大地と菅原 | ナノ
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「お前は大人の笑い方をするなって思ってたよ」

埃臭い教室の真ん中で、吹き抜ける風に髪を揺られながら大地は黒芯を部誌に押し付けた。書きなれない鉛筆で書かれた文字はどこか歪だ。

「大人ってなんだよ」
「ああ、あとで、大人じゃなくてスガの性格かってのは判ったけどな」
「失礼だな」

苦笑いしながら正面に腰かけ、部誌に書かれた無骨な文字を菅原は眺める。

「別に我慢して笑っているわけじゃなかったんだろ。まぁ、我慢して、笑っている時もあるけど」

出会ったばかりのころの菅原は大地から見れば異星人だった。感情のコントロールが上手く、喜んでいるのか悲しんでいるのか、紙一重で判らない。ただ、菅原はいつも損な役割にばかり回っていた。喧嘩している第三者がいれば止めに入って殴られ、良い先輩面すればレギュラーを掻っ攫われる。大地から見ていれば、不憫な役割でしかないが、けして菅原は諦める男ではない。そう、知っているから正セッター争いに闘志を燃やす菅原を止めることもなければ、慰めることも、背中を押すこともしない。待っているという意思だけは伝えている。俺たちはお前の上げたトスを正式試合で打ちたいと。

「大地は見破るなぁ」
「それはスガじゃなく俺の台詞だろう。お前は欲しい時に、欲しい言葉と優しさを伝えられる人間だ」
「言い切られると恥ずかしいな。そんな、たいそうな人間じゃないよ」
「はは、それも知ってる」
「笑いながら言うとか、失礼だよ、大地。もう、筆箱、取り上げても良い?」
「部誌が真っ白のままになるな」

筆箱を忘れた大地は菅原から筆記用具を借り受けていた。
後輩には覗かせない慌てふためく姿を菅原へ見せながら、今日あった出来事を記入していく。黙々と記入しながら、暇そうに部誌を眺め、目が合うとニカっと白い歯をさらけ出す菅原が見えた。
入学してきたばかりの頃は、この笑みが大人だと感じさせたのだ。感情を表に出さない。対して、大地は意外と苛立つことがあると我慢できず表面に浮かびあがってくる。堪忍袋の緒が切れるのが早いのだ。入部したばかりの初々しい時期は、愛想笑いを完璧に作りながら相手と握手をするのだって、上手くやれなかった。だから、ずっと菅原が、どこか、一線を置いているようだった。見えなくなったのは、年月を重ね、距離を詰めていってからだ。
菅原の輪郭が見えてみれば、なんてことない。自分と同じ高校生に過ぎなかった。

「よし、終わった」
「じゃあ帰ろうか、大地」
「そうだな。すまんな、待たせて」
「良いよ。二人で帰るのも珍しいから悪くないから」
「はは、俺もだ」

鞄を手に取って教室をあとにする。帰宅する前に職員室へ持っていき、下駄箱で上履きを脱ぎ捨て、いつもとおり校門を出た。