「わかってるけど、半ば無理矢理鍵の書で釣って引き留めてるようなもんだし、でも……嫌いって嫌いって……あああああ」


うええ、こいつ面倒くせえ。
朝からいきなり押し掛けてきて何かと思えば、ずっとこんな調子でアベリオンはぐだぐだとひとり落ち込み続けている。
相談に乗りフォローしてやるのが親友の務めだとはわかっちゃいるが、言葉に詰まってしまうためフォローなんて浮かびやしない。


『本当に嫌われてたらいっしょに住んだりしねえだろ』
『いい金づるだとでも思ってんじゃない?』
『それは…………まあ、ないとは言えねえけどよ』


以前も何かで半ば泣きついてきたときの、あれ以上の言葉なんぞ浮かびやしない。
「そんなやつじゃねえだろう」なんて言えるほどアベリオンの同居人はいい性格をしてはいない。
それに正直、そこまで乗り気でフォローする気にもなれないのだ。
もう恒例行事になりつつあるアベリオンの襲撃にはもう飽き飽きしているのが本音だ。
乗り気だろうがこのネガティブオーラは払拭できる気など微塵もしないから結果は同じだけどな。
それでもしつこく俺のとこに来るのは、一方的にだろうが愚痴ってどうにか自分の中で片付けてしまいたいからなのだろうと思う。
無理やりではあっても強引に解決させてしまうネルではないのはきっとそうだ。
ネルに言やあその話が高確率で本人にまで流れるのだろうし。
世話焼きというかお節介というか、ありがた迷惑であることがほんっとに多いのは体験済みだ。

それにしても、友人関係の拗れにしては毎度毎度内容は違えどあまりに面倒くさくへこみすぎじゃねえの、お前。
ここまでストレートに嫌いって言われたなんて話を聞いたことはなかったし少しは刺さるかもしれねえけど。
だからって仮に俺がお前に「お前なんて嫌いだ」とか言ったってここまでは、気にはしないだろ。
そりゃあ、アベリオンにとっちゃシーフォンが特別なのはわかる。
たぶん、師匠以外でまともに魔法が使えるやつに会ったのはシーフォンが初めてだろうから。
魔法にすべてを注ぎ込んで生きてきたようなこいつにとって、俺やネルはいくら親い存在であろうが、よき理解者には到底なり得ない。
ネルは努力してはいるが何も知らない俺が端から見ても才能はないし、俺にはあんな古代字なんてミミズの這った跡のようにしか見えない。
どう考えても向いてない。
テレージャもおっさんもキレハもエンダも使えたけど、それはきっとまた違う。
魔術に傾倒していたのはシーフォンとアベリオンだけだった。
それにシーフォンとは魔力は拮抗していたから、尚更だったんだろうと思う。

最初はアベリオンのがぼろ負けしていたくらいだ。
ろくに動けないまま何発も雷食らってたときは、まじで殺されんじゃねえかと気が気じゃなかったっけ。
後にネルに手当てされ次第、速攻で口説きに行ったあいつを見てあきれて馬鹿馬鹿しくなったのも、随分と遠い昔の出来事に感じる。
探索するにもネルとシーフォンとアベリオンとが基本的なパーティで、本当に危険なところだけはネルが俺になったり、敵との相性や必要な力で代わったりした。
あのふたりはほとんどずっと固定だったように思う。
「魔力消費が半分で済むのは助かるから、一緒に来てもらえない?」と言って誘えばシーフォンは理由なく断ることはなかった。
途中からは誘わなくても「今日も行くんだろ?仕方ねえからついてってやるよ」と来るようになっていたくらいだ。
敵が物足りないと言って術比べだという名の喧嘩をして、魔術書を読み漁っては理論語りとは名ばかりの口喧嘩をして……
とまあ顔を合わせりゃ喧嘩ばかりだったが、やたら仲がよく映るから不思議だった。
下手すると10年来の俺らより仲良くさえ、だ。
要所要所で年上だからという考えがあったのかアベリオンが割りと折れてやってる。
そうでなければネルやオハラが両成敗してしまうから収まってしまう。
だから次の機会が生まれ、その規模をどんどんと増して暴れまくるからこっちはいい迷惑だった。
今でもたまにホルム郊外の森が大変なことになってる。
お前らもうレンデュームの山奥まで行ってやれよ。

俺としては、あのアベリオンが折れたというのが意外でならなかった。
小さな喧嘩から発展して「絶交だ!」とまですぐ至った幼少期かがどうしたって過る。
折れるということを知らなかったアベリオンがそうしたのは、妥協できるくらいにはやたらシーフォンを可愛がっていたからに他ならない。
俺からすると何かと突っかかってくる面倒くさくしか見えないあいつは、アベリオンからすれば好印象に写っていたらしい。
「ばかみたいに真っ直ぐ向かってくるのは割りと好きだけど」とさりげなく言った言葉にどれだけ俺が驚いたか。

本当なんていうかお前シーフォン好きだよな、呆れるしかないくらいに。
俺だってあいつは別にそこまで嫌いじゃあない。
だが、一緒に住むとかそれはまた全く別の話だ。
たまにいる分にはあの口の悪さだって耐えられるし、自分も大概だってわかってるし、慣れりゃあれは扱いやすい気もする。
でもそれが毎日のように続くとなりゃ……ねえなあ、と思う。
あいつの口の悪さなんて一級品だし、余計に頭が回る分尚更にタチが悪い。
ふざけんな黙れ死ね、は語尾につく常套句で悪口ならばすらすらと止まることなく流れ出す。
人を肯定する言葉を口にするなんて1/366くらいの確率だ。


