及川と岩泉 | ナノ
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俺の気持ちに気付いている癖して、唇に指をあてて「言っちゃだめだよ、岩ちゃん」という表情を見て、コイツはなんて酷い奴なんだと憤慨する。
いつも通りボールを取り出して後頭部に直撃するようスパイクを打つ。女子に囲まれた及川は手前に倒れ「酷いよ岩ちゃん!」とお決まりの台詞を吐いたが俺は気にせず踵を返した。






及川のことが好きだと気付いたのは中学生の時、アイツが初めて恋人を作った時だった。初め、幼馴染だから寂しいのかキモイな自分と失笑したが、どうやら寂しいだけで気持ちは片付かなかった。
及川が女子から騒がれる事なんか慣れていた。小学生の時から身長が高く、運動をしている均等が取れた身体に甘く整った顔がついていれば、女子からモテて当然だ。顔が良いだけでは騒がれて着かず離れずの距離で終わるが、及川は人懐っこい笑みを忘れず、女子全員に優しかった。運動神経も優れていたし、勉強も馬鹿と笑われない程度には出来た。甲高い奇声が今も昔も変わらず届いているのだ、慣れざるおえない。
反面、一部の男子から反感を買っていたが、及川を非難する奴らが内心では及川に憧れているなんて一目で判った。及川はムカツクがお洒落でもあったから、奇抜な艶やかな色をワンポイントとして取り入れるのが上手かった。小物に多く、小学校に装着してきても良いぎりぎりのラインを見極め、私服を飾っていた。そういう及川を見て「女子みてぇ」と騒ぐ連中が、及川の着けてこなくなった二日目あたりに似た商品を着けてきていていたのを、俺は覚えている。馬鹿みてぇだな、と呆れた表情で、そういう奴らを見ていた。真似して何になるんだろうってな。
俺はそういう及川の傍にいた。幼馴染として。家が特別近いという訳ではないが、同じ町内会にいて、高校生になった今も攣るんでいるんだから、腐れ縁、幼馴染とカウントして問題ないだろう。バレーでもエースとセッターだ。アイツがエースも兼用しているようなものだが、及川の球を打つのは俺だ。
及川の傍は居心地が良かった。当然か。特別だと騒がれる奴の傍にいたんだから。基本的にアイツは何でも出来たし、皆に何でもできるよう見せかけるのが得意だった。白鳥っているだろう。一見、優雅に見えるのに、水中では浮くために必死だ。及川は白鳥みてぇな野郎だったよ。
なんでも出来た。
間違いない。
人より優秀な奴なのだろう。第三者がみれば、及川ほど自分が欲しかった才能を持っている奴もいないのだろう。けど、及川が一番欲しかった才能を神様は取り上げているんだから、世の中は平等に出来ている。
バレーに関して、優秀ではあるが、天才ではない。それでも及川は俺が見てきた中で、一番のセッターに違いなかった。
まぁ、ただの天才じゃなかったからこそ、アイツは俺の中で一番のセッターなのだ。努力を知らない人間に俺は着いていく気にはなれねぇし。天才だからこそ身に着けてしまう可能性が高い、独り善がりなプレーを及川はしなかった。表面に張り付けた笑みの下で、奥歯を噛み締めたくなる時がアイツにもあったということを、真横にいた俺は良く判っていた。俺だけじゃねぇ。及川が指示するコートでプレーする連中は皆そうだろう。どこかで、及川のことを慕って、信頼している。だから、上げられた球を迷いなく叩くことが出来るのだ。
そんな及川だからこそ、俺は彼女が出来た時に恋愛感情で好きだと思うほど、惚れてしまったわけだが。


