二口と茂庭♀ | ナノ
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傘を持ってくるの忘れたと項垂れながら、豪雨が吹きつけてくるのを昇降口の前で二口は眺めた。夕立だと舐めていたが、スマフォに表示された情報によると、降水率は80パーセントを超えていたらしい。傘を持ってこなかった自分のミスだった。女子にでも声をかけて、相合傘をしてもらえば良いのだが、ここまで拭きつけるような豪雨ならば相合傘した所で意味を持たないだろう。それならば、気を使って女と喋りながら帰宅するより、一層のこと濡れて帰った方が良い選択に思えた。
せめてもう少し空も踏ん張ってくれたらねぇと二口は臍を曲げながら、三時間目、体育をした時の晴天を思い出し、唇を細めた。覚悟を決めて走りだそうかと顔を上げたとき、後方から聞き覚えのある声が聞こえて動こうとする身体を止めた。

「あちゃぁ――こりゃ降ってるな」

茂庭の声だった。
茂庭は二口より一つ年上の先輩だった。女子バレ―部の主将を務めているが、突出してバレーが上手い訳ではない。実際、チームも地区予選止まりの脆弱なチームだった。しかし、皆が茂庭のことを慕っていたし、彼女を勝たせてやりたいとチーム全員が一丸となる雰囲気は見ていて好感を持てた。
現に二口は茂庭との関わりがそれほど多い訳ではないが、彼女の傍にいると居心地が良いのだろうというのを、なんとなく察していた。

「茂庭さん」
「うわっ! びっくりした! そんなところに、座ってる奴がいると思わなくて!」

茂庭は本当に驚いたのだろう。女子が可愛さの武器として利用する「きゃー」ではなく「うわ!」という間抜けを具現化したような声色がそれを表していた。茂庭の顔はけして可愛いとも綺麗ともいえない。良い言い方をすれば愛嬌があるとも言える顔つきだが、どちらかというと不細工な方だ。極めて、貧相な体つきをしており、女子としてはまるでそそられない。けれど、煩く騒ぎ立てる人間の傍に居るより二口はよっぽど、心地よかった。
二口はただ濡れて帰るより、面白い事が起こりそうだと、にやにや口を動かした。

「茂庭さんったらひどーい!」
「わ、悪かったな。あ、どうしたんだ。もしかして傘でも忘れたのか」
「そうなんですよ」
「それは……あ、なんだったら使うか私の傘」

相合傘のお誘いかと意外そうな顔をしたが、茂庭の中でその意図はなかったらしく、普通に傘を押しつけられた。女子が良く利用している近所のスーパー500円で購入出来る水玉の傘は茂庭らしかった。

「これ俺が使ったら茂庭さんはどうやって帰るの?」
「ん、なんとかなる」
「ならないでしょうが。いいですって別に」
「けど」

けど、と茂庭が下唇を噛んで一瞬、悔しそうな顔をする。
なんだ、と二口は首を傾げて茂庭の顔を良く見つめた。

「もう負けてしまった女子部の主将は風邪ひいてもなんとかなるけど、お前は駄目だろ。伊達工の鉄壁にはお前もいないと。だから、風邪ひかれたら困る」


悔しそうだったのは負けてしまった自分達を恥ていたのと、もう三年間続いたバレーが彼女の中で終止符を打ってしまったということを表していたのだと二口は気付いた。この人も、もっとバレーをしてかったのだと。まるで、そんな風には見えなかったのに。
女子の試合、二口も見に行った。三年生に引き連れられ。無理矢理な形で。試合終了のホイッスルが鳴り響いた時も、彼女は主将の顔をけして外さず後輩たちを励ましていた。
ふと悔しくないのかなぁ、などと一瞬でも二口のなかで浮かび上がった気持ちへ僅かに恥かしくなる。
三年間バレーをしていて悔しくない訳が無いのに。そして、まだ乗り越えていない彼女は悔しくてバレーを出来る自分が羨ましい筈なのに、気を使って傘を使えと言ってくるのだ。

「駄目ですよ」
「なにが、だよ!」
「風邪引かれたら目覚め悪いですから。一緒に入っていって下さい」

二口は傘を広げ、茂庭の肩を強引にこちらへ引き寄せた。カエルが潰れたみたいな声を出していたが「行きますよ」と雨の中へ飛び出すと、着いてきた。肩を抱き寄せながら豪雨であたりが暗くて良かったと二口は胸の中がむずむずするのを感じた。この表情を見られなくて。なぜか耳朶まで真っ赤になったこの気持ちを無視するように進みだした。