金田一と影山 | ナノ
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鼻腔を懐かしい香りが過った。幼い頃に連れていかれた喫茶店の香りだ。食事が調理される匂いにまぎれ、大人たちが吸う煙草の味が見え隠れする。足を踏み入れると大人の象徴のようにうつり、胸を張って背伸びをしてみたくなった。
からん、という鈴の音も相俟って異空間に跳ばされたような気分に浸ることができる、どちらにせよ、不思議な香りだった。
それがなぜ、唐突に真横を過ぎていくのかを考える。
俺が立っているのは、大型スーパーの真ん前だ。影山の帰りが遅くなるということで、しょうがなく夕飯当番を変わった。
大学生に入り同居をはじめた俺たちだが、夕飯は交代制ということになった。社会人バレーに所属し、プロとして活躍する影山と俺では自由に動ける時間が違うので、必然的に俺の方が家事をこなす時間は増えてくる。
ルールを決めたころからなんとなく、そうなるんだろうと察してはいたので特に違和感はなかった。暇な方がやるのは当たり前に映る。それより、家事を任せきりなことに影山がなんだか申し訳なさそうに、こちらを見てくる方が意外で面白かった。睨まれたので「なんだよ」と返すと「いや、ぁ、悪いな、と」「はぁ、なんだそれ。王様が」「なっ!!それ言うなって言ってんだろ!!」王様という呼び名はすでに、不名誉ではなくなり、称えられる言葉になったというのに、不服そうにこちらを見詰めた。ぎろりと睨む眼差しが面白い。妙に色気があると思うと「ボゲ!!」と頭を叩かれた。なかなかに暴力的だ。
きっとすぐに俺が性的なことに結び付けてしまうあたり、初めてセックスした気持ちを忘れられない初々しい恋人同士である証みたいだ。浮かれている時期が半年経過した今でも続いているのは、我ながら単純だとも思う。

思い出したら耳朶が真っ赤に染まった。炭酸水が弾けとぶように、下をむく。
やはり懐かしい香りは漂っていた。
妙に大人な気持ちにさせられた、あの香りはスーパーの隙間から流れてきていた。従業員ようの休憩室らしく、煙草をふかした老人がいた。食事の香りは惣菜を調理するためのものだろう。
俺は眸を細めた。懐かしさだけが詰まった、背を伸ばされる香りだった。そうそう、懐かしいのと同時に異空間だという証のようで、むかしは僅かに怖かったことを思い出した。今はただ、懐かしくなるだけで、なんとも思わないのに。
影山も。あの北川第一の体育館の、どこか湿気っていた香りが平気になる日がくるのだろうか。いいや、あいつのことだから、とっくに平気になっていても可笑しくないが、むかしは知らなかったが意外と引き摺るタイプだからな。
まぁ、なににせよ、早く旨いもの食べさせて、骨と筋肉だけの身体を抱き締めたい、そんな気分になった。