烏養と武田 | ナノ
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烏養が武田を見つけたのは偶然だった。

お昼時なので、母親から、お弁当を作ってくれる彼女もいないのかいと小言を吐き出されながらも、店番を任せ家を出て、適当に昼食を見繕おうと歩いている最中だった。渡された軍資金は500円。蕎麦かうどん、ラーメン、ファーストフードのどれかに選択肢は絞られる。烏養は「ラーメンか」と安いことで有名な全国チェーン店へ向けて足を運ばせている最中だった。
全国チェーン店のようなものが立ち並ぶのは商店街から少し抜けて国道へと出た所にあった。誰もが一度は耳にしたことがある店名が立ち並ぶ中、昼飯を求めて歩いていると、見覚えがある天然パーマが視界に写った。
知り合いに出会うと声をかけるべきか、かけないべきかで悩む所だ。
特に、烏養の視界に映った人物は、この頃、烏養のことを悩ませている張本人であった。
なぜか、彼のことを考えると、鼓動が高鳴り、まるで性欲を初めて知ったばかりの子どもみたいに、寝る直前、彼の顔がふと脳内に浮かんでは消えていくことを繰り返しているのだ。この気持ちの正体に気づきかかっているが、ずっと気づかないふりをして蓋を閉じている。

まぁ、後で見つかっても厄介だと声をかける。


「先生」

と名前の通り、烏養がバレーを教えに行っている烏野高校で教鞭をとっている、武田を呼ぶ。武田はしばし、名前がどこから呼ばれているのか判断出来なかったようで、四方を見渡し自分より十センチ高い身長に、見覚えのある髪型の相手を見つけ、朗らかに顔をゆがめた。
烏養はその顔に、ドキリとした。この、気の抜けた武田の笑い方が嫌いではなかった。第一印象は、高速で頭を下げ、緊張で奥歯を噛み締める武田の強張った表情だったので、時がゆるゆると経過するうちに、緊張感が無くなり、武田が本来持っている気のぬけた周囲が和むような笑みを向けられると、心なしか心臓がどきりと高鳴る音が聞こえた。

「偶然ですね、烏養くん。どうしたんですか?」
「あ――俺は昼飯だよ」

昼食をとる予定だった、チェーン店を指さしながら烏養は答える。なるほど、という顔をした武田は「ラーメン美味しいですよね」と述べた。

「先生はなにしてるんだよ」
「僕ですか? あはは、文化祭の買い出しですよ」

生徒が行くには時間がかかる距離なので、担任が指示された道具を買ってくることになっているんですと、補足した。確かに烏野高校から徒歩か自転車で来ようとすると、ある程度、距離がある。車という武器がある担任が買い出しに来るのが妥当だろう。そういえば、自分の時もそうだったか、と烏養は懐かしそうに思い出し武田を見た。
良く見ると、武田の両腕にはすでに大量に荷物が抱きかかえられていた。文系の武田が抱きかかえるには少々キツい量だ。

「持ちますよ」
「いやいや、悪いですよ」
「そんなヘロヘロな腕じゃキツいでしょう」

強引に奪ってみせると武田が持つには、辛い重さが袋の中には押し込まれていた。強情だな、と烏養は思う。初めて会った頃から、強情なのは変わらないか。いや、強情と表すより、真面目といった方が正しいかも知れない。

「あと何件回るんだよ。付き合いますよ先生」
「ええ、いいんですか!? 正直、すごく助かりますけどお店の方は」

ちらりと武田が上目使いで尋ねる。烏養は、心臓を射抜かれたように、どきんと高鳴る鼓動に、おいおい、しっかりしろよ先生は男だぞ! と平常心でいられなくなりそうな、自分の心に対して言い聞かした。

「大丈夫だって。それに、アンタこれ以上、持てないだろう」

痛い所を突かれ、武田は喉を詰まらせる。確かに烏養と出会わなければ一端荷物を駐車場まで置きに行かなければならないと思っていた所だ。細々とした大型チェーン店が立ち並んでいるので、車で一店舗ずつ回るより歩いて回った方が早いと判断した自分は間違っていたのだろうかと肩を落としていた所だったので、烏養の申し出は正直、助かる。

「ありがとうございます」

ぺこり、と慣れ親しんだ頭を下げて武田は烏養の好意に甘えることにした。
一方の烏養は礼を言われたことにより、再び弾む鼓動を自分らしくねぇな思春期のガキかよ、と苦笑いを漏らしながら、ある程度なら融通が利く自営業のありがたさに甘えた。帰宅したら母親に怒鳴られることが目に見えているが、まぁ良いだろうと思いながら、武田が持っているメモに従って、歩いた。










「このメモ書いた奴が天才だな」

すべての買い物を終え、ベンチに腰かけた烏養はつぶやいた。
武田が持っていたメモにはどこの店のペンキが安いだの、底値で買える店が事細かに支持されてあり、きっちり予算の枠内に収まるようになっていたのだ。

「委員長が書いたんです。真面目な子だから、要望に応えようと頑張ったんですね。正直、僕も予算内に収まるのか不安だったんですけど、お釣り三円で収まるとか。凄いですね」

武田の眼差しには帰ったら褒めてあげなきゃなぁという気持ちが表れていた。生徒の長所や努力している姿を発見してまるで自分のことのように喜んでいる武田は本当に良い先生だと烏養は思う。まして、生徒の良い所を見つけるために、自分自身を奮い立たせ頑張れる人間は滅多にいない。
大人になっても、誰かのことを素直に褒められて、自分のことみたいに喜べる人間は意外と少ないからだ。
もしかすると、成長すれば成長するほど、誰かを褒めるというのはし難くなってくるのかも知れない。褒めるという行為は、認めるという事だ。けして見下すのではない。見下した眼差しは褒められている方にも伝わってくる。けれど、武田が誰かを褒める時、本当に嬉しそうに良かったね、良かったですねという気持ちが伝わる。眼鏡の奥に隠れた双眸が柔和に歪み、笑うのだ。
そういうことを出来る人間だから、好きになったのか、と烏養はここ数日、自分の中で燻っていた気持ちの正体を素直に認め、脳内で降参のポーズをとりながら、後頭部を引っ掻いた。
部活以外で顔を合わせる機会は滅多になく、平日の昼下がりにこうやって二人で歩き、まるでデートのように歩幅を合わせながら隣に立っていて、もっと一緒にいてぇなぁという欲望がちらちらと湧き出してきていたし、なにより、ずっと眺めていたいほど可愛く思ったのだから、素直に負けを認めざる終えないだろう。