金田一と影山 | ナノ
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窓辺から入り込む昼下がりの陽に、藍鉄の髪が透けていた。ファーストフードで買ったシェイクを口にしながら影山は不機嫌そうに金田一を見ているのか、飴のような目をした眸は光を取り込んで、どこを見ているかわからなかった。
 だが、彼の視線がどこを向いているか判らないかなど、今に始まったことではない。金田一は中学三年間共に過ごしたチームメイトが見つめている先の景色を共に見たことなど、一度もなかったのだ。

「返すよ」
「ど――も」

 金田一の手から取り出されたのは中学時代愛用していたサポーターだった。ボロボロになり体育館の摩擦で擦り切れた布は二人の関係のように修復されることはない。このサポーターはまだ影山が「王様」と呼ばれ「天才」としての才能を完全に開花させる以前、金田一に預けたものだった。

 まだ中学一年生の幼い二人は付き合っていた。交際するにしても、なにをすれば良いのか判らず、一緒に帰宅したり、好奇心でキスしてみたりする程度の関係だったが。それでも二人は付き合っていた。





 


 先輩たちが帰宅しても一年は後片づけを命じられ、帰宅時間が遅くなる。中学といえ、強豪の名を背負っている北川第一は専用の体育館は常にネットが張ってあったが、片付けになると、サドルを弛めて垂らしておく。汗が飛び散った体育館をモップで拭き、ボールを収納ケースへ入れ体育館倉庫へ片付ける。
体育館倉庫は湿気くさくて、黴が生えた匂いがするが夏場は涼しく、センパイが帰ったあと、むさ苦しい更衣室を追い出された先のグランドではなく、ここで涼みながら着替えるのは、一年の中でもレギュラー候補だと噂される影山と金田一の特権だった。
汗にまみれたジャージを脱ぎ捨て制服へ着替える。帰宅は制服でしろという校則は面倒だが、破った所を見られると出場停止になるので全員が黙って従っていた。

「今日のセンパイたち凄かったよな」
「及川さんと岩泉さんだろ」

チームを二つに割って行われた紅白戦での出来事だ。及川のあげたトスがばしん! と岩泉の手のひらにあたった。次にくる攻撃が岩泉だと誰も予測していない中での出来事で、息を飲まされた。そのくせ、二人は平然と「トス乱れているぞ。もっと高く上げろ」とか「え――けど、岩ちゃんはなんでも打ってくれるからさ」というやり取りを行っていた。紅白戦の出場資格を持たない一年は見学組だったが監督から「あれが信頼関係で成り立つプレーだ」と教え込まれた。バレーは繋ぐスポーツだ。どれだけ突出した才能がいても一人では勝つことが出来ない。阿吽の呼吸でパスをつなぎ、全員で拾ったボールを全員でコート上へ返す。

「及川さんがツーアタックで打ってくるかと思っていたからさ。びびった」
「俺もそう思ってた。読み負けた。クソッ」
「悔しがるなよ、影山。落ち着けって。あ――俺もあんなスパイク打ちてぇな」

 体育館のコートへ引き込まれていくボールは艶やかだった。膝を使い屈み、纖なバネを利用して、飛び上がる。手のひらを叩くように腕を振り払い、ボールを叩く。威力もさながら、コントロールも素晴らしいものだった。咄嗟のプレイとは思えないほど。

「俺がいつか打たせてやるよ。あの人より凄いセッターになって」
「相変わらず、生意気だなぁお前……。あと及川さんと張り合うなよ。サーブとか教えてもらってるくせに」
「ウルセー!!」

 溜息を吐き出しながら着替え終えた金田一は立つ。唯一、部の中で影山と同じだけの才能を持つ及川に対して、影山は無駄だというくらい酷い対抗心を持っていた。向けられた及川は溜まったものでないだろうと金田一は苦笑する。けれど、この影山が張り合える相手を同じ部活内で見つけられているというのは幸いなことだ。
体育館倉庫閉めるから早く出ろよ、と影山を急かし二人で帰路を辿った。


