及川と岩泉♀ | ナノ
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及川と付き合いだしたのは数日前だ。
腐れ縁でずっと一緒にバレーをしてきたから、今さら「岩ちゃん俺と付き合ってよ」と言われた時は冗談かと思った。
いつも及川は軽口で「岩ちゃん大好き、すきすき」と投げキッスをするので、てっきりその一環かと決めつけていた。
お前なぁ、と私は呆れながら声を吐き出して、いい加減にしろと怒鳴ってやるつもりだった。
及川のファンには熱狂的な怖い人間もいるのだ。大抵は及川をアイドルのように崇め騒いでいる連中だが、一部の過激派と呼ばれる人間に私は白い眼を向け睨まれたことが何回かある。
及川さんに好き! と言って貰えるなんてずるい! という考えだろう。
まてまて、テメェらも「可愛い女の子は大好きだよ」とかあの色男はさり気無く口にするだろう。なぜ私だけが淘汰されなければいけないのだ! と眉間に皺を寄せ、あまりの面倒さに隣でニコニコと笑う及川と縁を切りたくなる衝動に駆られたのは両手じゃ足りない程ある。
だから、及川からの告白も「は、トイレにだったら付き合うぜ」とこちらも上手く冗談で返してやると、両頬を膨らまし、及川が私に詰め寄った。いつもの笑顔が消えて、捕食者を捉えた肉食動物みたいな、ぎらぎらと輝く眼差しで私に迫った。

『冗談じゃないよ、岩ちゃん』

腰に来る、低いテノールの肉声が耳朶に息がかかる距離で呟かれ、そのまま、首筋を噛まれた。反撃に背中を容赦なく叩いたが、女の私では力勝負では敵わないことを見せるかのように、屈強な背中はビくともしない。普段、私に蹴られて丸まっているコイツが偽物だということが良く判る。
首筋に所有物をだということを示すような痕跡をつけられ、舌が蛇みたいに這って私の顔に近づく。

『冗談じゃないって判ってくれた』

にっこりと普段の及川に戻って笑われたので、私は頷くと同時に理不尽な恐怖に陥ったことに対して及川の顔を思いっきり拳で殴った。痛いよ岩ちゃん! と泣き喚く及川が私の足元に縋りついたが、知るか! と怒鳴ってその場を後にした。

そうして私たちは付き合うようになった。
これだけを話していると、なぜ私たちが付き合うようになったのか理解に欠けるところがあるが、及川に告白され、噛みつかれ男女の違いを見せつけられたことにより、私は初めて及川のことを一人の男として意識したのだ。
意識してみると、まぁ付き合うのも有りかという結論に行き着いた。
恋愛なんてものに興味はなかったが、及川とだったら、恋愛してみても悪くないかもしれない。及川がただの軟派な男ではなく、何事に対しても慎重で、努力家で、良い男だということも私は知っていたから。
振ることにより、私たちの関係が変わるとは思わないが、恋愛対象として及川のことを好きかどうかは別にし、及川徹という人間を私は嫌いではなかったのだ。まぁ、試しに付き合ってみても良いかという結論に行き着いた。
翌日、付き合ってやるとと言い放つと及川は嬉しいのかちょっと泣きだした。なに泣いてんだよ! と蒼褪め引いた顔をすると「岩ちゃん……その反応は酷いよ」と小言を漏らした。




別に付き合うようになったからと言って特別に今までの日常が変化するわけがなかった。朝練に間に合うように家を出ると及川と一緒になるし、下校時間も一緒だ。帰る方向が被っているので共に変えることは珍しいことでもなんでもなかった。ああ、変わったといえば、及川に女の子扱いされるようになったことくらいか。
今まで一緒に馬鹿ばかりやってきたから(正確には馬鹿をする及川の首根っこを私が捕まえ、制御していた)女子扱いされることは珍しかった。遠慮なんてくだらない関係は不要だと思っていたし。まぁ、告白された時の力加減とか、及川の必死そうな眼差しを見ると、アイツはアイツなりに我慢していたのかも知れないけどな。
女の子扱いされて、はじめはちょっとビビった。
今まで自転車で登下校するとき、どっちかが漕ぐの面倒なときは二人乗りとか普通にしていたけど、及川は私に漕がしてくれなくなった。はぁ、なんでだよ! というと「だって彼氏だから俺が漕ぐの!」と言い放った。餓鬼か、と鼻で笑ったが、及川は譲らなかった。

「ねぇ、岩ちゃんもっとくっついても良いんだよ」
「別にいい」
「危ないじゃん」
「あ――うっせぇな。今までもこの乗り方だっただろうが!」

立ち乗りが基本だったので、身体の触れあいなど、手を肩に乗せる程度だ。少女漫画みてぇな乗り方してほしいなら他の女で試せ! というと、さすがに傷つけると思ったので、言葉をぐっと飲み込んだ。

「お前こそちゃんと漕げよ」

と言いながら、わざと及川の視界を邪魔するように胸板を後頭部につけて、覗き込むようにして及川の顔を逆さに見る。多少、自転車が揺れても、車が来るはずのないのどかな瓦沿いを走行中なので、問題ないだろう。
しかし、及川はなぜか赤面して、急停止した。お前の運転の方が危ない! と逆切れして、自転車を降りる。

「なんで止まるんだよ」
「い、岩ちゃんが!」
「私がなんだよ」
「岩ちゃんが胸とか頭に当ててくるから!」

赤面をしてこちらを見てくる。女相手になんか慣れっ子で、私のまな板みたいな胸を見て囃し立てていたのはどこのどいつだと呆れて溜息を吐き出す。
今まで平気そうだただろうが、という事実を告げると及川に溜息を吐き出された。なぜ呆れられるか判らずに、及川を眺めていると、自転車のサドルを下り、停車させ、私の方に及川が向かってきた。どことなく、告白された情景を思い出す仕種に身構えたが、及川は私の手を掴んだだけだった。
顔を正面から見れないのか、私の手ばかりを見てきている。

「今までとは違うから。岩ちゃん、付き合うってことは俺が岩ちゃんにどうこうしても良い権利を手に入れたってことだからね」
「はぁ」
「はぁ――じゃなくてさ。今までは冗談とか軽い言葉で交わしてきてあげたけど、今はほら、無意識でもそんな仕草されちゃ、止まれないよ」

そう言って、私の腕を引き寄せて、及川の胸板に私はすぽりと収まった。身長は女にしては高い方だが、及川とは十センチ以上違う。
厚い胸板に私の顔がおさまって、少々、悔しいが、及川が言おうとしていることは理解できる。
コイツは今までだって私を好きにする力があって、けれど、幼馴染で友達という関係性から出来なかったが、今は恋人という武器があるのだ。何故だか判らないが、及川は私のことをずっと好きで、我慢していて、歯止めがいつ決壊してもおかしくないということを伝えたかったのだろう。それでも、寸前の所で立ち止まれるのが、コイつが良い男である証だと思う。

「悪かったよ」
「判ったなら良いんだけどね」
「お前のこと、ちょっと恋愛的に好きかも」
「え、それ、今くるの! ねぇ岩ちゃん!」
「ウッセーな! だって、恋愛なんかしたことねぇから、どれが恋なのかわからないんだよ」

悪かったなと吐き捨てると、キスしてみたら判るかもよ、と言われた及川の腹に拳を捻じ込んだ。
けど、抱きしめられても、首筋に噛みつかれても嫌悪感を抱かなかったので、これが好きってことなんじゃねぇのわかったが、もう暫く及川に真実を語るのは内緒にしておく。