二口と茂庭 | ナノ
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二口が練習を休むのは珍しい事だった。いつも生意気な口を叩いているが、練習に臨む態度は真面目そのもので、手を焼かせるが練習熱心な良い後輩だという印象を持っていた茂庭は点呼した時に返事が来ない空席に驚いた。「風邪か?」と同級生で仲も良い青根に尋ねると勢いよく首を振り、眠たそうにしていたが授業を受けていたことを話した。
茂庭は首を傾げ、準備運動を皆に行って貰っている間、下駄箱で帰っていないかだけを調べてくると鎌先に言付け、体育館を飛び出した。
後輩が一人休んだからと言って気にしなければ良いだけの話だが、妙に背筋をなぞるような悪寒がした。それは昨夜、垣間見た二口の表情が原因なのかも知れない。



昨夜、練習を終え家に帰宅して風呂に入る直前に、茂庭はどうしても桃の天然水が飲みたくなった。
炭酸でない甘い飲み物を購入していると、工業高校のガラが悪い男子達に見つかり囃され日中は中々、手を付けられない。深夜徘徊にならないぎりぎりの時間帯だ。自転車を漕いで、近くのコンビニとは言わない。自販機まで急げば購入出来る。財布の中身をチェックして、母親に飲み物を買いに行くことを告げると家を出た。
外に出ると梅雨特有の湿気臭さと初夏を迎えようとする熱さが渦巻いていた。役目を全うした桜は青々しく輝く緑葉へと変化しており、もう暫くすると、眠っていた蝉が一斉に叫び出すだろう。
茂庭の家は閑静な住宅街の隙間にひっそりと次男坊の父親がローンを組んで購入した一軒屋として建築せれていたが、少し足を延ばすと田園が広がっていた。防犯や安全面を考え設置された田園の真ん中にはバス乗り場がある。掘っ建て小屋みたいな古びたバス停だが、多種多様な自販機が設置されていて、茂庭が求める桃の天然水もそこに常備されているのだ。
様々な種類の自販機が設置されているのは、恐らく利用頻度が高いバス停であるということと、茂庭が通う伊達工業が近くにあるということが関係しているだろう。
伊達工業に少し離れた街中から通う人間は良くこのバスを利用していた。
電車を利用すると言う手もあるが、最寄駅から伊達工業までは僅かに遠い。伊達工業があるから持っているバス停であるとも言える。お陰で本数も他のバス停に比べると多い。どうせなら、学校の真ん前にバス停を作ってくれれば良いのにと、ぼやく生徒もいる。あまり利用しない茂庭でさえ、最もだな、と友人などの呟きを聞いていると思うほどだ。
バス停まで到着すると自転車を降りる。ぱちん、ぱちんと切れそうな蛍光灯に群がる虫達を見て、夏だなと微笑んだ。
財布を取り出そうとポケットに手を入れ、バス停の内部に入り込んでいくと人影が見えた。茂庭は肩をびくん! と震わせた。正直なところ伊達工業の不良に会うという事態は避けて通りたかったからだ。
おそる、おそる顔を上げると、そこには見慣れた顔がいた。部活の後輩である二口の姿だった。

「二口――」

気が緩んだせいもあり、にこやかに喋りかける。未だに制服を纏ったままの二口に、こんな時間まで学校に残っていたのかと意表を突かれた。部活は普段通りの時刻に終了し、今日も悠然と部活に参加していた二口はてっきり、街中に帰るバスを利用する組と一緒に帰宅したと思っていたからだ。
深夜徘徊ギリギリの時間なのが口を酸っぱくさせて叱りたくなるが、それは自分も一緒なので今日の所は怒らないでおいてやろうと無邪気に後輩へ近づくと、二口はまるで夢物語を見ているかのように大きく双眸を見開いた。
二口の整っており、普通の男より大きなくりくりとした眼差しが更に大きくなり、唖然と間抜けな口を開いている。
珍しいな、と茂庭は思った。この後輩は素直ではあるが、驚いた時の仕草などを巧みに隠す癖がある。誰かに意表を突かれることを恥だと考えているのか、自分が認めた人間以外に恥をかかされるのが嫌なのか(おそらく両方だろう)真剣に驚いた表情をあまり見せない。驚きそうになると巧みな話術で翻弄して、いつの間にか自分が優位に立つ方向へ持って行く所があるのだ。だから、こんな風に心底驚いた間抜けな顔を見るのは茂庭とて初めてだった。

「お――い、どうした二口」

心配になり、ベンチに腰掛けている二口へと近づく。茂庭が足を進める度に、二口は顔を歪め、目線を逸らし、下を向いてしまった。
本当にどうしたんだ、様子が可笑しいと茂庭は首を傾げ、すっかり下を向いた二口の表情を拝もうと覗きこむと、涙の痕が僅かに見えた。
え――と息を飲んで、肩に触れようとすると二口は茂庭の手を振り払い、泣くのを必死に堪え、奥歯を噛み締めている二口と目があった。

