金田一と影山 | ナノ
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握った手が熱かった。

最近の横暴ともいえるプレーの数にエースとして一言、文句をいって嗜めようと試みたのは、昼休みだった。
教室で昼食のコンビニパンに齧り付いている影山を呼び出す。
面倒だという本音を顔面に貼り付けながら影山は重たい腰を上げ、金田一の後ろを着いてきた。教室で話さないのは金田一なりの配慮であったが、影山には通用しないらしい。
どうして、教室外にわざわざ連れ出される必要があるんだという眼光が金田一の背中を貫いた。
着いた先は第二選択教室だ。三年の教室から程よく近く時間も取らせない。部室まで足を運ぶのは正直な話、億劫だった。

「お前、最近のプレーなんだよ」


静まり返った誰もいない二人きりの教室。扉を挟んで廊下側では、生徒の無邪気な声色が響き渡っているが、隔離された中に二人はいた。
金田一は重たい唇をようやく開き、影山に追求する。本当は口にすることすら躊躇った言葉だ。背筋に汗が滴り落ちる。春だというのに、金田一の体内は夏のように熱く、緊張で声が震えた。
影山のバレーセンスをトスを上げられている金田一が一番よく理解していた。影山が脳内で描くビジョンが実現されれば、相手から点を取ることなど容易く、影山は勝利の為に行動しているのだと。けれど、バレーは個人技ではない。パスを繋げ、点数を重ねなければいけないのに、影山のプレーはコート場で独断が多すぎる。周囲が着いていけなくなる。
だからこそ、今の内に注意を促しておかなければならない。取り返しがつかなくなる前に。
バレーという最大の難関を無視すれば、金田一は影山のことが嫌いではなかった。裏表がない正直な性格も、多少、我儘な所も面倒見が良く、裏表がある相手が苦手な金田一からしてみれば喋り易かった。話すのも楽で、自分を威張って見せなくて済む安堵があった。
バレーも実力は認めているのだ。チーム内で一番うまいのは、悔しいが影山で、後はその高慢なプレーをどうにかすれば勝てるチームになれると確信を持っていた。

しかし、影山が金田一に見せたのは呆れかえった顔だった。俺についてこれないお前らが悪いと言葉で語らず表情で訴えるような。
金田一の意見をまるで聞き入れられないと溜息が語っていた。昼食を邪魔にしたことに対する苛立ちの方が勝ったのだろうか。影山は「話がそれだけなら帰る」と踵を返し、教室を出ようとした。


「おい待てよ」

金田一が息を荒げ影山の腕をつかんだ。
がしり、と掴んだ腕は運動をしている男にしては華奢だった。元から骨が薄いのだろう。しかし、違和感はそれだけではなく、影山の手が驚くほど熱かったのだ。金田一の体内から溢れ出る熱気とは違う。人体が許容する熱さを超えた体温に、大きく目を見開き、金田一は口を開いた。

「お前、熱が」

そう告げた次の瞬間、影山が金田一を睨んだ。ぎろり、と睨む大きな眼差しに委縮したのも一瞬、影山は張っていた気の糸が取れてしまったかのように、意識を失い、握っていた腕が一気に重くなった。
倒れそうになる影山を抱えて、慌てて保健室まで走った。





在沖していた中年の顔に小じわが出てきた大らかな雰囲気がある保険医は「あらまぁ」と唇に手をあてて、運ばれてきた影山の姿に驚いた。保健室のベッドは誰も利用しておらず、カーテンは開けられており、二台陳列するベッドの廊下側へと影山を保険医の手を借りながら寝かした。
制服のボタンを外すと、同級生とは思えない色気に金田一は、もともと顔が良い奴は得だよな、と思いながら脇の隙間に体温計を挟んだ。
ピピピという電子音が鳴り響くとやはり、風邪をひいていた影山の温度は高く、保険医は保護者に連絡しなくちゃね、と零していた。
寝込んでいて利用届けが書けない影山に代わって、金田一は保険医に指示された通り、利用届けを記入していった。
学籍番号を書く覧があったが、そういえば影山の学籍番号など知らないということを思い出した。同じ部活でも国見のものは冗談で言い合った覚えがあるので、記憶力が良い金田一は覚えていたが。影山とそんな他愛無い話をしたのは、随分と前のことになる。まだ及川や岩泉がいて影山のバレー部が影山の独壇場ではなかったころの記憶だ。


