及川と岩泉♀ | ナノ
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「岩ちゃん寝てても良いけど動かないでね!」

早朝の誰も登校していない教室の片隅で岩泉の髪の毛を及川は櫛でといていた。朝練を行う予定で登校すると、体育館の耐震チェックで利用が不可能だった。登校してきた岩泉と及川は顧問に対して「先に教えておいてくれよ」と愚痴を漏らしながら、教室まできた。
同じ教室の窓際、前と後ろに岩泉と及川は腰かけた。岩泉の後姿を見ながら、及川は女子でありながら乱れた髪の毛に溜息を吐いた。この幼馴染は年頃だというのにお洒落に対して全く興味はない。男勝りでさばさばとした性格は好きだが、解かされた気配が見えない髪の毛はもはやマナーの問題である。
そこで、及川は良い暇潰しと親しくしている女子の机から置きっぱなしにしてある櫛と、自分が授業中に利用することがある髪留めを取り出して、岩泉に「髪の毛弄らせて」と頼んだのだ。もちろん、岩泉はめんどくさそうに眉を顰め「嫌だ」と拒絶したが、及川がマナー云々のことを話すとしょうがなく承諾してくれた。本当は暇潰しだろうという意図が岩泉にだって判ってはいたが、丁度、学校が始まるまでの一時間、岩泉も暇だったので「勝手にしろ」と許可を下ろしたのだ。

「お前、慣れてて気持ち悪いな」
「岩ちゃんがやらなさすぎなだけだよ。俺なんかよりもっと器用な子はいっぱいいるよ」
「そうなのか? 女子ってすげぇな」
「岩ちゃんだって女子でしょう」

及川は呆れ気味に幼馴染の色気のなさに溜息を吐き出すと、黙れと鳩尾を食らわされた。理不尽だと思いながら、こうなったら普段どれだけ岩泉が怠慢なのか思い知らせてやろうと気合いを入れて、岩泉の髪をとかした。
剛毛だと本人が言っていた髪質も、手入れすれば髪の毛一本こそ太いが艶としなやかさを蓄えている良い髪をしていた。毛先が跳ねているのをアイロン(同じく女子の机から拝借した)を使い、伸ばしていく。外へ跳ねる癖毛だが、アイロンとワックスのお蔭で、見事なストレートが出来上がった。本来の、岩泉の髪の毛は肩にあたるか、あたらないか程度の短いものだが、伸ばしたお蔭でお心なしか伸びて写る。
こうなったら化粧もしたいなぁと、化粧道具を置きっぱなしにしている女子のロッカーから何個か拝借してきた。

「はぁ、化粧すんのかよ」
「いいから、いいから」
「校則違反だろう?」
「チェックの時だけすっぴんだったら先生もスルーしてくれてるでしょう」

濃くしないことを約束に、化粧を許した岩泉は瞼を閉じた。
及川はあくまで岩泉の良さを引き出すことを前提としてメイクを心がけようと、ベースを塗りファンデーションを薄くまぶし、化粧をしていった。今まで化粧などしたことがない幼馴染の顔に化粧という人工的なものを塗っていくことに、及川はよく判らない興奮をしながら、瞼が閉じられた岩泉の顔を良く観察した。
今まで距離が近すぎて異性として見たことはなかったが、こうやって化粧をしていくといつまでも幼馴染が昔と同じではないのだということに気付いてしまう。

(岩ちゃんってこんなに可愛かったっけ)

初めて抱く感情に戸惑いながらも、出来上がった人形のように綺麗な顔つきに生唾を飲んだ。始めは好奇心と暇潰しだったのにかかわらず、今まで眠っていた美しい華を自分の手により開花させてしまったのだと悟った。男勝りな性格に隠れて見えなかった、岩泉の女らしさに、及川ははじめて、触れてしまったのだ。


「おい、及川まだかよ」

いきなり目を見開いた岩泉がキスでくる距離にある及川の顔を気にせず平然と喋り掛けてくる。先ほどまでの自分なら「あ、なんで目、あけるの!」と子どもの頃と変わらぬ言葉を返せただろう。
しかし、今は息が詰まって声がでない。

「なに真っ赤な顔してんだよ。まさか失敗したのか!」

注意されてしまい、自分の顔が真っ赤であることに及川は気づいて反射的に岩泉から離れた。危なかった。あともう一歩近づけばキスしてしまう所だった。
がらがらとクラスメイトが登校してきて教室の扉をあける音がした。及川は自分のブレザーを岩泉にかぶせた。

「なにすんだ」
「失敗したから」
「やっぱりか……」

呆れた声で岩泉は溜息を吐き出した。おそらく後で何発か叩かれるだろうが、そんなこと構わなかった。
綺麗になった岩泉を独占したかった。他の男には見せたくなくて、ブレザーをかぶせた。早くトイレに連れて行って、化粧落としを渡して、自分が施した化粧を外して欲しい。他の男に惚れられてしまっては大変だ。

「岩ちゃんは岩ちゃんのままでいなよ」
「どういうことだテメェ」

ずっと俺だけの岩ちゃんでいてよ、という思いを隠しながら及川はつぶやいた。