黄笠と及岩 | ナノ
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「#エロ」のBL小説を読む
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・HQとkrbsのクロスオーバー
・岩ちゃんと笠松センパイが従兄弟同士という設定
・笠松センパイが及川さんと友達




 




「幸男って本当にその顔、弱いよな」

インターハイが終わり、夏休みに訪れた親戚の家で笠松が寝転んでいると頭上から声が降り注いだ。都心より涼しい縁側でアイスを銜えながら暑さをとっている最中だったので、目を見開き、急いで雑誌を閉じた。

「別に好きじゃねぇよ」
「好きな癖になに言ってんだ」

頭上から腕を伸ばされ雑誌を盗られた。雑誌には今を輝くイケメンモデルである黄瀬涼太の顔が写されている。流行のアイテムをお洒落に着こなし、派手だが人から好かれる愛くるしい表情を駆使した写真が掲載されていた。

「一こそ、好きだろうが及川の顔を」

一と従弟である岩泉一の名前を呼ぶ。部屋のカラーボックスへ乱雑に積み重ねられていた、雑誌の山を思い出した。この雑誌もその山の中から持ってきたものだ。表紙が黄瀬だったため、釣られて読んでいたのだが、良く見れば及川も巻末で特集されていた。

「はぁ? それはクソ川が勝手に俺の部屋に持ってきて置いておくんだよ」
「捨ててねぇくせに良くいうぜ」
「捨てたら捨てたでウルセーだろうが。前に捨てようとしたら、アイツすげぇ怒ってきたし」

