
電車にからから揺られながら、別に呑み会も合コンも嫌いではないのだと頬っぺたを膨らませた。
誰かと騒いでいるのは楽しいし、交遊関係が広がっていく様子は見ていて、自身のちっぽけな自尊心を満たしていった。大学生だから良いよね、という免罪符があったので、どれだけ生活が乱れようとも許される気がして調子にのった。
気づけば一学期を終える頃には両手で数えられない範囲に自分の友人という人がいて、持ち前の対人能力の高さから、どの遊び場にも引っ張り凧になった。休日は遊びっぱなしだし、遊ぶためにはお金がいるから、深夜バイトに励んでいたら、高校時代まで続いていた規則正しい生活など、どこかへ消えてしまった。
代償として気付けば、まったく素晴らしいと思えない鉛をつけたような疲れが体の中にどこか残るようになり、気を許して悩みを話せる友人が大学に入ってから一人も出来ていないという結果だ。
一学期が終わり、こうして電車に揺られながら故郷へと岐路を走っていると、なんて小さな世界に自分自身を押し込めてしまったのだと、ときたま、脳内の片隅で「つまらない人間になったな」と誰かが囁くのだ。
こんな風に、世間一般的には良く見る大学生の日常を謳歌しながらも、堕落したと及川が思ってしまうのは、高校時代まで続けていたバレーを今はやっていないことが影響しているのだと良く判った。
バレーは止めた訳ではない。お遊びサークルに入って続けてはいるが、夢中に白球を追いかけていた頃と比べると物足りない。四六時中、バレーを追い続けていた日々とはそもそも、比べることすら、出来ないような気がする。代わりに手に入れたのは、楽さだ。頑張らなくても良い。天才に敵わないからと言って嘆かなくて良い。ぬるま湯につかってバレーをするというのは、そういうことだ。

なんでこんな風になっちゃったんだろ、俺――

わけが判らないと、頭を掻き毟りながら、うっすらと目をあける。かたん、ことん、と揺れる電車の窓辺を見渡すと、故郷の懐かしい光景が目に映った。田圃ばかりを詰め込んだ土地に、磯の香りが僅かにまじっている。田園を通り過ぎれば、街並みが広がっている。昔は都市部だと思っていた、田舎の冴えない街並みだが、ひしめき合った巨大なビルの中にいるより、空が大きく見える。
じわり、と及川は涙で双眸を汚した。

なんで、じゃない。
自分が、落ちるところまで落ちてしまった理由を及川自身良くわかっていた。バレーを遊び程度でしかやらなくなったから。違う。そうじゃない。バレーをそもそも遊び程度にしかやらないでおくと決断した時に、自分を引っ張っていってくれる幼馴染の存在が傍にいなかった。
いつも、好き勝手動くのは自分の方で、常に暴走気味な自分の首根っこを掴むように静止をかけてくれた。「おい、及川。なんでソッチ行くんだよ。女子と飲んでばかりで、お前、満足かよ」と、きっと傍にいてくれたのなら、遊びサークルじゃなくて、真面目なバレー部へ共に入ろうと言葉にせずとも述べてくれた筈だ。
遊んでばかりいると、叱り飛ばしてくれただろう。あまりにもそれが普通で、気付かなかった。暴走していいる自分の虚勢とかを全部、見破ったうえでブレーキをかけてくれる存在が傍にいないということに。

(岩ちゃんの馬鹿、なんで俺と同じ大学にしなかったのさ)

一人でさっさと決めてしまって。
てっきり同じ大学に行くものだと思い込んでいて、及川の心に衝撃を与えたあの発言を今でも忘れられない。
けど、岩泉にも岩泉の将来がある。岩泉の人生がある。彼は自分のやりたいことがあるから、及川とは違う大学へ進学したのだ。

「あ――岩ちゃんに会いたいな」

こんな、恥ずかしい所しかない自分であるけれど。久しぶりに会いに行くと岩泉は優しく迎えてくれるのだろう。彼はなんだかんだいいながら、及川徹という人間にとても甘いのだ。照れながら迎えた後に、頭突きを食らわして、説教をする前に及川の話をじっくりと聞いてくれて、そうして、及川のことを叱り飛ばして、しょうがねぇなぁと言いながら、もう一度優しくしてくれるのだろう。
なんでも話せる友達は昔から、及川にとって岩泉一人だった。岩泉と一緒にいると、今みたいな軽さだけを貫くような交友関係に溺れずにすんでいた。

「岩ちゃん」

早く俺を叱ってよ、と最寄駅に電車がいち早く到着するのを願った。