及川と岩泉♀ | ナノ
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初潮が来るのが人より遅かった。
早い野郎は小学四年生の時にきたと、私の耳元で囁いてきたので、たいそう、驚いてしまった。中学生にあがると周囲の友達は全員、初潮を迎えていて、未だにこないのは私だけだった。
女子と絡むより昔から男子と絡んでいる方がよっぽど、気が楽だったので、初潮が来なくても別に焦ることなく過ごした。偶に喋る女友達から囁かれる噂話。
男友達は、初潮なんかが来て、女の股から一ヶ月に一度血が流れるなんて想像も出来ないし、頭の中で思い浮かべるだけで、痛くてお腹を抱えてしまうだろう。勿論、女子に初潮が訪れ月経が毎月一度、来訪する変わりに、男子は射精を覚えるのだが。女である私に対して、流石の男友達も射精の話は持ちだしてこなかった。
だからなのか。性的なことに関しては常に無関心だった。初潮も。射精も。人と付き合うということも。オナニーも。セックスも。私にとっては関係のない所に居座っていた。別に構わなかったし、性教育で習わされるので知識だけはあった。本当に知識だけの状態で。

まぁ、簡潔にまとめると、酷く幼いまま高校生になってしまったということだ。


日直だったので、掃除が終わった後、日誌を付けていた。喧騒とした教室の名残を維持しつつも、帰路を辿るもの、部活へ足を運ぶ者と、教室内から人影が消えつつあった。私も日直でなければ、部活へ行く為、かばんを持って席から立ち上がっている時間だ。
もう一人の日直が、ゴミ出しへ行ってくれた為、自動的に日誌を書くのは私の役目になった。休みの奴が誰もいなくて助かったと教室の机に腰掛け、鉛筆を動かす。

「岩ちゃん」
背後から見慣れた顔が振ってきた。
私の席は廊下側に近く、後ろの扉から入ってくると直ぐの位置だ。だから、廊下を行き来する足音に紛れて、不覚にも、後ろから近づく及川に気付かなかった。柑橘系の香水が鼻腔を漂い、気持ち悪いなと鼻で笑いながら、後ろ肘で及川を突く。
「っ――! 痛いよ岩ちゃん」
「覗きこむな、気持ち悪い」
腹を屈めながら、ざまぁみろ、と舌を出す。及川は眉間に皺を寄せて私を睨んできた。睨むなよ。不機嫌になるだろ、私が。

「なんの用だよ」
「別に岩ちゃんが珍しく教室に居たから声かけただけ」
「無視してさっさと部活に行け!」
「岩ちゃんが書き終わるの確認したら行くって!」

及川は喜々と声をあげながら私が日誌を書くのを真横からじぃっと見ていた。もう一度「さっさと行けよ」と重たい肉声で伝えるが、満面の笑みは変わらぬままだ。構っている時間がもったいないので溜息を吐きだして、日誌を書き進めた。
及川徹は私の幼馴染だ。
家が近所で親同士も適度に仲が良く、小学生の時から一緒にバレーをしてきた。今は練習する体育館こそ違うが、自主練は必ずと言っても良いほど共に行っている。別に一緒に自主練習しなきゃいけないなんて決まりはないが、自主練をする前は一言声をかけるのが習慣みたいなものだ。それに、誰かが見張っておいてやらなきゃ、及川は酷く無茶をしてしまう傾向にある。
私はこうやって背後から及川に声をかけられ、纏わりつかれることが心底、鬱陶しいと感じているが別に及川のことが嫌いなわけじゃない。
一番、仲の良い友人だと思っているし、共にバレーを頑張ってきた仲間だとも思っている。ただ、それ以上に及川と関わると面倒なことが多いので教室では出来るだけ絡んできて欲しくないと願っているだけだ。

「及川くん」

甲高い声が背後から聞こえる。私の頭に顎を乗せるようにして抱きついていた及川は、身体を上にお越し、振り返る。つられて私も振り返ると、及川の彼女が立っていた。
茶髪に染められたロングストレートの髪を靡かせながら、腕を組み、校則違反の化粧をうっすらとしている及川の彼女と私は相性が悪い。しかも、及川の彼女の機嫌は最悪と言っても良いだろう。

「なにしてるの?」
「なにしているって岩ちゃんを待っているんだよ」

平然とした顔で及川は告げた。彼女は目を吊り上げて私を睨む。睨むな、睨むな。別に私は及川のことが恋愛的な意味で好きじゃないさ。恋愛なんてもの隔離された異空間にあるものだし、今はバレーのことで色恋沙汰へ手を出している余裕なんてものはない。