ウゼーんだよ。テメェが載っている雑誌になんか興味ねぇよ、と岩泉は面倒そうに溜息を吐き出した。
心底、面倒そうな顔で興味などないといった様子に、笠松は幼い頃から何度か交流がある及川の顔を思い出した。
この後も三人で会う予定になっている。
母方の祖父母の実家が岩泉の家なので、幼い頃から何度か帰省した。その度に同い年である岩泉と遊んでいたのだが、ある時から突然、一緒に遊ぶようになったのが及川だった。丁度、岩泉がバレーを始め、面白いのはバレーだ! バスケだ! という論題で争っている時だったので、岩泉がバレーを始めた時に出来た友達が及川だった。女子と見紛うその顔に女性恐怖症の気配がある笠松は、怯えたが喋り出した天使な容姿とは裏腹な天邪鬼な態度に、苛立ちはしたが次第に仲良くなっていった。中学生に上がる頃には自分の性癖が男しか愛せないものだと悟った笠松と、笠松が男を好きであることを偶然知ってしまった岩泉と、岩泉のことが好きになってしまい男も女も両方イけるようになってしまった及川の三人は急激に仲良くなっていった。
初め、自分の性癖に戸惑い、岩泉に携帯の中に隠してあったゲイ物の画像を見られ、性癖を暴かれてしまったときなど、もうこの家に自分の居場所はないのだと落胆した笠松を庇うように「別に男が好きでもいいだろうが」と言い放った岩泉にはたいそう、助けられた。直後「まぁキメェことはキメェけどな」と平然とした顔で告げた岩泉に、こいつはそういう奴だよと殴り合いの喧嘩に発展した。
後から振り返ってみると、あの喧嘩をして良かったのだと思える。喧嘩をしたお蔭で笠松の中に詰まっていた、どうして男が好きというだけで脅えなければいけないのだ! という理不尽な気持ちが消化された。声に出して発することが出来たからだ。まんまと岩泉の手中で踊らされていた感はあるが、胸の中の蟠りがすっと溶けてなくなった。岩泉と喧嘩をしたことがきっかけで、止めに入った及川にも性癖がばれ、及川が岩泉を好きだということもここで聴かされた。耳にした岩泉は目を見開き「冗談はよせ」と吐き捨てたが、どうやら冗談ではないようで、及川の岩泉のどこが好きだという談義を永遠と笠松と岩泉は聞かされ、どうやら及川が本気であることを悟った。
それから及川はことあるごとに岩泉へ愛の告白をしているが慣れた態度でスル―されてきた。電話越しに及川の恋愛事情を聴かされていた笠松があれから二人がゆっくりだがいい方向へ進んでいるような気がひっそりとしているが、実際、岩泉に会う度に、マジでくっつけるのかコイツら……と若干、不安になったりもする。及川の野郎、話盛りすぎてねぇか、と苦笑いを漏らさずにおれない。それでも、二人の恋愛事情(及川からの欲目あり)を笠松が永遠と聞いているのも、昔馴染みの発展が気になるということもあるが、自分の恋愛事情を及川に相談に乗ってもらう為だった。
笠松は生まれて初めて人を好きになった。今まで自分がゲイだと自覚していても、男を恋愛対象として恋に落ちたことはなかった。例えば好みのタイプがいてそいつで抜けるかと言われれば抜けるが、悩みを聞いてやったり面倒事に付き合ってやったり、そういう相手はいなかったというわけだ。
初めて好きになった男の名前は黄瀬涼太といった。笠松が所属する海常高校へ入部してきた期待の新人でキセキの世代と呼ばれる実力の持ち主。その上、モデル業を営んでいるため、顔も整っている。まず初め見た時「好みのタイプだ」と率直に思った。切れ長な三日月をひっくり返したような双眸も、稜線が整った鼻も、愛くるしい表情も。そのくせ、男らしい体つきである筋肉も。すべてが好みだった。しかし、部活の先輩と後輩。男同士。障害は多すぎて、付き合うとかいう考えに至らなかった。入部してきたばかりの態度は生意気で、餓鬼丸出しの性格からも、好みだが恋に落ちることはないだろうと思っていた。そんな笠松の予想があっさり覆されたのは、海常が誠凛に負けて、黄瀬がバスケと真意に向き合うようになってからだった。子どもらしい一面は未だに多く残るが、生意気だ、生意気だと感じていた所が次第に好ましくなっていき、黄瀬から目が離せなくなってしまった。森山からも「お前、黄瀬のこと見過ぎだろう」と注意されるくらいだ。んなに見てたか、と首を笠松は傾げ、無意識の内に黄瀬のことを目線で追っている自分がいる事に気付いて、両手で顔を覆った。
ヤバイ、辞めておけ。お前が苦労するだけだぞ、と言い聞かせたが、もう走り出した恋は止まることを知らず、どんどん、黄瀬の魅力の虜になってしまった。顔が元から好きだったから、雑誌も通販で購入したり、たまに会う及川からもらったりした。及川が中学生の頃、修学旅行で足を運んだ東京でスカウトされ、雑誌でモデルとして稀に活躍していることをこれほど良かったと感じたことはない。まぁ、雑誌を貰うくらいなのだから、笠松が誰を好きかなんてこと、岩泉も及川もすでに知っており、偶に抑えきれなくなった黄瀬への気持ちを二人に聞いてもらっているのだ。二人は良く笠松の話しを聞いて「末期だな」というが、笠松は及川だけには言われたくねぇなぁ、とは良く思っていた。しかし、自分が末期なことは認めざる負えないだろう。
黄瀬が載っているからという理由だけで集めた、雑誌の数は山のようにある。特大ポスターがついてくるからと、要りもしない雑誌を購入してポスターだけ部屋に飾り捨てて。俺はどこのアイドルヲタクだ! と自分自身でも呆れかえっている所なのだから。
こうして、久しぶりに訪れた親戚の家でも暇をつぶす為に携帯でゲームをしたりするのではなく、わざわざ岩泉の部屋へと足を伸ばし黄瀬が載っている雑誌を手にとるのだから、末期と言われてもしょうがない。

「あ、岩ちゃんに幸ちゃん!! 生で会うのは久しぶり!」
「及川――相変わらずちゃん付けなのか」
「もう、諦めろよ幸男。慣れだ、慣れ」
「え、岩ちゃんが辞めろっていうなら、やめてもいいよ。ちゃん付けで呼ぶのは岩ちゃんだけに」
「逆だよ! 俺を岩ちゃんって呼ぶの止めろって言ってんだ」