自覚してからが大変だった。中学生と言えば、思春期爆発時期だ。感情のコントロールも下手くそで、悩む事に全力投球する。ついでに、覚えたての快感を追い求める性欲も爆発してしまう。恥ずかしい時期だ。
俺の性欲は及川を求めた。夢の中で及川とセックスしているシーンを何回か見た。もちろん、夢精していた。男同士の性交に関する知識なんて保有していなかったので、陰部は霧かかっていたが、俺は及川に攻められて喘いでいた。
自分が抱かれたいのか、抱きたいのかを自覚したのも夢の中だ。そうか、俺はアイツの腕の中で達したいのだと、気まずい事実を発覚し、顔が蒼白とした。
それと同時に性的欲求に繋がる夢を見たことで、俺は本当に男である及川を好きになってしまったのだという、ショックが頭の中で大声を出していた。初めて夢精した日は学校を休んでしまいたかったが、母親に見つからないよう下着をお風呂場で洗いながら少し泣いた後、部活があるので学校へ重たい脚を進ませた。
学校に行くと及川は俺の気持ちなんかお構いないというように、初めて出来た彼女に浮かれながら、胸の話をしてきた。ウルセー女子の胸なんか興味ねぇんだよ。それよりテメェのチンコ見せろ、と思いながらも及川の惚気を黙って聞いた。最終的に限界がきて、頭を殴ったけどな。
追加して補足するなら、限界が来たというのは、及川の惚気を聞いて、なんで俺は胸がついてないんだという惨めな気持ちになったのと同時に、昨晩見た夢を見て、気まずさに負けたからだ。



暫くの間、気まずそうな顔をして接していた俺を及川は妙な目で見てきた。そりゃそうか。長年一緒にいた幼馴染が突然、そわそわした態度を取るんじゃ、不気味でならなかっただろう。悪いな、と思いつつ、心の半分は彼女といちゃいちゃしておけよ、という影を隠した俺が息づいていた。
及川以外にも、中学生の分際で女と付き合っている連中なんて大勢いたが、たいてい、彼女が出来ると友人同士の付き合いは軽くなる。今まで友人と一緒にいた時間を彼女に回すのだから、極自然のことだと受け入れてきた。彼女いない組からすれば僻み根性で囃しまくったけどな。
それなのに、及川は特別、彼女と過ごす時間が長くないかのような顔で、付き合う前と変わらず、俺の傍にいた。妙な話だ。同じ部活に所属しているのだから、時間が減らないのは当然だろうという声も聞こえてきそうだが、昼休憩、登下校という俺と及川が今まで二人きりで過ごしていた時間が減らなかった。可笑しいだろう。
惚気話しを聞かされるので、しっかり彼女とは共にいるようなのに、俺といる時間が減ったわけじゃない。
勝手な話だが、及川のことを恋愛感情として見てしまっている俺としては迷惑な話だった。



「お前さ」
「ん? なに」



昼飯を食べている時だった。俺達は幼い頃からの習慣が残っていて、昼休みは同じ机の上で弁当を広げた。大抵、及川が俺の前の席に座っていた。話す内容は日によって様々だが高確率で話題になるのはやはりバレーのこと。最近はそこに及川の彼女自慢が入ってくるので、楽しい半分、苦しい半分といったところだ。


「彼女ともっと一緒にいれば」


つい口が滑った。
最近、俺が避けているのに気付いているなら、暫く放置しておいてほしかったが、面倒事を回避するために言わなかった言葉。面倒事というのは、俺の気持ちが及川に暴かれてしまうことだ。
一瞬、焦った。なに言ってんだ! と自分の頬っぺたを往復ビンタしてやりたかったが、ちょっと考えて、いやいや大丈夫だバレるわけねぇよ。及川は「なに岩ちゃん、嫉妬? 俺に可愛い彼女が出来たからって」といつものように軽いテンションで揶揄するはずだ。いくら幼馴染だからといって、同性愛が世間一般的に認知されていない世の中において、恋愛感情として及川を見ているなんて、知られる筈がないのだ。


「なに、岩ちゃん」


ほら大丈夫じゃねぇか。
安堵の息を気づかれず吐き出そうとすると、及川が双眸を見開いて真剣な眼差しでこちらを見てきた。俺は箸に掴んでいた母親の焦げすぎた卵焼きを思わず、落下させた。
コート上で見る様な、眼差しを見せた直後、及川は悲痛に胸が張り裂けそうだと訴えるように節目になり、かと思えば、表情をすべて氷で冷凍してしまったように口を動かした。


