「あー…さっきはその、わ、悪い、いきなり切っ「お前でも謝ることあんだなあ、」


決死の思いで吐き出した謝辞に返ってきたのは、予想と反した揶揄の声。
うえ、と思わず言葉にならない情けない声が驚きを表しこぼれる。
電話口から聞こえたのは、アベリオンより低い聞き覚えのある声、パリスだ。
番号間違え……るわけないだろ、リダイアルでかけたはずなんだけど。


「……なんで」
「あいつケータイ忘れてったから俺が預かってんだよ、たぶんもうすぐそっち行くからそのまま持っとくって伝えといてくれ」
「そっちって、」
「お前んち」
「……は?」


脳が思考を放棄しかけるのを、どうにか働かせる。
なんでそうなる。
確かにアベリオンはこっちの都合なんてお構い無しで勝手に人んちに押し掛けるような奴だ。
でもそれは、数週前のあまり口に出したくないけれどまあまあ仲が良かった僕らの話。
今は避けられたり、避けたりと険悪な雰囲気だったはずだ。
その割には普通に電話できたけど、勢いあまっていつものように勝手にキレてブチったけど。


「じゃあそういうことで」
「え、ちょ、ま、待て!」
「何だよ」
「ほ、本当にあいつ今から来んの」
「ビビって帰らなきゃな、さすがにないだろうとは思うけど」


まじで今から?……いっそ僕が逃げ出してやろうか。
こっちはどうにかこうにか明日会う心づもりをしたってのに。
コンビニに行って立ち読みでもして時間を潰せばアベリオンはきっと帰る。
長々と人を待っていられるようなタイプじゃないはずだ。
パリスにそうかよ、と言葉を返して椅子にかけていたジャケットに手を伸ばす。
今までどこにいたかわかんねえけど、どうせパリスんちか焼き肉店かラーメン屋のどれかだ。
ならまだここに来るのに10分ほど時間に余裕もある。
今外に出てしまえば、


「お前もビビって逃げんなよ」
「え、」

まるで見てたかのような言葉にどきりと心臓が跳ねあがった。

「おい、現在進行形で部屋出ようとしてただろ」
「…………んなわけないだろ」
「なんだその間!ったくお前らどっちも妙なとこで逃げ腰っつーか……はあ、ったく手間のかかる、もう頼むから余計なこと考えんな!」


考えるな、なんて無理に決まってる。
パリスと違って頭が働きたがるんだから仕方ない。
まあさっきは考えるより早く身体が逃げ出そうとしてたけど。
考えすぎは身体に毒だって、そういやネルにも言われたっけ。
だからって考えずにいられるかって返したら、脳細胞少し死滅させてあげようかって笑顔で平手を構えられて閉口した。
暴力で脅せば大概言うこと聞くって思われてる気がする。
強ちハズレじゃないのがムカつく。

ちぇ、と軽く舌打ちをしてからパリスにも追随しておいた。
多少なりとも迷惑かけてんの自覚してるのもあるし。
小さく礼を告げてから二の句を紡がせずに通話を切る。
ツーツーと鳴る電子音が耳につく中、仕方なく手にしたジャケットを椅子にかけ直す。


「……、どうしよ、」


静かすぎる部屋の中でぽつりと佇む。
落ち着かなくて、そわそわして、逃げたくなるのをどうにかこうにか押さえつける。
そしたら、本当にどうしようもならなくなるのはさすがにわかる。
それはとても……たぶん少しだけ嫌だった。
いつもあいつを待つ時間はどうしてたか、と思いだそうとして気づく。
そういえばこうして事前に予告されてから、アベリオンが来ることなんてなかった気がする。
今から行くとメールが毎度来ていたら、僕はさっきみたく逃げてただろう。
別に、あいつが来るのが嫌なわけじゃない。
ゲームすんのは割りと楽しいし、喧嘩もするけどそれはそれで暇潰しにはなるし。
ただ、ふたりなのが苦手だと思う、それはもうひどく。

喧嘩の流れでぎゃあぎゃあ騒げたらいい。
けれどたまに、極たまにおかしいことになる。
例えばゲームで協力プレイじゃ荒れるからソロを交代で見て貶すことにして目があったときの距離とか。
取っ組み合いの喧嘩になって押し倒されたときの妙なぎこちなさとか。
泊まられて起きたらに抱き締められてたときの気まずさとか。
3人であれば笑い話で流せるはずのことが、2人だとおかしな空気になる。
そういうことがあった日アベリオンが帰ってから静まりかえった部屋に耐えられなくなる。
それが一番嫌で、だから、逃げ出したくもなる。

ああ、また考えこんでる。
ふと我に還ったときにはパリスとの電話が済んで10分以上経っていた。
そろそろ来るかも、と思った瞬間、タイミング良くか悪くかインターフォンが鳴った。
あいつが何か言う前に入れば、とだけ告げてエントランスに通す。