「私が彼女なんだから、あんまり他の人に触らないでよ」

及川の彼女は嫉妬丸出しの表情を見せながら、声を震わせ頼んできた。中々に可愛い姿であるし、常識的に考えて間違っているのは及川なので、ここで「ごめんね」といって謝るのが筋だろう。ただ、私が今まで見てきた経験から言わせてもらうと、この科白を言った彼女と及川はたいてい別れている。
及川も別に鬼ではないので、面倒そうな関心が薄れた表情を垣間見せた後、へらっと通常と変わらない笑顔に戻って私から離れて、彼女の方へ行く。
ここで、酷い台詞を女子に吐き出そうものなら、怒鳴って「なに言ってんだてめぇ」と叱りつけることも出来るのだが、及川はこの場では別れない。いつも平然とした顔で、こんな出来事が起こってから一週間後に「彼女に振られちゃった」と泣き言を漏らしてくるのだ。



今回もそうなるのだろうと平然と考えていたが、一週間目を迎え、二週間目を迎えても、及川と彼女が別れたと言う報告はなかった。
なんだ、上手くいってるみてぇじゃねぇか、という喜ばしい気持ちと、どこか子どもだった幼馴染が旅立って行ってしまった時に味わう寂寞とした気持ちが胸の中を占めていた。
しかし、この直後、子どもだったのは私だと知ることになる。

ある日、顧問から及川へプリントを届けて欲しいと渡された。
男子バレー部の奴らに頼めよ! と苛立ちながらも、押し付けられたプリントを捨てるわけもいかず及川の家へと足を伸ばした。炎天下の中、額からたらりと汗が流れおちた。
及川の家に訪れるのは久しぶりだった。高校に入ってからは初めてのことだ。中学生のころは、体育館を半分に割って男子と女子、同じ場所でバレーをしていて練習が終了する時刻も一緒だったので、帰路を共にした。私の家より及川の家が先にあるので、ほんの少しで自宅だと言うのに、空腹を紛らわす為、及川のお母さんが作ったご飯を食べに家にあがったりしていた。けれど、高校になると体育館が別になり、及川に彼女が立て続けに出来たことから、一緒に帰るという行為とは疎遠になっていた。
自然の流れだったので気にしたことはなかったが、気付けばもう半年以上、及川の家に訪れていなかったのだという事実に驚愕する。
チャイムを鳴らすが反応はなく、田舎の豪邸を絵に描いたような及川の見慣れた家。鍵の隠し場所は変わっているはずもなく、植木鉢の下に置かれてあった。不用心だよなぁと笑いながらも私の家だって然程変わりないので、鍵を穴へつっこみ、がちゃりとまわした。
家の中は静かで誰もいない静謐な雰囲気を保っていた。プリントを玄関に置いておいても良いのだが、もし風に飛ばされてしまったら、などの不測事態を避ける為、及川のパソコン台に置いておいた方が良いだろうと判断し、靴を脱いだ。

「お邪魔します」

一応、声をかけて、上がる。
無人なので返事がくるはずもなく、軋む廊下を歩く。おばさんが作った夕ご飯の匂いがしない及川の家は酷く新鮮だった。
襖で閉じられた及川の部屋を真横にガラリとあけると、そこにはなんで扉を開ける前に音をもっとよく聞いて警戒して置かなかったんだろうと後悔する風景が転がっていた。
及川が彼女とセックスしている風景が。
どちらとも私に気付いたようだ。遠慮なく襖をあけてしまったから。気付くなという方が無理な話だろう。
彼女は最悪だという眼差しでこちらを見てくる。そりゃそうだ。私だって最悪だ。見たくないものを見てしまった。及川の陰茎が彼女の膣内に収まっている。鍵がかからない部屋も問題だと考えながら、持っていたプリントをとりあえず床に置いた。

「届けるよう、頼まれた。じゃあ、それだけだ」

吐き捨てて家を飛び出した。
いつも軽快に動く足が鈍く解れて転んでしまいそうだ。緊張のあまり震えているのか。畏怖を目にした時に味わう恐怖が体中を包み込んでいた。呼吸をするのだって困難だ。
なんだ、あの光景は。
今まで私の世界になかった情報を一気に詰め込まれた。早く及川の家を出たいのに、靴が上手く履けない。ようやく靴が足に収まると、そういえば鍵を植木鉢の下に返却しないといけないのだと言う情報が脳内で飛び交っているのに、混乱した頭は、正常に動いていない。
座り込んで、鍵をポケットから出し植木鉢の下へ直そうとした時、急激な腹痛に襲われた。
信じられないものをみて、体調まで壊してしまったのか、情けない身体だと自分の愚かさに嫌気がするが、ずきん、ずきん、と釘を打ちつけるような痛みは遠ざかっていかなかった。

「岩ちゃん」

肩を叩かれる。及川の手は彫刻のように冷たかった。夏の蒸し返りそうな熱さと対立するように。怜悧な蛇が背後から声をかけたようだ。あの美しいトスをあげる指先が、私の肩の肉に食い込む。
普段ならば、止めろ! と制止を促す声を張り上げて、及川から逃げ出そうと全力を持って対応するのだが、急激に訪れた痛みのせいで、身体が上手く動かない。
必死の思いで睨み返すと、及川が興奮した表情でこちらを見ていた。それは紛れもなく、貪欲に欲望を求め、勝利を願う時に見せる、あの顔と同じだった。百獣の王なんてカッコいい表現が似合うとは考えないが、脂が乗った双眸は、獰猛な野獣そのものだ。