「おい、大丈夫かよ」

もしかして見てはいけないものを、見てしまったのだろうか。若干慌てながらも、後輩が悩んでいるのなら、部の主将として話を聞いてやりたいと気さくに尋ねる。最早、桃の天然水も、深夜徘徊ぎりぎりの時間だということも、脳内からすり落ちていた。
話したくないのなら、二口はそう主張することが出来る人間だと茂庭は思っているので(偶に、言ってはいけないことと、そうでないことの区別がつかないのかと錯覚するほど、口が達者で無神経な所はあるが)話さないならそう言ってくれて構わないという余地を残した喋り方で尋ねたが、二口は黙りきったままだった。
痺れを切らした茂庭は新しい打開策を考えなければと、当初の目的を思い出し、自販機へと足を伸ばし三ツ矢サイダーを購入した。炭酸は身体に悪いと承知の上だが、今日ぐらい良いだろうと、二口に三ツ矢サイダーを手渡す。渡されたサイダーを拒絶することなく受け取った二口の様子を見て、とりあえず安心かと肩の力を落すと、突如、背後が光に包まれた。
なんだと振り返ると、どうやらバスが訪れたようで、腰掛けていたままの二口が立ちあがった。

「茂庭さんのせいですから。なんか、すみません」

とぎこちなく二口は言い放ち戸惑う茂庭を置いてバスに乗ってしまった。バスを待っていたのだからバスに乗るのは当たり前だが、茂庭を驚かせたのは二口が素直に謝罪したという点だった。
あの二口が素直に、素直に謝罪したのだ。しかも、落ち込んでいる時に先輩から空気を読まず声を掛けられたのだから、謝罪せずとも良い場面で。
茂庭は開いた口が閉じられなかった。明日、学校でこのことをどう切り出せば良いのだろうとも悩んだか、二口のあの科白は、だからこれ以上は見て見ぬふりをして下さいという拒絶を好むサインにも映った。



そんなことがあった翌日、部活に二口がいないのだから、少々、気になるのは当然と言えるだろう。体育館から渡り廊下を走って数秒の距離にある二口の下駄箱に到着する。うわ、二年生の下駄箱懐かしい、と昔を思い出しながらも、二口の下駄箱をのぞき見すると、未だに下靴が置かれてあった。
学校には居ると言う証だ。
教師に呼ばれたのだろうかと、ひとまず職員室へ足を伸ばした。首を左右に振りながら、黙々と放課後に残された書類と戦う教師の姿は見えるが、目立つ容姿をした二口の姿は確認できない。
念の為、今から卓球部の練習を見張りに行く担任と遭遇したので「うちの二口知りませんか」と尋ねてみたが、首を振られた。しかし、収穫はあり、その声を聞いた二口の担任が「さっき、選択教室で見かけたぞ」ということを教えてくれた。礼儀正しくバレー部の名に恥じぬよう頭を下げて、職員室を飛び出す。
第三選択室と告げていたので、ちょうどこの本館である職員室の真上だ。階段を駆け上がり、第三選択室の扉を開けたが、雑談をしている女子の姿が見えた。工業高校で女子は貴重な存在で、ごくりと生唾を飲み込み緊張が高まる。お菓子を食べていた女子達は突如として現れた茂庭を先生だと思って慌てたが「なんだバレー部のキャプテンだ」ということで、再びポッキーを齧りだした。

「なんの用ですか?」
「あ、その、ごめん。二口見なかった?」
「さっきまで居たけど、寸前で逃げ出して行ったよね」
「うんうん」
「左の方に走って行ったよ」

三人いた女子達は左の方と廊下を指差して告げた。二口はがくりと肩を下げ、なんで逃げるんだよぉぉと溜息を吐きだしたくなったが、こうなったら意地でも見つけ出したくなった。
礼を述べて、選択教室を飛び出し、走っていく、行く先々で、人に尋ね、理科室や、英語準備室、音楽室に社会科資料室まで足を伸ばしたが、寸前のところで違う場所へ隠れられてしまった。
いい加減、息が荒くなってきてウォーミングアップには丁度良いかなぁというプラス思考へ持っていき、最終的に辿り着いた先は茂庭の教室だった。二口の図々しさなら三年生の教室にも簡単に入ることが出来るなと納得をして、この鬼ごっこだか、かくれんぼだか判らない行為をさっさと終わりにしたいと扉を開いた。
既に帰宅してしまった生徒が多く、残っている生徒も部活動に励んでいる連中ばかりなので、教室は閑散としていた。後ろの扉から入ったので黒板が良く見える位置だ。くだらない落書きが描かれていて絵が上手いクラスメイトを思い出し、茂庭はアイツとあきれ果てた。
ぐるりと見渡す。人気が少ない教室というのは、畏怖が詰っているようで、茂庭は両手を抱き締めるようにして肩を震わした。