相変わらずな様子を笠松は見ながら進展しねぇなぁと、思ったが、及川の頭を引っ叩く岩泉の顔が楽しそうだったので良いとしようと、立ち上がった。今から三人そろって公園まで足を伸ばし、球技を楽しむ予定だ。三人が揃うと、バスケにバレーどちらとも行った。幼い頃に決めたことだった。笠松と岩泉が「はぁ、バスケだろう」「バレーに決まってんだろうが」と喧嘩になるため、公平にどちらも楽しむことを決めたのだ。元々、運動神経は秀でている方である三人は、遊び程度なら軽く熟せたし、どちらも授業で体験する競技であるため、遊びといっても白熱した試合が繰り広げられることになった。公園での球技大会ともいえるものが終わると、帰路を辿りながら、恋愛相談をするのがこの頃のルートだった。

「及川は……っと聞かなくてもわかるな」
「え、聞いてよ。幸ちゃん、そこは聞いてよ!」
「あ――クソ川の話は聞かなくてもいいぞ」
「別に聞いても良いんだけどさ、及川お前話し盛りすぎだろう。なにが岩ちゃんが俺の為にアイスクリームを買ってきてくれただ。あれ、良く一から聞くと、部員全員の分を顧問から渡された金で買ってきただけじゃねぇかよ」

数日前に及川から熱く語られた内容を思い出し、笠松は喋る。「岩ちゃんが、岩ちゃんが俺の為にね!」と勢い良く喋っていたので、笠松は岩泉がそんな優しさを及川に向けるなんて、珍しいな、と思いながら話を聞いていたのだが、どうやら及川が興奮のあまり真実を見ていなかっただけだということに気付いた。

「そうだったの岩ちゃん!」
「じゃなかったら、誰がテメェにアイス奢ってやるかよ」

アイス奢るなんてパピコ半分こした時にジャンケンで負けた時くらいだろうが、と岩泉は付け足した。
まぁ、それでも、と笠松はあの日、及川から語られた内容の中に「俺の好きなガリガリくん梨味でさぁ」という言葉が含まれていたため、及川の好きなものを無意識に選んで渡してしまう所が岩泉の優しさだなぁと思った。二人の夫婦漫才ともいえる光景をもう暫く堪能していたいため、何も言わずに黙ってはいるが。


「で、幸男。お前の方はどうなんだよ」
「あ、俺か……俺は―――」

最近会ったことを話す。
インターハイのこと。その後に行った合コンのこと。合コンで黄瀬は当たり前のようにモテていた。女の子から熱い視線を独り占めして、街中で立っている中で黄瀬だけが世界が違う住人のようだった。黄瀬が女の子と接している光景を目にするたびに、やはり自分とは性癖が違う世界に住む人間なのだと笠松は思った。黄瀬が可愛らしい女の子と一緒にいるのを見ると胸が痛かった。インターハイで部の先輩後輩としての絆は高まったしプライベートでも遊びに行くようになり、親しくはなっているが、しょせん自分は黄瀬の先輩であり、言い換えれば先輩でしかないのだということを再認識した。「悪いな、湿った話になって」

しかも乙女くさくて自分でも笑っちまうんだよ、という笠松の頭を岩泉が殴る。
及川が笠松の目の前に立って「泣かないでよ幸ちゃん」とハンカチを差し出した。泣いてねぇと笠松は思いながら一応ハンカチを受け取る。

「俺、及川の顔は好みじゃねぇな」
「え、なんでこのタイミングで!」
「俺もだ奇遇だな幸男」
「岩ちゃんは好みって言ってよ!」

やっぱり気持ちを吐き出して楽になったと、笠松は思いながら、これから岩泉家で繰り広げられる親戚一同が集まっての宴会で出される夕飯のメニューを考えて生唾を飲み込んだ。