「嫉妬してるの。駄目だよ、嫉妬なんかしちゃ。友達なんだからさ」
「は……」


想像していた類いの台詞なのに、声色がまるで違う。及川が喋るごとに、俺の本音がいえないよう加工されていく感覚が身体を包み込んでいった。息が止まり、言葉が出ない。目線を及川から逸らそうとすると、空気が一変したように満面の笑みを作った及川に「また女の子紹介してあげるから」と肩を叩かれた。
ようやくいつもの空気に戻ってきたようで「いらねぇよ!」と俺は及川の頭を叩いた。「親切心なのに」と冗談を喋る及川の口から、女の子を紹介される日はなかった。

きっと気付かれている。俺が及川のことを恋愛感情として好きだということを。
俺の背筋は震えていた。笑いながら。何時の間にこんな、器用なことが出来るようになったのだと、白い歯を見せた。






家に帰ってベッドに伏せて俺が自分のうっかりした口を呪ってやりたくて堪らない気持ちに襲われた。母親が一階から「寝る前にお風呂には入りなさい」と言ってきていたが、俺の耳には入ってこなかった。不貞寝だ。寝させろババァと思っていると、痺れを切らした母親が二階へやってきて、俺の方が頭を引っ叩かれた。
仕方なく風呂に入り湯船に浸かりながら、胸の中にある煤煙と戦った。
気付かれている。可能性は高い。
あの口調は釘を刺すようだった。それを告げちゃいけないと、忘れろと、及川が無言で訴えてきた。俺は答えるつもりはないよ、ということなのだろうか。だったらせめて抱くくらいは自由にさせてくれ! それは俺の自由だろう! と怒りが湧いてきたが、冷静になれば親友に惚れられた及川が可哀想にもなってきた。
ああ、面倒だな。
及川に恋をしてから良く思う。片思いというのは厄介だ。今まで俺が味わってきた感情の常識を覆す決断をし兼ねないのだ。そもそも、今までの俺だったら、こんな風に悩んだりしなかった。言っても良い言葉と、言っては駄目な言葉の区別くらいつけてきたが、自分の感情には正直に生きてきた筈だ。


「いっそ、言っちまうか」


及川には気持ち悪い思いをさせるだろうが。うじうじ気付かれている可能性があるかも、とか考え、告白も出来ないまま及川に片思いし続けるより、玉砕でもなんでもして、関係を再構築していく方が簡単に思えた。普通、ホモって知ったら逃げていきそうだけど、なんとなく及川が俺の傍から離れていく映像も、俺が及川の傍から離れていく映像も想像しにくいので大丈夫だろう。長年、一緒にいた勘というものなのか。
告白する決心を固めると、今まで悩んでいた靄が嘘みたいに晴れ、久しぶりにゆっくりと眠れた。





及川に告白できる機会に恵まれたのは激しい雨の日だった。グランドに植えられたポプラの木が嵐に打たれ靡いている。全校生徒は容赦なく部活を早めに切り上げて帰宅するよう通告があった。俺と及川は家も近所なので、当然のように一緒に帰った。
別に早々と告白しても良かったんだが、告白しようと言う雰囲気(まぁ、ようするに二人っきり)になると、及川は会話の流れを誘導させ、違う着地点へと俺を導いた。口を割らせないつもりだったのか。偶々なのか。俺には判別はつかないが、結局、告白する決意を抱いてから一か月以上経過していた。


「及川、お前の家寄らせろ」


二人きりの室内ならどちらの家でも良かったが中学から及川の家の方が近い。どちらの家も夕方の六時付近まで親は帰宅しない。及川は一瞬、怪訝そうな顔をしたが「良いよ」と陽気な顔で答えた。

豪雨は傘をさしていても意味を持たないものなので、俺達はびしょ濡れになりながら及川の家へ辿り着いた。相変わらず広い木造建築の家。表口もあるが、俺なんかは慣れた足取りで、裏口からお邪魔することが多い。綺麗な薔薇など季節に合わせた花が及川の祖母の手により飾られた玄関と違い、乱雑に傘などが押し込まれた裏口は既に何度も見たことがある景色だ。
裏口からあがってすぐの場所に洗面台があるので、及川は引き出しからタオルを取り出し俺に投げた。濡れた身体を拭くため有り難く活用させてもらいながら、及川の部屋へ向かった。
和室なことが意外だと言われる及川の部屋に入り、床に腰を下ろす。及川もベッドの上に腰を下ろして、寝転んだ。


