岩泉と及川 | ナノ
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岩ちゃんは人を褒めるのに長けた人間だ。長年一緒にいると良く判る。女でも男でも、当人がいなくなるとどうしても悪口を言いたい衝動に駆られる時がある。自分の精神が不安定だったり、どうしようもなく自分のことを愛おしく可愛がってやりたくなる時に、誰かを蹴り落として安心する癖みたいなものがある。もう、どうしようもない悪癖で、純粋だった子ども時代(それこそ、自分以外の人間にも感情があるということを知らなかった時代)を除けば、心に沁み付いて外れないものだ。もし「良い子」であるのなら「駄目だよ、そんな風に悪口を言ったら」と言えるのだろうが、俺は「良い子」でもなんでもない。嫌いな奴の悪口を声にだして明朗と語る時だってある。友人が悪口を喋っているのに耳を傾ける時だってある。下らないから否定も肯定もしないけど。無言を貫く時点で、悪口をいわれる対象となった人間からすれば同罪なのだ。別にそれに対して罪悪感を抱くとかはないよ。抱いていたら、生きるのが辛くなってしまうから。けど、岩ちゃんみたいな人を見ていると、自分が恥ずかしくなる時もある。
岩ちゃんは誰かの悪口をいわない。口が悪いし、手も直ぐに出る、素直な人だから、気に入らない奴がいると本人の前で文句をいう。普通、言われると腹が立つものだけど、岩ちゃんの言葉は心臓の中心から湧き上がってきている言葉だから、苛立ちは直ぐに収まる。反省も出来る。もちろん、心が弱い奴は凹んだりするけど、岩ちゃんは別に嫌いだから言っているわけではないから、フォローも上手くする。
彼は嫌いな人間に対して、興味を持たない。社交的に振る舞いはするし、別れた直後に悪口なんか言わないけど、本当に彼の中で「どうでも良い」対象に過ぎないのだ。割り切っているといえば判りやすいだろうか。ある人はそんな岩ちゃんを見て冷たいと感じるかも知れないが、俺は大人なんだと、尊敬したりもする。口に出しては言わないけどさ。長年一緒にいて、岩ちゃんが本人の前以外で誰かを蹴り落としたりする発言を耳にしたことはない。逆に岩ちゃんは褒め上手なのだ。
わざとらしく褒める所を探して行動しているわけじゃない。俺みたいのだと、誰かの短所と長所を探り分けて区別し、対処しているのだけれど、岩ちゃんはそうじゃないみたいだ。自然と他人の良い所を見つけ、伸ばしてやろうとする。口数が多いわけでもなく、無責任に煽てるようなお世辞は言わないが、一言、二言が、誰かの心を突き刺して止まない言葉を放りこんでくる。俺は無意識にそうやって誰かの心臓を奪い取って、岩ちゃんが女の子を落としているシーンを何回か目にしたことがある。誰かが恋に落ちる瞬間を人生で何回も目にしてきた人間は少ないだろう。
しかも、岩ちゃんは本人がいない前で、そいつのことを褒めるという行為を良くする。友人の自慢をさり気なく混ぜてくる。一言、二言だから、聞いていて耳障りじゃないレベルの話しをする。そんな場面、例えば、教室と廊下の間には壁があって、女子は廊下を歩いている。岩ちゃんとその友達は教室の中で輪を作って屯っている。日常の馬鹿みたいな会話の中に、岩ちゃんが向こうからその女子が歩いてきているとも知らずに褒める言葉を投げかける。「けど、アイツって整理整頓上手いし、気がきくよな」とか。一言だけ。偶然、聞いちゃった、その子が惚れないわけがない。俺は偶にわざとやっているのかと、疑いたくなってしまうレベルなのだ。
偶に思う。
岩ちゃんは、俺のこともそうやって褒めていてくれるのだろうかと。岩ちゃんは俺に対してあんまり褒めてくれない。岩ちゃん曰く、調子に乗るからだそうだ。冗談に紛れた中で投げかけた質問に対する回答だから、どこまで信じて良いか判らないけど。
ただし、俺を肯定する言葉を投げかけてくれたり、俺に言わせたりする。俺のことを背中から押すようにカバーしてくれる。勿論、それもとても嬉しいのだが。今まで、岩ちゃんに惚れてきた女の子みたいに、俺も心臓を一突きされるような言葉を岩ちゃんから欲しくて堪らない。女の子みたいに偶然のワンシーンに立ち会ったりしないかと、枯渇しているのだけれど、俺は岩ちゃんとクラスも一緒だし、部活も一緒だし、家だって一緒だし、友達だってわりと被っているから、偶然に立ち会うのが難しい。殆どの時間を一緒にいるのだ。

「ねぇ、岩ちゃん」
「なんだよ。甘えた声だすな。キモイ」
「え、ひどっ! あ、うん」
「言ってみろよ。聞いてやるから」

落ち込んだ態度をわざとらしく見せると岩ちゃんは、しょうがねぇなぁという顔をして、俺の話を聞いてくれた。「俺に言いたいことない」と遠回しに尋ねると「言いたいことがあるんだったら、自分から言わなきゃ駄目なんだぜ」と返された。男前すぎる返答だけど、俺の心が見透かされているみたいで、心臓の音があがった。ねぇ、岩ちゃん、言っても良いのかな。俺は岩ちゃんのこと、大好き。
大好き
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三回にわけていうと、しつこい! と頭を叩かれて「俺もだよ」と言って、褒めてくれた。