岩泉家で過ごす夏休みの三日間はあっという間に過ぎ去り、笠松は神奈川に戻ってきた。冷たくなった潮騒が拭きつける帰路を辿りながらも、WCまでに詰められる海常の欠点を克服する方法や、ゲームメイクの戦術を脳内で組み立てながらも、インターハイが終わったから更に真剣に部活へと取り組むようになりエースとしての自分を考え出した黄瀬の後姿を思い出した。何を言っても、どんな行動を取っていても、時間というのは刻一刻と過ぎていき、残酷だなとマフラーに顔を埋めた。吹き付ける風が頬を打ち、夏休みなど悠遠の彼方へ身体は放り去っていく。マフラーが必要になったのは昨日のころで、紅葉した紅葉や赤卒を見つめながらも秋が終わり、冬が近づいていることを笠松は身を持って経験していた。
そろそろ肉マンとおでんが上手くなるころだな、と練習終わりで腹ペコな身体になにか入れてやるかとコンビニへ立寄ろうと踵を返した時、後ろから声が聞こえた。

「笠松センパイ!」
「黄瀬!」

犬のように尻尾を振り近づいてきたのは笠松の想い人である黄瀬涼太だった。部誌を居残りして書いていた笠松は珍しいなと黄瀬を見つめながら黄瀬が真横にくるのを、足を止め待った。

「どうした。なに残ってやがったんだ」
「いやぁ、女の子から告白されたんスよ。はぁ、迷惑スよね」
「嫌味か」

軽く肩パンを食らわすと「モテない笠松センパイには判らないかも知れないスけど、本当に迷惑なんスよ!」と説得する黄瀬の姿があり、笠松は胸の中を締め付けられる気持ちでいっぱいになった。迷惑……か。と言葉に変わり吐息を漏らす。普通のどこにでもいる女の子でさえ、こうなのだから部活の主将である笠松に告白などされれば、迷惑以上のものがコイツに降り注ぐんだろうな、と肩を落とす。
呆れた様子を装い歩き始め、良く笑ってられるなぁ自分と思いながらも歩いていると、ポケットに突っこんだままの携帯が震えた。メールかと思って無視していと、震えている時間が長い。誰だよ! 黄瀬と二人きりの時間は辛いけど貴重なんだよ邪魔すんな! と携帯電話をポケットから取り出し、森山あたりだったら明日理不尽な怒りをぶつけてやると決め電話に出る。


『聞いてよ幸ちゃん―――!!!』

電話の主は及川だった。

「及川か……なんだよ、くだらねぇ用事だったら後にしろ」
『及川さんの話しなのに今聞いてくれないの』
「今、外なんだよ」
『どうせ幸ちゃん一人で歩いているんでしょう。だったら及川さんが話し相手になってあげるよ』

わざとらしく女が喋る様な甲高い声で受話器越しの及川が声を出した。はは、キメェなと笠松は思いながらも、それでも実際にその様子を覗いてみると許される顔をしているのだから、ズルイ奴だと笑った。

「一人じゃねぇんだ。部の後輩と一緒にいるから。家に帰ってから聞いてやるよ。それと、今度、東京に遊びに来る話。俺がわかる所だったら案内するから」
『後輩とか。なら、仕方ないね。かけ直すことにするよ』

及川の電話はそう言って切れた。今度、岩泉と及川が休日を利用してオープンキャンバスに参加する為、東京の方へ来ることになっていた。笠松とて偶に買い物に行くくらいなので、詳しくはないが、地方から出てきた二人より詳しい。二人が参加するオープンキャンバスは笠松も参加予定だったので丁度良かった。
携帯をポケットに放り入れ、電話に出たことを悪かったなと笠松が告げようと上を向くと、なぜか黄瀬は怒りを露わにするような表情で立っていた。


「おい、黄瀬どうした。悪かったな電話に出て」
「いや、そうじゃなくて。電話は別に良いんスけど」
「けど?」
「っ―――! なんか、自分でも良く判んないんス! わかんないけど、笠松センパイがオレと一緒にいるのに、他の人と仲良く喋ってるの嫌ス!」

思わず怒鳴ってしまったという黄瀬は、声を張り上げたあとに「すみません」と謝った。項垂れている黄瀬の身体を見て、笠松は本当にコイツ自分が胸の中に抱いている感情が理解出来なくて戸惑っているんだな、と思った。同時に、期待させるなよ、とも。まるで、嫉妬をしているような言い方だった。及川と電話越し喋っている笠松を見て。
いいや、と笠松は首をする。そんな都合の良い話があるわけないのだ。期待するだけ無駄だと自分自身に言い聞かせ、黄瀬の頭を撫でる。

