及川と岩泉 | ナノ
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煉瓦を積み重ねた校門を抜けると、中庭が建設されていた。校舎裏へと進むと大型車でも収納出来る駐車スペースがあり、見張りを兼ねた門番が在沖する小さな小屋が設置されている。中庭には昇降口の真ん前に大きなポプラの木と芝生が植えられており、木陰になるよう設置されたベンチでは、昼食をとる生徒も少なくない。
中庭から踵を返し、目線を上げ、昇降口の上を見ると生徒の心を彩る目的に植えられた木々と花々が見え、初めて青葉城西を訪れた人間の心を掴んでいく。
及川と岩泉はそんな昇降口の前で学校が製作したパンフレットを配る役目を言い渡されていた。
毎年、この時期になると新入生を呼び込むための学校説明会が開催される。
各部活から数名、ボランティアとして駆り出される。部長と副部長までは強制参加で、他のメンバーは顧問が適当な人数合わせとして誘う。どちらにせよ拒否権はない。部活動を行うことは禁止されており、せっかくの休みに羽を伸ばしたいと拒絶の色を表す生徒は少なくないが目をつけられてしまえば最後、参加を余儀なくされた。
ご褒美は五百円の図書券と気前が良い顧問なら夕飯を奢ってくれたりするが、一日の労働と引き換えればあまりに安いお駄賃である。
及川と岩泉のそういった理由で呼びだされ、校門に立たされている。
毎年、役目は変わるが今年は新入生にパンフレットを配り、参加者に名前を記入させるといった役割を言い渡されていた。去年に比べれば、比較的、楽な仕事にあたる。去年は力仕事を言い渡され、会場の設置に利用する花を運んだり、参加者に配るバームクーヘンを運んだりと、とにかく、力仕事が多かったらしい。
しかし、岩泉に言わせてみれば去年の方が楽な仕事だったといわざるおえない。

「ほら、岩ちゃんもっとスマイル、スマイル」
「うっぜ」

鬱陶しいテンションで岩泉の横腹を突くのは、他でもない及川だ。見慣れ過ぎて意識したことがない、無駄に整った顔立ちが生かされる役職だ。教員も良く理解している。
本来、二列になってパンフレットを渡すのだが来校する女生徒が及川の方へばかり並ぶので、岩泉の列は比較的暇なことが多い。生徒会の人間が中学生を誘導するが「え――」と不満を張り付けたような顔をして、岩泉のことを値踏みするので良い気分ではない。
及川の傍に居て不愉快になったことは数ほどあるが、女関係では久しぶりに味わった。また、このように値踏みされるのも苛立つが、そんなどうすることも出来ないことより、仕事の進行が遅くなってしまうのが、岩泉が苛立っている原因だった。

結局、受付が終了したのは予定時刻より一時間も遅れたころで。意気消沈とした岩泉の疲れ果てた姿がそこにあった。

「なに、岩ちゃん疲れちゃったの」
「死ね」
「死なないよ! 俺のせいじゃないじゃん」
「半分はお前のせいだろう。イケメン」
「褒め言葉?」
「褒めてねぇよ!」

ふざけたこと言ってんな! と罵声を飛ばす岩泉だが、ご褒美に先生から渡された爽健美茶のキャップをあけて、一口、飲んだ後、及川に手渡した。
大勢の女子を相手にして疲れている及川への褒美のつもりだった。普段から(特に恋人同士になってからは)岩ちゃんと間接キスしたいと、冗談交じりに呟いている及川にとっては、丁度良いご褒美だろう。

「岩ちゃん。嬉しいよ俺」
「はいはいはい、キモイ。キモイ」

早く受け取らねぇなら、全部飲んでしまうぞ、と及川に怒鳴りながらも岩泉はペットボトルを投げた。お茶を綺麗な顔に僅かだか被った及川は眉間に皺を寄せたが、喜んで岩泉と間接キスできるお茶を飲み干した。