 夜道を歩いていると、ふと金田一は影山と出会った時のことを思い出した。あれは入部の時。やたら女子に好かれそうな顔をしていると思ったのが第一印象だった。入部試験と称した基礎テストを受けていると影山の才能が他よりどれだけ突出したものかわかった。原石がそこに転がっていて、きらきら輝いて見えた。ミニバレをやっていたので、自身の実力にそれなりのプライドを持っていた金田一だったが、一目で別格だと判った。悔しかったが、才能の前に足掻いてもどうしようもないことだ。自分とポディションも違うので、自分は自分のバレーをするしかない。寧ろ、アイツがどんなトスを上げてくれるかがアタッカーとして楽しみだった。
だから影山から認められたとき、金田一はとても嬉しかった。胸の中で湧き上がる衝動に拳を握った。ずいぶん上から目線の言葉だった。「おい、練習付き合え」と言われ、なんでだよ、と返すと「お前が一番上手いだろ。先輩たちは一年の練習なんか付き合ってくれねぇし、だったら将来エースになるお前と合わせた方が良い」と平然とした態度でさらさら述べた。なんだお前、将来レギュラーになること確定かよ、と笑い飛ばすと「取るに決まってんだろ。取れなかったら奪い取るまで練習するだけだ」と怒鳴り飛ばされた。それが面白かった。
影山は他の奴より飛び抜けてバレーが上手いが、高慢な態度で練習をさぼる人間ではない。寧ろ、連取することをなにより好んでいて、たびたび、金田一は付き合わされた。そんな風に二人で一緒にいるのが当たり前となったのだ。

「俺さぁ、影山」
「なんだよ、改まって」
「改めねぇと喋れねぇことなんだよ。三年、つーか来年には今の及川さんと岩泉さんみてぇなプレーがお前としたい」

思わず見せられる連携プレー。息を飲んだ。バレーとは、ああいう形にスパンと決まるときがあるのだと。
田圃が広がって夏の風物詩であるやけにうるさい蛙の鳴き声が聞こえる中で随分と恥ずかしいことを言ってしまったと金田一は笑い飛ばそうとしたが、影山が嫌味な顔で笑った。

「憧れるじゃなくて、なるんだよ。んで、越す。追い越す。お前が俺についてこいよ。お前だったら、もっと早く動ける筈なんだから」
「お前だって俺に合わせろよ」
「お前に? んなことしてたら負けるよ」

ニヤリと笑った顔が特に印象的だった。なんて悪そうな顔をするんだ。
行き成り早足で走り出す影山の背中を追った。お前って張り合う相手がいねぇから今の所、及川さんだけだけど、本当はスゲェ負けず嫌いだよなぁと、馬鹿みたいに走っている影山の背中を金田一は見つめた。







付き合うか。
と告げてきたのは影山からだった。
キスしたことはあるか? という会話に一年の中でなった直後のことだ。三年生が引退したばかりだったが、青葉城西へ推薦が決まっているレギュラーが殆どなので、練習には引き続き参加している先輩は多い。例年のことなので、新体制となったが、二年生も気にしている様子はなく、部活は行われていた。変わったといえば、及川がいる時間が減ったので応援へ駆けつけてくれる黄色い歓声が減ったということくらいで、話はそこから発展した。
「俺、この前、及川さんがテニス部の美人なセンパイとキスしてるの見ちまった」とかいう、馬鹿な話が持ち出された。影山は追及を避けるように輪の中から外れ、暫くして金田一はそれを追いかけた。
注意を促す為だった。チームプレイが基本となる競技だ。下らない雑談にも加わって損なことはない。ただでさえ、影山は思ったことを正直に口へ出すので、適確すぎるアドバイスや一言足りない言葉へ対し鬱憤を抱いている同級生は少なくなかった。

「おい、影山。もう少し、加わっておけよ」
「興味ない。そんなことより、練習するぞ。練習」
「まだ全員ってか、俺達しか体育館に揃ってないだろ。ったく――」

溜息を吐き出しながら後頭部を引っ掻き、しょうがないな、と影山が持っていたボールを受け取ろうとするが、影山はいつものニヤリとした笑みを見せて、こちらへ近づいてきた。

「なんだよ」
「お前はキスしたことあるのかよ」

自分より身長の低い影山に覗きこまれるように、尋ねられ、金田一は心臓を飛び跳ねさせた。今まで一度も影山をそういう対象としてみたことがなかったが、いきなり、ツルンとした唇を持つ影山から目が離せなくなってしまった。おいおい、男をそんな対象に見るなんてキモチわりぃなぁ、と金田一は心の中で嘔吐しながらも、影山と目を合し、顔を真っ赤にさせた。