「濡れた身体で寝転ぶなよ」
「え――いいじゃん別に」
「良くねぇよ。起きろ。起きて、俺の話を聞け」


怒鳴りたてるように声を張り上げ、真剣な気持ちを伝えたが、及川はこちらを見なかった。
変わりに指をさして部屋の隅っこに転がっているバレーボールを取れと要求してきた。舌打ちしながらも取ってやると、寝転びながら天井に向かって、オーバーハンドでトスを上げ続けた。




「ねぇ、岩ちゃん、俺さぁ岩ちゃんがなにを言いに来たのか知ってるよ。ずっと言いたそうにしていたもんね」




なんだやっぱり気付いていたのか。及川は人より数倍敏い奴だ。優秀なセッターには情報把握能力や、コミュニケーション能力が求められる。つまり、人の気持ちに敏感でなければ、俺が一番だと認めるセッターである筈がないのだ。
気付かれた時に背負った焦燥感は既に俺の中から消え果ていた。腹を括って、及川の家まで来たのだ。今更、少女のように情緒不安定になる理由もない。


「けど、言っちゃダメ」


はぁ、なんでだよ。言わせろよ。それは最低限、俺に許された権利だろうが! と声を張り上げようとすると、及川がボールをこちらへパスした。
寝転んだ状態でも及川のパスは適確に渡された。パスの基本となるのは膝を使う必要があるが、何十回も触り慣れたボール、近距離であれば指先のしなやかさだけで操れる。
俺の胸にボールがすとん、と落ちて反論できなくなった。


「俺はね、岩ちゃんと終わりがある関係になんかなりたくないんだ」
「終わりがある関係ってなんだよ」
「聞かなくても、判っているくせに……けど、言っちゃダメ。絶対ダメ。言うことなんて、許さない」


許さないとはっきり断言されてしまえば、俺の口は閉ざされてしまう。伝えたい気持ちは受け手がいて初めて言葉にした意味を持つのだ。その当人が、なにも受け取ってくれないというのなら、独り言と一緒だろう。


「友達はずっと一緒でしょう。友達だから。ねぇ、岩ちゃん、言っちゃだめ。俺は別れる可能性がある関係になんか、君とは絶対になりたくないんだ」


そう言っている及川は俺に背を向け、寝転んだ。
ボールを脇に抱えながら、俺はゆっくりと及川へ近づいていく。寝転ぶ及川の肩をつかみ、俺に見えないようになっていた顔を拝む。コイツは意外と心の中身が表情に出やすい。どうしても耐えられない時に出る表情だが、長年一緒にいた勘で見抜くことが出来る。主にそれは今まで一緒にバレーをする中で活躍してきた勘だったが、まさか、恋愛感情において、見抜くことが出るとは思わなかった。


「なんで、言わせねぇんだよ」


呟く。
及川の顔は俺を好きだと告げていた。
そりゃそうだ。あの口ぶりだと振ることを前提とした話じゃなかった。“恋人”になるから、終わりのある可能性がある関係になるのが嫌だから、お前はその口を閉じろと命令したものだ。
及川は、唇を震わし、顔を真っ赤に染めていた。余裕綽綽な笑みの作り方なんて、忘れてしまったみたいに。拗ねた子どものように。泣きそうな表情を必死に堪えている顔だった。
もっと、無理して笑えよ。余裕そうな顔しろよ、んな、顔されたら俺はもうどうすれば良いんだ。付き合えるかもしれないという可能性がある表情を俺に向けてくるな。俺を振るなら、思いっきり振ってくれ、そうしたら俺はお前とずっと「友達」で入れる。
いずれお前のことを忘れて恋人も出来るだろう。初恋の淡い思い出として、お前のことは消化され、数年後思い出して、笑いあいながら酒が飲める日が来る。俺もそこまで女々しくねぇから、一度、踏ん切りがつくと、大泣きしてからお前のことを諦めるさ。一か月くらいぎこちないのを我慢してくれたら、それで良い。それくらい大事にしろよ。「友達」でいたいって思ってんだろ。
なのに、なんで。そんな、期待させるような顔をして、俺を繋ぎとめておこうとする。