「関節キスとか今更だな」

小学生時代からお茶の回し飲みをしていた記憶を思い出し、岩泉は呟く。

「ええ―――間接キスって思いながらキスするから良いんだよ」
「わかんねぇよ、キメェ」

飲み干してしまったペットボトルを見て、俺は一口しか飲んでねぇのに、なに飲み干してんだよ! と岩泉は怒鳴り、及川を殴った。
先生たちも一つしかお茶をくれないなんてズルイよね、と及川は殴られながら呟いた。


「お、つ――か、予定より押してるから、もうこんな時間かよ」
「え、岩ちゃんどこか行くの?」
「スピーチだよ。先生に頼まれているから」
「聞いてないよ俺!」
「なんでテメェに言わなきゃいけねぇんだよ」

呟く岩泉に及川の頬っぺたが膨れ上がる。最近、昼休みなどに作文を書いている岩泉の姿は目撃していたが、学校説明会の為に書き下ろされたスピーチとは知らなかった。
派手で目立ち一目を惹く、及川ではなく、岩泉に頼んだのは、何だかんだ言いながらも先生から頼まれれば断れない岩泉の真面目さを考慮した故だろう。
中学生へ向けてのスピーチは第二体育館で行われる予定だ。昨夜、第二体育館を利用しているバスケ部が椅子を設置しなければならないと愚痴を溢していた。それなりの人数を収納出来る視聴覚室が青葉城西にはあるが、近年建て替えられたばかりの第二体育館の方が綺麗で、大人数を収納出来るという理由から第二体育館が中学生へ向けて学校をアピールする場として選ばれたのだろう。

「じゃあ行くわ」
「俺も着いていくけど?」
「暇だぞ。お前きたら煩いから、ここ座ってろよ」
「影で隅っこから見学するだけだもん」

岩ちゃんの勇姿を俺が視ないでどうするのさ! と及川は駄々を捏ねながら、岩泉の後姿を追った。
彼が壇上に立つ珍しい姿を網膜に焼き付けたいと言うのも本音の一つだが、もう一つは、発表を終えたばかりの岩泉に群がる女達を排除するためだ。岩泉は一人でいると、意外と目立つ。
男らしい体つきに、背筋が良く、前を見据える視線を常に向けていて、発表などをすると凛々しさがます。それだけではなく、岩泉の言葉には威力がある。しっかりと自分という存在を持っている迷いなき言葉にカッコイイと見惚れてしまう女が多発するのは想像できる。





ほら、と及川は思う。体育館の二階から誰にも気づかれないようカーテンに包まれながら岩泉を見つめる。
壇上で岩泉がマイク越しに喋るたびに、ざわめいていた会場が静かになっていく。
先ほどの受付では岩泉に見向きもせずに、溜息を吐き出して値踏みしていた女達だって、岩泉の話を真剣に耳にして、惚れ惚れとしている。
今回のスピーチには起承転結がしっかりと盛り込まれてあり、聞いている人間に高校生活の楽しみを植え込むと共に、青葉城西で過ごすことで成長できる部分など、保護者と生徒の心を掴むには十分な要素が入れられていた。

(あ―――岩ちゃんったらカッコイイ)

俺の岩ちゃんなのにと拗ねて見せる。
壇上に緊張することもなく、完璧と言っても良いスピーチを終わらせた恋人を見て、惚れ直すと同時に嫉妬する。

(岩ちゃんの良さなんて俺だけが知っていれば良いのに)


独占欲というのだろうか。岩泉の良さに他の人間が気付いてしまうのが、嬉しい気持ちの反面、悔しくて、岩ちゃんは俺のなんだからね! と自己主張したくなる。
特に岩泉は及川がモテることなど慣れ過ぎていて、嫉妬を焼いてくれないから、尚のこと自分だけが岩泉を独占したい気持ちで溢れているみたいで、稀に嫌気がさしたりもする。
岩泉には自分がモテているなんて自覚がないから余計にだ。

拗ねて壇上から下がる岩泉を見つめていると、目線がばっちり合う。
目立つ前に退散しろよという眼差しが困られている中で、カーテンに包まれている及川の姿が間抜けに写ったのか、僅かに嬉しそうに笑う岩泉を見て、ああやっぱり好きとなったのは内緒だ。