「自分が構って貰えなかったからって拗ねんな!」

そう言い聞かせ、先輩らしい態度で黄瀬の頭を撫でた。







及川と岩泉が東京に来る日がやってきた。待ち合わせをした駅前に笠松が行くと二人は既に到着しており、及川の目立つ容姿のお蔭で直ぐに発見することが出来た。事前に行く大学の場所の地図をプリントアウトしておいた笠松を見て、二人はスマフォを取り出し、ナビ機能を起動させた。「お前らガラケー馬鹿にすんなよ!」と確かにナビ機能はないが、事前に準備して置いた方が良いだろうが! という会話をしながら、大学まで向った。
大学のオープンキャンバスは午後から自由解散となり、二時間余りの時間大学内を体験した三人は学食で食べずせっかく東京まで来たのだから、と外で昼食をとることにした。決めたのはガイドブックにも載っていた美味しいイタリアンのお店で、男三人で入っても大丈夫な雰囲気だったので、各々好きな物を注文した。

「よく考えれば今の時期からオーキャンって遅いよな」
「幸男も俺らも部活漬けだからな。なにもなきゃ、このまま推薦来た所に行くだろ」「三人で同じ大学とかもいいかもね」
「良い条件を提示してくれるところがありゃな」

などの会話を交わしながら、昼食をとった。
昼から何処に行くか――という会話をしていると、良いものが揃ったスポーツ用品店があるという笠松の言葉に釣られて、メンズ物の服を見ると同時に、買い物をするかという事が決まった。
お会計を済まし、店内を出て歩きはじめると、及川が一人の女性から声をかけられた。
実はコレは、今日始まって何度目かになる。岩泉は慣れているようだが、女性とまともに話せない笠松にとっては良い迷惑だった。
話しかけてくる女性は及川をナンパする目的だったり、雑誌に載った及川を見てファンになった女性だったりと多岐に渡るが、新しい芸能事務所の勧誘なども含んでいて、改めて笠松は及川の顔が整っているのだと感じた。普段、岩泉、岩泉と煩い気心が知れた友人だという印象で脳内にいるため、それほどイケメンだと意識してみたことがなかったからだ。及川はすべての女性に(スカウトしてくる人間が野郎なら適当にあしらっていたが)優しく接しており、ファンサービスなのか笑顔を絶やさず調子に乗ってくると、頬っぺたにキスまでしていた。
おいおい、それで良いのかよ、と笠松はゆっくりと岩泉を見る。
やはり慣れているのか平然とした呆れ顔でその様子を観察していた岩泉だったが、従弟である笠松には彼がかなり苛立っていることが判った。
自分たちの時間を崩されてというのも彼が苛立っている要因の一つだが、どちらかというと、その比重は及川が女性と話す姿を見て彼は苛立っているのだということが判った。岩泉自身、無意識かも知れないが。
耐えきれなくなったらボールを投げる仕草をして、あ、チクショウボール持ってねぇんだったと独り言をつぶやいた後、及川の頭を殴って引きずりこちらへと戻ってくる。及川も岩泉に止めて欲しくて業と行っている所があった。こういう場面を見ていると、やっぱり二人は上手くいくのではないかと、笠松は僅かに微笑ましい気持ちで二人を見守っていた。



スポーツ用品店にもいく、洋服の店も何店舗か回っていると、及川と笠松が行きたい店、岩泉が行きたい店が道路を挟んで向かい合いながら建っているという店が出てきた。一緒に回るのも時間の無駄だということで、別れて店を回ることにして、及川と笠松は歩き出した。
早くしないと岩泉は悩むことなく即決で服を決めていたので「時間かかりすぎだろテメェら」と怒られることが目に見えていた為だ。
信号を渡って向かい側なので、急ぎ足で歩いていたが、突如として湧いたような人盛りに、行く手を阻まれてしまった。さっきまでこんな人盛りなかったじゃねぇかよ! と笠松は拳を握りしめ、顔をあげると、遠目だが黄瀬の姿を発見した。「黄瀬」