「ねぇよ」
「あっそ」
「それだけか!」
「ハァ? お前が聞いて欲しそうだったから聞いたんだろうが」
「欲しくねぇよ。バカか。相変わらずバレー以外のことはできねぇな」
「お前もんな、頭良くねぇだろう」
「お前より、マシだよ」

ぎゃあ、ぎゃあ喚きながら反動に任せて顔を近づけていった。罵声を浴びせる唾が届くくらいの距離で。「変な頭しやがって」「ハ、この前の数学が赤点だった奴がよくいうぜ」なんてことを言い合い、顔を近づけていき、気付いたらキスしていた。
ふわっと触れるだけのもので、二人とも一瞬、なにが起こったのか理解出来ず、瞬きを繰り返し、顔に手をあてた。金田一は影山の顔をまともに見れず、一体、なにに触れたのか、艶やかな赤いものに。いつも、文句ばかり、まるで王様のように告げる唇が、動いていた。

「キスしたな」
「おう」
「お前の初めて、奪ったな」

ニヤリと嫌味な顔で笑う。なんでこんな時に、そんな風に、普段拝めない笑顔を晒すのだろう。金田一の心拍数がどきどきと上がっていき、空気を噛むように口を動かすが、何一つ届くことがない。焦っている金田一を放置し、影山はバレーボールを手にとり、平然とした顔でパスをする。他の部員たちも入ってきて、普段通りの練習が再開されようとしていた。
監督が号令をかけ、集合するよう指示が下るが、金田一は未だ正常に動かず、その場に立ち竦んでいた。


その後だ。
二人、体育館倉庫で着替えを終え、帰ろうとしてきた時に「付き合うか」と影山から持ちかけられたのは。コクンと首を下げることしか出来なかった。
帰宅し、母親に洗濯物を全部押し付けベッドで寝転んでいると、触れた唇の感触を思い出した。
うわ、マジか、俺って影山のこと好きだったのかよ、とごろごろ回転する。ホモ野郎かよ、気持ちわりぃな、自分と、自嘲気味に笑いながらも影山とのことを思い返す。そうだ、あんな傲慢で生意気でそのくせバレーセンスは一流の野郎のどこが良いんだ。胸だって、平べったいし、顔は整っているが、手足も長い、自分と身長は変わらないくせに、嫌いじゃない、あれ、褒めてる所になってる!? なんで、これ、気持ちわりぃ、と胸の中で、もやっとしたものを抱えた。けど、それは嫌なものではなかった。
どこか、干したばかりの布団に影山と一緒に寝転びながら、一時間ほど寝て、一緒にバレーする。影山の上げたトスが自分の手のひらへ吸い込まれ、ぱしん! と叩く。そんな時に感じる幸福さと似ていた。




付き合うと言ってもなにかするわけもなく、たまに手を繋いだりキスをするだけだった。それでも付き合っているんだと言う実感が金田一と影山の中にはあった。
例えば、破れてしまったサポーターを貸し出された時。体育館の摩擦でぼろぼろになったサポーターに金田一がぎょっとして、ヤベェなと焦っていると影山から貸し与えられた。
予備に部室へ置きっぱなしにしているのか。三年が引退して、一年にも部室使用許可が下った。一年の中からレギュラーに近い者が個室ロッカーを与えられ、影山は一番乗りにロッカーを貰っていた。金田一は二番目だ。いつも隣に影山のロッカーが置かれてある。中身は覗いたことはないが、どうせ同じような内容だろう。予備のサポーターというのは、バレー馬鹿の影山らしい持ち物だった。
「良いのかよ」と返すと「今度、家に行くときに取りに行く」という答えがきた。
こいつ、家にくるのか、それがどういう意味を指すのか金田一は理解していた。
今度、三年が卒業を迎え、前レギュラーと新体制レギュラーでの紅白試合が行われる。勿論、金田一と影山は新体制のレギュラーとして出場するが、紅白戦なので普段の練習より終わるのが早く、二年の話によれば例年、次の日は休みらしい。その日か―――と金田一は、影山が来る日を想像して、そって耳を赤く染めた。
けれど、その日が訪れることなく、数年間、影山から手渡されたサポーターは金田一の箪笥で眠ることになる。