「この子ねぇ、いつか倒れると思ってたのよ」

保険医が呟いた言葉に金田一は鉛筆の芯をぽきりと折り、手を動かすのを止め、思わず顔をあげた。
保険医は「あらあら、しらなかったの」と小言を挟み「誰よりも早く来て、練習しているでしょう」と告げた。

「私が来るころには、もう体育館でボールを打つ音が聞こえているのよ。すごい練習量だと思うから、いつか倒れるんじゃないかって心配していたんだけど。私の忠告なんかには耳を傾けないから」

きっと疲労がきたのね、と保険医は述べた。
金田一は目を見開いた。確かにだれよりも早く、体育館に来て練習していたのは知っていた。早朝の体育館に金田一が足を運ぶと球を真意に見つめ、サーブの練習を黙々とする影山の姿を何回かこの眼で見たことがある。けれど、それは練習が始まる数分前に来ているからだと思っていたが、保険医の話を聞く限り、少なくとも一時間以上前には練習をしていたことになる。
どうして気づかなかったのだろうと金田一は鉛筆を握りしめた。
影山が馬鹿みたいにバレーが好きで、馬鹿みたいにバレーのことしか見えていない野郎だということは、随分前から知っていた筈なのに。良く観察すれば、数分前に来たから流れている汗の量ではないと判別できたはずだ。それなのに、この頃の金田一といえば、天才は俺たちとは違って真面目だなと、どこか諦め、勝手なレッテルを貼り影山を見てきた。
一番、忠告してまで嫌いではなかった影山の好きだったところは、誰よりも努力家でバレーが好きだという点だったのに。

「あら、金田一くん書けた?」
「あ、すみません。学籍番号わからなくて」
「そうねぇ、クラスと学年だけ記載しておいてくれるだけで良いわ」
「はい」

そう保険医に指示され、クラスと名前を書く。影山飛雄という文字がやけに痛々しく映った。
利用届けを保険医に回収され、保険医が席を立ち保護者への連絡と担任への通達の為に職員室へ向かう直前、扉の前で立ち止まり金田一に告げた。

「金田一くん、バレー部のエースでしょう。練習のし過ぎだって言っておいてやってね。私が言ってもきかないから」

そう、さらりと告げ保険医は出て行った。
金田一は乾いた笑い声を漏らし、寝ころぶ影山を眺めた。汗ばんで、息遣いが荒い影山の額を保健室に備え付けられてあった清潔なタオルで拭った。苦しそうに吐息を吐き出し、偶に唸る影山を見ながら、教室で元気そうにパンに齧り付いていた人物には別人に映った。
コート場で見る影山とも、違う人物に見えた。


「そういう奴なんで、俺が言っても無理ですよ」


乾ききって出なかった、言葉の正体を吐露する。
脳内に浮かび上がるのは、自分の忠告をまるで聞かず、選択教室を逃げ出すように出ようとした影山の後姿だった。
けれど、金田一は、影山の汗をぬぐいながら、自分もこのコート場に君臨する王様の中身をまるで理解していなかったのだと、奥歯を噛み締めた。影山の横暴さは自分たちと同じ、バレーが好きだという所から繋がってきているものだということを。誰よりも熱心にバレーへ打ち込む影山の姿をどうして忘れてしまって、見て見ぬふりをしていたのだろうかと、悔いが残る。
無性に泣いてしまいたい衝動が金田一の中で跋扈していて、溜らなかった。
どうして、判りあえないのだろうと、タオルを握りしめた。話した所で通じない言葉が存在するのだろうと。