「別にそう気にすることでもねえだろ、あいつ元から口は死ぬほど悪いんだしよ」
「……そうだけど、なんか別に、死ねだの殺すだの黙れとかくそとかそういうのは、なんていうか慣れたしいいんだけど、」
「じゃあ嫌いくらい別にい「…………」良くねえんだな、わかったからそんな顔で睨むな!」


どう考えたってそれは本心じゃないだろうに。
アベリオンほど回らない口じゃこいつを納得させるように説明することは難しい。
でもほぼ確実に言えることがふたつほどある。
シーフォンという奴は、嫌いなやつと一緒に暮らせるほどあいつは寛大な奴でも、一箇所に留まっていられるような奴でもない。
アベリオンがシーフォンを好いているのは言うまでもないが、あいつだって大概だと俺は思う。
もう魔導書もろくに残っていないちっぽけな田舎町にまだあいつがいるのも、アベリオンがいるからだろうとしか思えない。
まだ探せばある、という言葉を事実だと思っていたが、テレージャ曰くとっくに探し尽くしているはずらしい。
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら答えてくれたさ。
まだ魔術書があるだとか、負けっぱなしじゃ気分が悪いとか、鍵の書を奪えていないだとか、そんな上面の理由を乗せて誤魔化しているだけだ。
少し風でも吹けば、この町が……というよりかは、アベリオンを気に入っているからなのだと丸わかりになる。
魔王の事務所で簡単に釣れたのだってまだそれを続けてるのだって、元からここにいたいと思ってたからだろう。
魔王願望もあるのはわかりきったことだが、それだけじゃないだろう。

決して口では言いやしないが、少なくとも嫌ってなんかいないはずだ。
ネルとアベリオンがふたり楽しげに話しているのを見掛けて、不機嫌そうにしていたくらいなんだし。
ずっと自分を構っていてほしいのかこいつ、ともう呆れるしかない。
不良ぶったって元は甘やかされて育った貴族のお坊っちゃまだ。
性根が甘ったれていることも、ガキくささが抜けちゃいないことも探索の節々で垣間見られた。
なんだかんだ言いながらもずっとアベリオンに甘えていたのもそうだ。
ストレスや鬱憤を喧嘩を吹っ掛けることで発散させる、なんてそんな可愛くない甘え方、俺は勘弁だけど。
アルソンも母親的存在ではあったが、アベリオンもシーフォンにはそうだ。
ああ、でも、喧嘩もしてっから兄貴のほうが合ってんのか。


「あーやだやだ帰りたくない、出てくとか言われたら焼身自殺しよっかな」
「やめろ、お前のそれはホルムごと焼き払い兼ねねえから」
「止める理由そこかよ、なあ俺今日ここ泊まっちゃだめ?」
「だーめ、ちゃんと帰ったほうがいいよ、絶対」
「なんだ、チュナ帰ってたのか」


あーあチュナさんってば手厳しいね、と項垂れるアベリオンを見てくすくすとチュナが笑う。


「そういえば、神殿の前あたりでシーフォンさん見かけたんだけど」
「!」
「なんかちょっと落ち込んでる風だったし、たぶんまだ外ぶらついてると思うよ」
「売り言葉に買い言葉みたいに言ったから後悔してんじゃねえの?」


平行線を辿るだけの停滞した重たい空気が少しずつ動く。
ああ、うう、と言葉にならない声を洩らしてから、アベリオンが立ち上がった。
謝辞を述べてそれはもうぎこちなく笑ってからとぼとぼと家を出て行く。
ダメージ受けすぎだろ、こんだけ愚痴ってもまだ抜けきれてねえのかあのばか。
本当に大丈夫か少しばかり本気で心配になってくる。
もしスパンも開かずにきつめの一撃が来たら、ホルムが火の海になるかもしんねえ。


「兄さん、」
「?」
「頭良いけど、わたし、パリス兄さんなんてだいっきらい」
「………え、……は……?」
「ふふ、今日なんの日だかふたりともわかってないから」


え、今日がなんの日って、えっと、なんの日だ。
嫌いのショックはわかった、よーくよくわかった。
アベリオンが焼身自殺ならば俺は首つって死んでやろうか。
はは、誰にも迷惑かかんねえしいいだろ、別に。
チュナだって口は悪いさ、ばか兄貴とか最早口癖と化してるほどだ。
ああ、でも、これは何ともきっついわ。
おかげで鈍い頭がさらに回りやしねえ。
つーか今日何日だ、明後日……4月3日に大きい仕事が入ってっから……4月1日か、今日。
………………あ。


「なんだ、そういう……はあ?」
「いっつも思うんだけどシーフォンさんってなんか可愛い人だよね、年上の人にそういうのもどうかとは思うけど」


真面目に聞いて少しは考えてやってたのが、ほんっっとに馬鹿らしくなった。
あー……1/366は今日ってわけか、まあ通常運転で褒めちぎることになるしな。
だからってわざわざ友人に言うか?
シーフォンなりにいつもの暴言も気にしてたんだろうか。
だったら普通に、割りと好きだとか、せめて嫌いじゃねえとか一遍でも言ってやりゃいいのに。
つーかなんだかんだお前らやっぱ仲良いじゃねえか!




ああ、もうお前ら面倒くせえ!
(兄さんが御人好しだからだよ、ばかみたいに)






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