呟くと及川が反応して、目を細める。サーブを打つ時に見せる冷酷さを伴った真剣な眼差しが視界に黄瀬の姿を捉えた。生で黄瀬涼太を見るのは及川とて初めてで、あれが笠松が好きで止まない黄瀬涼太なのかと納得した。
撮影風景は巨乳の美女と黄瀬が絡み合っているものを街角で撮影していた。赤煉瓦が積立られた街中のお洒落な壁と、二人の容姿は栄えてうつり、撮影を外にした意図が良くわかった。
部活中には見せない黄瀬の色気を醸し出した眼差しに笠松は見惚れながらも撮影される女との絡みはなんて自然なんだろうと思った。同時に、自分の真横に居る後輩が人の壁により遠くにいる人物に見えた。
自分はここからでも黄瀬のことを発見することが出来るが、黄瀬は先輩の一人である笠松を発見することなど無理だろうと考えると胸の中にぽっかりと空洞が開いたように切ない気持ちになった。


「幸ちゃん、どうしたの。大丈夫って、まぁ、そんなわけないよね」

及川は倒れてしまいそうな笠松の肩を抱きしめる。もし、あの光景を繰り広げているのが自分の思い人である岩泉だと想像するだけで相手の女を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。岩泉は目立って持てないし、派手な容姿でもないので、然程心配する必要はないが、校内の廊下で岩泉が他愛無い会話を女子と繰り広げているだけで胸の中は嫉妬で痛み出すのだ。
いつも冗談で告白していて、岩泉も冗談でそれを交わしていてくれていて。振られ続けている関係だが、ああ、もう辛くて、俺は本気なんだよ岩ちゃん! と告げて今までの関係を壊したくて堪らない衝動に駆られる時がある。それでも、今はまだ、岩泉の未発達な気持ちが自分を受け入れてくれないことも知っている。確信を持っていうが、岩泉は自分のことを好きだ。及川徹という人間を恋愛的な要素を持って見ていてくれているだろう。女と絡んでいる時に、岩泉の眼差しにも薄ら嫉妬の色が灯っていることを及川は知っていた。けれど、受け入れてはくれない。
もっと、もっと好きになって意外と及川よりも冷静に物事を判断して、後先のことを計算している岩泉はもっと、もっと何もかも壊しても良いという衝動に駆られるほど、自分のことを好きになってくれるまでは受け入れてはくれない。それまで、じっと肉食動物が相手を捕獲する時のように息を潜めて待っているのだが、この作業が大変でならないのだ。溜まって、溜まってどうしようもない気持ちを笠松などに相談して発散して、早く岩泉の気持ちが自分に追いつくのを待っている。けれど、この横で項垂れそうになっている笠松には、その待つという行為すら無駄かもしれない可能性の方が多く、自分と好きになった相手が住む世界が違うのだということを見せつけられ、心を折られそうになっても、仕方ないだろう。恋をすればするだけ、弱くなる。

「岩ちゃんのお店の方、もどろっか」
「おい、悪いな」

及川の肩を借り笠松が立ち上がった瞬間、黄瀬と目があった。
そんな筈がないと、笠松は自分に言い聞かせた。この雑踏の中、黄瀬が自分を見つけられるはずがないと。あれだ。アイドルに会いにコンサートに行ったときの現象だと、自分の脳内を、嘲笑い目を背けると、行き成り、黄瀬が撮影現場を飛び出し、こちらに向かって闊歩する光景が見えた。「笠松センパイ! その男、誰っスか」

瞬く間に自分たちの近くへやってきて、今にも及川を殴ろうとする眼差しを見せる黄瀬を見て、なに怒ってんだと笠松は思った。
睨まれる及川は、この双眸に見覚えがあった。これは、自分が岩泉と話す女を見ている時の眼差しにそっくりだった。笠松の話しを聞く限り、まったく見込みのないように見えていたが、どうやらそうではないようだということが、黄瀬の目から透けて見える。俺、完璧に当て馬じゃん! と思ったが、演じてあげようという優しい気になれた。