紅白戦で、影山が異質な才能に頭角を現した姿が視覚的に捉えられるようになったのが原因だった。
今まで及川の存在により、隠蔽されていた影山の実力が二手に別れ対峙することで、露わになった。適確なトス。乱れてもどんな場所にいても、指定された場所にきっちりと、戦略が練られたトスが届く。教え込まれたサーブやアタックはすでに教えていた及川と同格になりつつあり、三年間、きっちりバレーを仕込まれた三年生に比べても見劣りしない。
寧ろ、その中の誰よりもバレーが上手いのではないのかと、生唾を飲まされる実力が影山にはあった。当然、新体制のチームの中では、浮く。影山の存在だけ、切り離された異空間でのプレーを見ているようだった。

三年生に点を取り返される度に影山が苛立っていくのが金田一には判った。パスが要求してくる。もっと早く動け! もっと俺についていこい! という音が。金田一は背骨がぞわぞわと鳴り、あと、一押しすれば自分の骨が折れてしまう感覚を味わった。間違えなく、それは、抑え込んでいた遣る瀬無い嫉妬や、才能の差を見せつけられた絶望感と、僅かな寂しさを孕んでいた。
夏に入る直前。田圃の中で約束したものが、剥離していく予感が脳内で警告音を鳴らしていた。
影山はその時も、言っていた。
軽口で「もっと早く動けよ」と「お前だったら出来る筈だ」と。その時は、いつもの、生意気な口調で、冗談だと思っていた。期待されているようで、嬉しかった。認められているのだと信じていた。けれど、違ったのだ。認めていたわけではない。彼は金田一に要求していただけだ。金田一の力を信じていたわけではない。彼は勝つ為に必要なことを選択したに過ぎないのだろう。
思い返せば、影山は最後に告げていた「お前に? んなことしてたら負けるよ」と。
冗談であると、漠然と信じていた。疑ったことすら、なかった。バレーは繋ぐスポーツである。チーム内で実力の格差があっても、良い所を引き出し悪い所をカバーする為にあるのだ。時には相手に合わせることも必要なのは、金田一が小学生時代までやっていたバレーボールでは当たり前のことだった。
例えばブロックが得意な奴はレシーブに弱い傾向がある。背が高い人間は高さを生かすスポーツにおいて優位に作用するが、初めはレシーブが下手くそな奴の方が多い。そういう奴をカバーするためにレシーブへ特化選手がいたりする。補って、実力をようやく発揮出来る世界なのだ。
だからこそ、金田一は及川と岩泉の「阿吽の呼吸」に憧れた。あの光景こそ、金田一が目指すべき影山とのバレーだったからだ。影山にはその実力が十分に備わっていたし、影山が「認めて」くれていた自分にも資格があると信じていた。まさか「認めて」いたという認識が違うとは、想像すらしていなかったのだ。

試合は三年生が勝利を収めた。
いつものように影山と一緒に帰路を歩む予定だったが、金田一はそくさくと着替えて部室を出て行ってしまった。影山が及川に首を掴まれるなど、弄られた後、帰ってきてみると金田一のロッカーはすでに、がらんとした空白となっていた。




後日、金田一は先に帰って悪かったな、と影山に謝った。「別にいい」とそっぽむいて影山は答えた。以前は素直じゃねぇな、と思えた仕草を平然と金田一は受け入れることが出来なくなっていた。
練習時間になると、それは顕著に表れた。影山の実力が紅白試合を挟んだ後と前ではまったく別物だったのだ。二年の先輩達も機敏に感じ取っているようで、部活中がぴりぴりした空気を纏っていた。
気付かないのは、いつも通りバレーに専念している影山だけだ。
練習を積み重ね、試合に出るにつれて、影山との差は開いていくばかりだった。なんとか、食らいつこうと吐くまで練習して、いつも通り影山と喋っても、どこか、追い付かなくなっていく。
水面下で金田一がバタ足して溺れかけているというのに、陸地に居る影山はつねに優雅で、何一つ、見ることもなく、ただ、勝利をもぎ取るために自身の中で最適なバレーを求めていった。
進級して、三年生が引退してからは影山の行動に拍車がかかっていった。
影で「王様」と揶揄して呼ばれるようになったのもこの頃だ。侮辱の意味をこめて、囁かれたあだ名の意味に影山は気付いていたが、気にしていない素振りを見せた。バレー部以外ではクラスでも溶け込んでいるようであるし、喋る仲にいる友人も数人程度いるらしい。バレーボールという才能を取り上げれば影山は勉強も平均以下であったし、顔は良くとも学業がまったく出来ないという所が教室中の男から反感を買わない原因だろう。
バレー部の連中とはまったく喋らなくなっていったが。
しずかに、ひとひと、しかし、確実に影山は孤立していった。元々、輪へ強制的に入る時間があれば、練習に専念するタイプであるし、陰口というものを、心底、馬鹿にしている傾向にあるので、他愛無い会話を好まない。才能の頭角を披露するまでも、孤立気味だったが、さらに、それが悪化していった。