「おい、かわ」
「ごめんね、変な所みせて。彼女は裏口から返って貰ったから大丈夫だよ」

ああ、そうか。裏口から逃げた方が早かったかも知れないと、薄く浮かぶ及川の家にある反対側の階段から降りて、隠居を伝って、離れへとつながる裏口の存在を思い出した。馬鹿正直に正面玄関へ逃げる必要はなかった。

「プリント届けただけだから。帰る」
「え――連れないなぁ岩ちゃん」
「黙ってろ! いいから、放せ!」

肩に食い込んだ腕を振り払おうとして痛みを抑えながら立ち上がろうとしたら、及川へ足を引っ掛けられ、尻もちをつくように倒されてしまった。痛い、と眉を潜め怪我したらどうするんだと怒鳴る前に及川の腕が私の肩を掴み、もう片方の腕は膝の下へと回され持ち上げられる。
お姫様抱っこの形にされ、手の中で暴れるが、今まで簡単に振り払えていたのが業とだったというように、及川の手の中は小さな牢獄みたいに堅牢だった。

「気分が悪そうな岩ちゃん放っておける筈がないよね」
「っ―――さっさと家返って自分の部屋で寝転んだ方がよっぽどマシだ!」

怒鳴り散らすと及川は「さすが岩ちゃん」と何故か嬉しそうな顔でこちらを見つめた。上げられた口角が気持ち悪い。私は及川を睨み返したが効果はなく、先ほどまで彼女と一緒にいたベッドの上に降ろされた。

「ねぇ、岩ちゃん」
「な、なんだよ」
「どうして、股から血が出てるの」

お陰で俺のベッドシーツ真っ赤に汚れちゃったよ、と及川はさらりと述べた。私は指摘され始めて自分の股から血が出ている事に気付いて冷や汗が出てきた。ぞわっと蛇が唾液を啜りあげるようにして、及川は私の股間へと手を伸ばした。
学校帰りだから着ているのは当然、スカートだ。私は長いスカートを履いて動きが拘束されるのが嫌なので、短いスカートを着用している。三角座りをすれば下着が見えてしまえるほどの。
今の私の体勢は、ベッドの上に降ろされ、三角座りをして、股の間に及川が身体を潜り込ませてきている。今まで誰の手にも触れてこなかった、股間に及川が手を伸ばし、ぬちゃぬちゃと下着と溢れ出る血液を擦るように刺激してきた。

「やっ――及川っ」
「これ、生理でしょう? 岩ちゃん初潮だよね」
「っ――なんで、んなこと、テメェが知ってんだよ」

及川を睨み返すと、どうして俺が知らないことがあるのか不思議だという顔をされた。及川は地面に陰をつくり、ざわざわと揺れる樹木みたいににやりと嗤った。

「知っているよ。岩ちゃんがずっと大人になってくれるのをこっちは待っていたんだから」

なにを、言っているんだと私の背筋は凍りあがっていく。及川は、可笑しそうに私を見つめた。それは羨望と欲望の眼差しだ。
逃げ出さなければいけなかった。二階から飛び降りてでも。及川の前から。逃げ出して助けを求めるのが正解だっただろう。

「これで、俺の子ども、孕めるね」

ああ良かったと及川は安堵の息を吐き出して、私にキスをした。誰かとキスをするのなんて初めてで唇の感触が気持ち悪くて吐瀉物を逆流したいのに、上手くいかず込み上げるものを抑え込んでいたら乳房の当たりが痛くなってきた。
及川はいったいなにを。
なにを、言っているのだ。子どもな私に判別がつかない。

「俺ずっと待ってたんだ。岩ちゃんがどうやったら大人になってくれるか。俺のこと好きになってくれるか。恋愛を考えてくれるか。ねぇ、岩ちゃん、岩ちゃんのこと悪く見てきた女と俺が別れなくて嫌だったでしょう」

嫌だったでしょう、という言葉が胸の中を抉ってくる。
嫌ではあった。妙な不快感が身体中を巡り巡った。寂しかった。私の及川ではなくなるのかと思った。

「岩ちゃんは気付いていなかったかもしれないけど、本当は岩ちゃんも俺とこうなることを望んでいたんだよ」

望んでいたのかと問われれば、そんな気さえ起きてきた。
乾いた口が、唾液を上手く飲み込めないでいると及川が再び私の口を塞いできて、ベッドに押し倒された。
生理中の妊娠率ってどれくらいだったっけと嗤いながら、及川が自分のベルトを解放する音を聞いた。
がちゃん