「及川、そんな顔すんな」
「ケチだなぁ、岩ちゃん。泣きそうな人に向かって」
「泣きそうなのはこっちだよ。笑え、なんだったら、ハッキリ声にだして振ってくれ」
「やだ」


ヤダじゃねぇよ。
こっ酷く声にだして、振ってくれよ。頼むから、及川。俺に好きだと言わせるつもりが、鼻からないのなら、お前の方から、言って首を切ってくれ。


「及川!」
「ヤダよ、岩ちゃん―――」


今までの泣きそうな声色が払拭され、海の中に隠れた暗礁が姿を表したような、意表をつく低い肉声が及川から紡がれた。
寝転んでいた顔を上げ、俺が脇に抱えていたボールを奪い、胸元で擁く。表情を一瞬、失う。俺が教室でうっかり言ってしまった「彼女ともっと一緒にいれば」という科白を聞いた直後、及川がしていた表情と一緒だった。


「終わる関係にはなりたくない。けど、俺はずっと岩ちゃんの一番でいたい」


及川の口が小さく動く。
俺は開いた口を閉じられなかった。キスされるのかと錯覚するほど、顔が近づいてきて、吐息がかかる距離で囁かれた。


「だから、手放してもあげない。振ってもあげない。酷い男だって岩ちゃんが幻滅しても良い。だって、幻滅してもきっと岩ちゃんは俺から振ってあげない限り、俺のこと忘れられないもん」


保証なんてどこにもない言葉を及川は断言していく。しかし、さすが俺の幼馴染というべきなのか。確かに俺はお前から振ってくれない限り、ずっと一緒にいるだろうよ。例えどんな奴と付き合っても、ずっと忘れられず、お前のことが俺の中で一番だろう。
なんて自分勝手、傲慢な言い草なのだろうか。俺は声を失ったかのように、及川を見つめた。節目がちになった及川は言いたいことを言い終わり、堪えきれなかった涙が双眸から、たらり、たらり、泣いていた。
俺には泣く権利さえ与えなかった男が。目の前で、だからずっと俺を一番にしておいてと頼み込んでいる。俺と付き合う気はないのに。酷過ぎるだろう。なんで、俺は、こんなことに耐えるかのように、言わない選択をさせられたんだ。なんで、及川の気持ちを無視して「好きだ」と叫べないんだ。

泣きながら、及川は唇を動かした。



「  」




と。
唇なんて読めないが、なにを言っているか一目瞭然だ。俺も言えないんだから、岩ちゃんも我慢してよという事なのだろう。
及川――
俺はリスクを背負ってもお前と恋人になりたいんだ。お前には、賭けてみる決意も、度胸も、リスクを背負ってでも俺と恋人になるメリットというのが無いんだろう。判っているから、俺は言えない。一か月や二カ月で済む傷じゃねぇんだろう。俺がお前に「好きだ」と言うことは。お前の中で一生背負うものになるのだ。だから、口を閉ざす。
雨だけが地面に対して声を発するように鳴り響いていた。














結局、俺達の関係はあの日から変わらず、翌日からは何事もなかったかのように、幼馴染、セッターとエースの関係へと戻った。高校三年生になった現在でも変わらない。

いつだって及川には彼女がいる。随分、ひでぇ、話じゃねぇか。お前だけ性欲発散しているのかよ。羨ましすぎる。この野郎。クソ及川。
あ――あ、俺だって早く誰かにケツを掘って欲しいぜ。残念ながら、男同士でセックスできる相手なんて、早々見つからないので、俺のケツは純潔を保っている。保ちたくもねぇけどな。
言えもしない気持ちを抱え、発散する相手もいない俺と違って、いつも女に囲まれ優雅な笑みを浮かべる及川は、俺が告げたそうにアイツを見ていると、唇に指を当てるのだ。
「言っちゃだめだよ、岩ちゃん」
あの雨の日の及川が一瞬だけそこにはいる。顔を覗かせ、俺の口を上手に閉ざしていく。俺は夏の日に出来た陽炎を見るかの如く、込み上げる感情に耐えながらボールを握ってトスを上げた。
ばしんっ! という音がして及川に命中する。帰るぞ! と告げ、大人しく俺の隣に立つ及川は飄々とした顔で、こちらを見て、悲しそうに笑った。