「誰でしょう。君には関係ないんじゃない」

倒れる笠松の肩を抱き寄せた。おい、及川てめぇやめろ! と笠松は拒絶を示すが、そんなこと、知ったことではなかった。折角、両想いになる機会が笠松の目の前に降ってきているのだから、しっかりと掴まないと。

「関係あるスよ! オレは」
「部活の後輩とかいうのはやめてよね。部活の後輩とか、友人とかだったら口出しする権利ないから」

俺らの関係わかるでしょう? と含みを持たせて告げると黄瀬が咽喉を震わせた。笠松の
肩をつかんだ黄瀬に殴りかかる勢いで、強引に及川の腕から笠松を奪ったあとで、言い放つ。

「オレはセンパイが大好きなんであんたみたいな得体のしれねぇやつに任せられねぇス!!」

黄瀬のこのような声を笠松はコート以外で初めて聞いたと思った。体の芯に直接響くような肉声で、かといって熱さだけが込められているわけではなく、第三者の存在を抹消してしまいそうな声だった。
好きの意味が先輩としてだけではないということを、及川を目の前にして、猛烈な怒りと憎しみのようなものがわきあがり、自分の所有物をとられた幼い子供のように癇癪を起したい衝動に駆られた黄瀬にはわかっていた。自分が知らない相手と電話で喋っている笠松を見ても思った。この人の横にいるのは自分が持っている権利だと。他の誰にも譲ってよいものでもないと。


「なんだ、よかったねぇ幸ちゃん」
「その呼び方もやめて欲しいス!」

いまだに黄瀬は及川に殴りかかりそうな勢いで喋っている、笠松が止めに入ろうと声を上げる前に、制止を促すどなり声が聞こえた。

「なにしてんだ、テメェら」

岩泉の声だ。わかりやすく岩泉を見て焦った表情に変わった及川を見て笠松は苦笑する。脳天から拳を食らわせれ、公衆の面前でちょっとは幸男のことを考えろ! と岩泉はどなった。
途中から傍観していて止める気配を窺っていた岩泉は、まぁ及川のとった行動が自分の従兄にとってプラスに働いたとわかっているので、しょうがないと大目に見ることにした。

「誰なんスか!」

と声をあげる黄瀬に笠松が従兄とその幼馴染で二人はただの友人だと説明すると黄瀬の怒りは収まった。笠松にとってそんなことよりも黄瀬がさきほど述べた内容を確認したかったが、黄瀬が仕事中だということを思い出し、尻を蹴って追い返した。去り際に「あとで二人きりで話がしたいス」とささやく黄瀬の顔を見て、やっぱり嘘じゃないのかと現状を把握できないまま、笠松は茫然として黄瀬を見送った。














「あーーなんか、悪いな」
「別にいいんじゃねぇ、両想いだったってことだろ」


おめでとうと岩泉はいう。
ちなみにさすがに先ほどの場所だったら目立ちすぎるというので、移動して今は駅前のコーヒーショップで黄瀬の撮影が終わるまで時間を潰していた。
岩泉と及川からしてみれば、今まで片思いで玉砕したら慰めてやらなければいけないと思っていた友人の恋が実ったので、祝いの言葉をかけるべき場面だろう。岩泉はてめぇ、どんだけ悲観的に見てたんだよと、笠松に突っ込まざるおえなかった。しかし、これから仕事が終わった黄瀬が駆け付け、笠松に盛大な告白をするのだろうということは既にわかりきっていることで、今日は笠松の家に泊まるつもりだったので、家路を及川と二人でたどるのかと思うと気が重くなった。及川と一緒にいて面倒だと思うことは多々あるが、気が重くなるのは珍しいことだ。
なぜか先ほど、笠松と密着して黄瀬と争っている及川を見て、非常にいらついてしまった。お陰で止めに入るのが遅くなったほどだ。あの時、胸の中に抱いた感情は幼馴染として処理出来るものではなかった。
あーー気持ち悪い、テメェのせいだと、珈琲を飲む姿が自分より似合う及川の頭をひっぱたいた。