及川と天才 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




白骨化した死骸を眺めているような気分だ。井戸の中に押し込まれた、才能がない人間の残骸。井の中の蛙という諺が脳裏に粘着する。膝を折って床に倒れ込んだ。エアーサロンパスを吹き付けたような馴染みのある香り。ビニールテープが貼られた色とりどりの線。線を辿ると、錆び付いた鉄柱があった。ネットがはられ、揺れており、床にはボールが転がっていた。ここは井戸の中だ。北川第一という小さな体育館という名の井戸の中。
踞り腹が痛いのかというように丸まり、琥珀に眠る化石になった自身の身体を起き上がらせようと粘るが、身体は折れ曲がったままだった。
エアーサロンパスに紛れ香ってくる、染み着いた汗の香りが無駄だと証明しているかのようで、胃を刺激した。
なんとか手を伸ばしてみると、現れた影に踏みつけられた。鈍く骨が折れる音をきいた。屈強な同い年とは思えない身体付きは、彼がまるで天才である証のようで腸が煮えくりかえる。腕のなかに納められた惜しみ無い称賛の象徴を平然とした顔つきで持っていたことにも腹がたった。彼にとって自分は道端に寝転ぶ雑草と一緒なのだ。成熟し、高見を目指す屈強な身体はまるで自分を見ようとしないで進んでいく。
背骨に乗られた。ぼきり、ぼきりと折られ、曲げられ、踏みつけられる。口の中に血液が飛び散る。足裏が、憎たらしい。自分が幾重もの日にちをもって修得した技術など、見向きもせずに駆け出していくその姿が。
瞳孔が見開かれ、握りしめた掌に爪が食い込む。血が沸き出してきている。爪先には血がたまっていた。埋め込まれ、破けた皮脂が悲鳴をあげた。
折られた背骨より痛い。
彼は通りすぎていく。まるで見向きもせずに、堂々たる顔つきで。
そうやって通り過ぎた天才に耐えると、次は背後から、じわり、じわりと巨大な天才が現れた。無垢を覆った、滑稽とも見える貪欲はさ、どこか自分に似たような雰囲気を持ちながらもけして相容れないと語っていた。彼は踏みつけこそしなかったが、白骨化した中身をぎゅるぎゅる見てきた。無垢な眼差しは太陽に焼かれているようだった。無神経な物言いは自尊心を高く傷つけられ、貪欲さに喝采を送りたくなったが、そんな余裕など、とうに失われていた。
ようやく立ち上がった身体は、擦り傷で血を流し床を汚していた。殴りかかろうとした先に、手首を握りしめられ、先ほどまでの苦痛が嘘のように、解きほぐされていく。
伐れた身体が修復されていくようだ。
唾を飛ばされる、罵声を吐かれ、額に喰らわされた一撃のせいで、滴り落ちる血液があるのに、痛みはまるで感じなかった。
彼は天才ではなかった。彼は凡人だった。隣にずっといた人間だった。意識こそしたことがなかったが、彼の言葉が白骨化され、干からび、死にそうだった身体を元の状態よりもさらに優れたものへと変えていったのは明白なことだった。

眼球に滴の膜が覆った。