「二口――」

名前を呼んでみる。なぜだか、ここに二口がいる核心があった。閑散としているが、誰もいない教室はもっともっと肌寒いものだ。誰かが息を潜め、隠れているのが判った。茂庭から逃げて隠れる必要がある人物は今のところ、二口だけだ。
取り敢えず、最も隠れ安いロッカーを開くが出てくるのは腐りかけたモップと掃除用品だけだったので、急いで扉を閉める。冷静に考えて見ると、こんな所に隠れようとは思わない。
次に目を付けたのはカーテンの後ろだったが、開く前から人影を写さないカーテンの中に二口の姿が見えないことは確認済みだった。
と、なれば障害物こそ多いが、人一人を隠すほどの物体は教卓の中に限られていた。机の間を通り、教卓の中を覗きこむと、二口が泣きそうな顔で座っていた。

「二口みーつけた」
「なに、見つけてくれちゃってるんですか」
「だって、部活こないし」
「迎えにきてくれなくても良いのに!」
「心配するだろう。昨日、あんな顔してたし」
「あ――もう、なんで掘り返すんですか、昨日のこと!」
「お前が大切だからだろ」


さらりと告げられた科白に、二口は下唇を噛み締めた。泣きそうだった。なぜ、泣いてしまいたかったかというと、茂庭が告げる言葉の意味が「大切な後輩だから」という気持ちからきているという点だった。

「茂庭さんがそんなんだから!」

そんなんとは失礼だな、折角見つけてやった先輩に! と茂庭は頬っぺたを膨らませ、二口を見つめたが、切羽詰ったような表情に言い返してやれなくなった。
泣きそうな顔をしていた二口の腕がにょろっと伸び、茂庭の肩を掴む。茂庭とは違ったバレーをするのに恵まれた身体である手のひらが茂庭を抑え込み、教卓の中に収まっていた身体が出てきて、茂庭を押し倒す。

「おいおい、二口。おちつけ――落ち着け。暴力はだめだぞ」
「なんで俺が茂庭さんを殴るんですか!」
「え、違うの。暴走したらあるかも知れないと思って。ごめん。」
「違うっての! 俺は、俺はもう!」


感極まった二口は逆切れするかのように押し倒した茂庭の唇を塞いだ。
突然のことに脳味噌がついていかない、ついでに捕捉するとファーストキスである茂庭は何が起こったのか理解出来ずに、口の中に入れられた舌で、二口から逃げようと抗うが、執拗に舌先を動かされ、追跡されてしまった。

「俺は茂庭さんのことこういう目で見てるんです」
「え? マジ?」
「誰がこんな下らない嘘つくんですか」


茂庭が返した間抜けな返答に息を荒げ二口は返事をする。思い悩んでいた自分が間抜けになってくる。

「昨日だって、茂庭さんのこと好き過ぎて教室で抜いてから帰りました」
「え? え?」
「俺やっぱり茂庭さんのこと好きなんだって自覚して、茂庭さんに変なことしてしまった自分に自己嫌悪して落ち込んでいたのに、まさかバス停に茂庭さん現れるし。運命かと思ったじゃないですか」

茂庭には判らないが、昨晩、本当に思い悩んだ末に、自分でも把握できない心の衝動を性欲に任せて発散してしまおうと考えた二口に待ちかまえていたのは最悪の結果だった。放課後、この教室で茂庭を思って自慰をしたのだが、今までにないほど自分の陰茎は勃起して興奮状態に陥ってしまったし、抜いた後の賢者タイムで自己嫌悪に陥ってしまうし。それなのに、どうしてこのタイミングで現れるのかと目を疑ったが、何回、視界を通しても、茂庭本人であるし。
部活をサボることなど考えられなかったが、どうしても行く辛くて逃げてしまった。茂庭本人が探していると聞いた時には、見つかりたくない! という本心と、見つけ出して一層の事、告白してしまいたいという欲望が交差して大変だったのだ。

「二口、俺のこと好きなの」
「は、はい」

顔を赤らめて二口は答えた。
正直な話、自慰のくだりを聞いている時は、女性との恋愛さえ味わったことのない二口にとって未知の世界だったが、聞いているうちに、二口の思いがどれだけ真剣なものなのかと納得することが出来た。昨日の焦り傷つき、どうしようもないものを見たという時に現れた二口の表情を見てしまったからだ。
真剣な気持ちを受け入れるのはきつい。身体の手先が重たくなっていき、放棄したい衝動にかられるが、正面から似が出すことなく受け入れるしかない。

「俺、男同士の恋愛とかわからないくて、二口のことそんな風に見たことない、け、けど! 真剣に考えて見るから、返事はもうちょっと待ってくれ」
「それ、前向きに捉えて良いんですか」
「そ、それは、まだわからないけど、出来るだけ前向きに検討して見る」

そう告げると、二口は緊縛した表情を解くように、けど茂庭さんはと愚痴を溢しながら、茂庭の上から退いた。
あ、ようやく普段の二口が戻ってきたと安堵して、とりあえず部活に行こうと誘った。