「おい、それくらい、間に合えよ!」
影山から送られる言葉は、すっかり、こんなものに変わってしまった。阿吽の呼吸とは程遠い。チームのことを考えない自分勝手なプレー内容。金田一は影山のことを見つめながら、こいつは自分中心に世界が回っているのだと、叩けなかったボールが転がって行った先を見つめながら思った。平均の基準がそもそも高く、自分、という最高点に到達する器を土台にしているので、他のものが苛立って映るのだ。
自分が出来るものを他の人が出来ないからって馬鹿にするな! 金田一は握りしめた拳の裏に、ひっそりと、その気持ちを押し込めた。
お前がしているのは、どうして残酷なことだと気付かないんだと金田一は奥歯を噛み締めるが、そういえば、自分自身の魅力に鈍い所も、良いと思っていた自分がいたことを思いだし、遣る瀬無い気持ちになった。



そうやって、二人の心はバレーと共に離れて行った。別れようと告げたことは、金田一からも影山からもない。ただ、あのときの「王様」を「裸の王様」へと変えた完璧な拒絶をしてしまったのだから、別れを告げたのと同じだ。
金田一が最後の拒絶を示すまで、影山は完璧な「孤独」ではなかった。チーム内で浮いてはいたが、それでも正セッターであったし、一年生など憧れていた連中もいるだろう。同じ三年はもうお前には付いていけないと拒絶したが、ベンチや観覧席で見る影山の「天才」な能力に魅了された人間も少なくなかったはずだ。
エースである金田一が打つのを止める瞬間まで。
築き上げた影山の城塞がいっきに崩落していく。落とし穴にはまったように。バレーボールしか興味を持たなかった男からバレーボールがなくなっていく瞬間を、金田一は陸地から眺めていた。
いままでずっと、影山がいた場所だ。立場が逆転したように、金田一は影山がぽちゃんっと池の中へ堕ちていく様子を眺めていた。
そうだ、影山、俺は一度だけお前に聞きたいことがあった――


「俺のこと、好きか?」


 好きと言われたことがないと気付いたのは、影山が池に落ちてからだった。
















「お前がまだ、持っている方に驚いた」

影山は飲み終ったシェイクを唇から話し、金田一へ喋りかける。

「俺もお前が覚えていたことに驚いてんだよ」
「あっそ」

突き返されなかったことに安堵すれば良いのか、よくこんなボロボロの物を返す気になったな、ということに自分でも違和感をもっていた。数回しか使用していないのに、摩擦でぼろぼろになったサポーターを見つめ、きっとこれを返さなければ自分の中で決着が付かないのだろうということを悟る。
バレーボールと影山との関係が切り離せなくて、恋愛感情までぽちゃんと沈めてしまった。あの時は、ああするしかなく、また、それ以外の方法が見つからなかった。


「なぁ、影山……」
「なんだよ」
「お前さ、俺のこと好きだったか?」
「好きだったよ。じゃなきゃ、男とキスするか?」
「そうかよ」


こんなに、あっさり答えるのかよ。
金田一は呆れながら影山を眺めた。
シェイクの容器をゴミ箱へ捨て、影山はサポーターを鞄へ詰め「じゃあな」とさらり、金田一へ告げた。金田一もまた「じゃあな」と適当に答えた。今度会う時は敵同士だなという、熱く恥ずかしい台詞は必要ない。からん、と鈴の音をたてて影山が出て行く。
店から出て行った影山が硝子越しに金田一の前に現れた。なにやってんだ、コイツと金田一は鏡越しに正面へ立つ影山へ向かい、首を傾げる。
すると、影山の口がぱくぱくと動いた。

「                         」

なにを喋っているか判らない。
おい、わからねぇよ! と窓硝子を叩くが、影山は謎の言葉を言い残して金田一の前から去って行った。













「今でも好きじゃなきゃ、誰がサポーターを貰いにわざわざ会うかよ」