リア充爆発しろなんでこんな目につくんだクソ跡形もなく消し飛びやがれ。
気紛れに大通りなんかを歩いて帰ろうと思った、自分のバカさをひどく恨みたい。
だってまさか、こんなにリア充に溢れてるなんて思わねえだろ!
スクバをフルスイングして繋いだ手を引き裂きたくなる衝動を、素数を数えてどうにか押さえ込む。
少し落ち着いた僕は、キャッハウフフしながら通りすぎるカップル全員に、怨念を込めるだけにとどめてやることにした。
死ねばいいのにみんな死んじゃえばいいのに箪笥の角に小指ぶつけて死ね!
……ああくそ、すっげー不毛だ。
願ったとこでホントに死んでくれるわけもねえし。
そうだ、こういうときはなるべく良いことを考えるべきだ。
あ、今日ってジャ●プ発売日じゃんワ●ピースの続き気になってたんだよね。
うわあ新作のチーズタルト美味そう。
バイトも入ってねえし本屋に寄って立ち読みでも……
「……え、タルト?」
思考を遮った誘惑者に乗せられて思わず歩みを止める。
数歩来た道を戻ってから、ショーウィンドに貼られたポスターを食い入るように眺める。
香ばしい色に焼き上げられたさくさくのタルト生地。
クリーム色のフィリングにかけられた、とろりとしたブルーベリーソース。
確かここはチーズスフレがやたら美味かった店だ。
(大通りにあるせいで1人で入るの地味に抵抗あったりするけど、まあ持ち帰りゃそうでもない)
元は怪力おん…ネルにフルーツタルトが絶品だって教えられて。
でもそんときはクリームな気分じゃなかったため結局タルトは食ってない。
ネルも一応は女だしこういうの詳しい上に趣味も合うらしく、あいつに勧められた中にハズレはない。
まず間違いなく美味いだろうと簡単に予想がつく。
エンダじゃねえけど、じゅるり、と涎を拭いたい気分だ。
制服の後ろのポケットから財布を取りだして、開く。
………ウソ、まじで?いやいや、え、60円足りねえんだけど!
60円ってなんだよ60円って!半端すぎて諦めつかねえし!?
100円玉2つ、50円玉2つ、10円玉6つ、5円玉2つ。
ポスターの下に書かれた値段は430円で。
何度数え直してみても、バイトの給料日を明後日に控えた財布の不憫さは、変化しない。
過去最低記録を更新した気がする。
そういやあ、昨日ラノベ買ったんだっけ……あれさえ買ってなきゃ余裕で買えたのに!
どうしようか悩む。すごく悩む。
明後日まで我慢…できるか!僕は今食べたいんだ。
大体ここ通ったのだって、このチーズタルトに呼ばれたからだって断言できる。
僕とこいつは運命の赤い糸で結ばれてんだ邪魔すんじゃねえ!僕はリア充になるんだ!
「なに道の真ん中で高らかに宣言してんだよ、端から見たら完全にイっちゃってんぞ」
聞き慣れた…というよりも、聞き飽きた声に振り向く。
案の定見知った顔が、ひどく呆れた表情を浮かべていた。
なんていいタイミング!
どっから聞かれてたかも、どっから声に出てたかもは知らないけど、今はとりあえずどうでもいい。
いつもはむかつくこいつも今は、神にさえ見えた。
「おいアベリオン金貸せコラ」
「はあ……何かと思えば、それただのカツアゲだから、頼み方ってもんがあるだろ」
「う……お、お願いします、僕にお金貸してクダサイ、アベリオンサマ」
「……え、お前だれ?ほんとにシーフォン?」
「うっさい!貸してくれんのかダメなのかどっちだよ?!」
この僕がちゃんと頭下げて頼んでやってんのに、即決で貸すと言わないアベリオンにカチンと来る。
演技もなしに頭下げて人に頼んだことなんてほとんどねえのに!
断ったらこいつの頭カチ割ってやる、鉄パイプで背後からガッツリやってやらあ。
「額は?」
「……60」
答えた瞬間にアベリオンの顔が怪訝そうなものになる。
60円もないとかさすがにないだろ、頼み損になんのが一番ムカつくんだけど!
「……えっと、円?」
「万ならふざけすぎだろ」
「…っ…いいよ、貸す、つーかそんくらいなら返さなくてもいいよ、期待してないし」
「まじ…?わあい!やったあ…………あ。」
しばしの沈黙。
それをブチ壊したのはアベリオンの噴出すような笑い声で。
「ぶっ…ふふ、あはははっ、無理っ、もー耐えらんねえ、お前まじで笑えるっ」
「……っ、ば、爆笑してんじゃねえよばーか!」
一気に恥ずかしくなってきて、頬に熱が集中する。
穴があったら入って一生出てきたくないと思った。
だって食べたかったんだよチーズタルト!食えると思ったら素で嬉しかったんだよちくしょう。
つーかそんな腹抱えて爆笑しなくたっていいだろ!
こいつあんま笑わないのになんで今そんなツボってんだ死ね!そんまま笑い死ね!
「いつまで笑ってんだコラ、さっさと金寄越せ」
「ごめんごめん、ふは、おかしくって…っ、で、何買うの?」
「……別に、関係ないだろ」
まだ笑いを堪えてるらしいアベリオンに苛立ちつつ、ふい、と目をそらす。
チーズタルトが食べたいんですーなんてこいつに言えるか!
どうせまた笑われんのがオチだろ!
「ああ、エロ本買おうとしたら60円足りなかったとか?」
「はあ!?ばっかじゃねえの!!違えよ!」
「なあんだ、残念、パリスに教えてやろうと思ったのに」
「てんめ…!喧嘩なら買うぞコラ」
きい、と睨み上げるも、アベリオンは挑発を軽く笑ってすかす。
そして、立ち止まったままでいた目の前の店の扉を開いた。
「冗談だって、それより中入ろーよ」
カラン、コロン、と気の抜けるベルの音が鳴る。
ふわりと風に乗ってバターと砂糖の香りがした。
「は?」
「金欠で可哀想なシーフォンくんのために1、2個なら奢ってやんよ、これで貸し1、あとでなんか奢って」
なんで上から目線なんだよちくしょう、とか。
わかってて揶揄してたのかよタチ悪い、とか。
言いたいことは山程あったけど、くしゃりと頭を撫でられたせいで押し込められてしまった。
礼は言わねえからな、とだけ言えばアベリオンは楽しそうに目を細めた。
僕がお菓子好きだとそんなにおかしいかよ
(そりゃもうすごく)(……てんめ!)(まあでもいいんじゃない、可愛げあって)(…っ、完全にバカにしてんだろ死ね!)
title by 確かに恋だった
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