『アベリオンに好きって言っちゃったらどうかな?』


ネルに言われた言葉が頭を反芻して、自分の部屋にも関わらず居心地が悪くなる。
ケーキ屋だとか人の目があるとこでなら、ふざけたように言ってもあの気まずさは襲って来ないと思ったのに。
2人じゃ、またきっと仲違いするだけだ。
そう思うけど、(アベリオンとパリス関連なら)ネルの言ったことは外れた試しがない。
まっかせなさい、なんて言い切るだけのことはある。
チャイムが鳴って、玄関に向かう。
ガチャリと音を立てて鍵と扉を開ければ、最近はあまり見なかった姿があった。


「急に来て悪い……って言ってもいつもそうなんだけど、」
「別に、パリスから聞いてたし」
「…………は、あいつなんか言ってた?」
「ああ、ケータイ預かってるってよ、ばかじゃねえの忘れるとか」
「……まじ?……うわ、本当にないし、」


気付いてなかったのかこいつばかじゃねえの。
とりあえず上がれば、と中に通してふたりがけのソファーに並んで座る。
電話もそうだけど、前とさほど変わりなくて困る。
手に持ってるケーキの箱に気付いて少しだけイラッとした。
やっぱ覚えてねえしこいつ。
人が珍しく後でアベリオンに奢るって言ったの覚えててやったのに。


「お前はレモンティーでいいだろ」
「ん、それがいい」


それをそのまま伝えるのは癪でしかないため、黙って立ち上がり茶を淹れに行く。
レモン果汁いつもの3倍入れようか悩んで、とりあえずやめた。
2杯目要求してきたらぶちこんでやろうと決めた。
自分のにはポーションと砂糖をいれて、あいつのにはレモンと少しだけ砂糖をいれる。
美味いって言ったときの配合覚えてる自分が本当に嫌になる。


「それ、何買ってきたんだよ」
「フルーツタルトと苺のミルフィーユとチーズスフレとチーズタルト」


……僕が気に入ったのと次に食べると決めてたのだけ。
たぶん前にこの店で奢らせたときに、何にするか悩んでたの全部。
なんでそういうのだけしっかり覚えてんだよ。
それに莓嫌いなくせに、タルトのソースも莓だし、ミルフィーユは言うまでもないし、スフレも間に苺ジャムが挟まってる。
いつだって、こうして気付かないようなとこで甘やかされてたのか。
元々、妙なとこで優しかったりはしてたけど。
気付いてしまったら、くすぐったて耐えられなくなる。
嫌われてはいない、寧ろと自惚れたくなる。
だって、じゃなきゃわざわざ電話ブチる相手に土産買ってまで家に来たりしない。


「なあ、」
「ん、どれがいい?」
「……好きなんだけど」


でも、これはネルに言われたから言っただけで、別に本心じゃない。
こぼれた言葉に言い訳するように心でぐだぐだと吐いていれば、ばん、と大きな音がした。
少し驚いて隣を見やれば、アベリオンはテーブルに手をついて顔を真っ赤にして立ち上がっていた。
大きな音はテーブルを勢いよく叩いたかららしい。


「あ……その、ケーキがだろ、ちが、わかってんだけど、」
「っ……何暴れてんの、座れば」
「そうだね、ああ、その、悪い、……」


予想外の良い反応に緩む口元を隠すべくミルクティのカップを傾けた。
笑える、確かに面白い、すげえ面白い。
思い切り笑いだしたくなるのをどうにか堪えて平静を取り繕う。
これ、ちゃんと言ったらもっと慌てるんだろうか。
あえて紅茶を口に含んだ瞬間を狙って待つ。


「ケーキもだけどさ、……お前が好きなんだけど、」
「っ?!げほっ、げほっ……、お前、さいあく!」
「ぎゃははは!おま、すげー慌てっぷ……り、な、え?」


あれ、なんか押し倒されてる。
状況理解の追い付かぬままに見上げれば、青筋を立て口角だけあげて笑うアベリオンがいた。
ああ、やべえ、これまじで怒ってる。
爆笑の波は去って、ひきつった笑みしか出て来ない。


「……わかってからかってんなら、文句言えないよね?」


わかってって何が。
もっかい言えば更に慌てるかとは思ったけど、思ったら言うしかないだろ。
まさか本当にそれだけでここまでいつもの余裕を崩すと思わなかったけど。
ネルすげえ、とか意識が逸れる。
逸らさなきゃこのやたら近い距離を変に意識しそうとか、ああくそ、そんなの考えてる時点でダメだ。


「……の、退けよ、!」
「無理」
「え、はあ?」
「お前は冗談でもさあ、こっちは割りとまじだから笑えないんだよ」


苦手な笑みに必死で睨んで対抗してもあっさり拒否されてしまう。
冗談って何が、まじって何……ああ、好きとか抜かしたことか。
そう納得してとんでもない結論に着地した。
たぶん今僕は頭がぶっ飛んでるんだ。
きっとそうだ、でなきゃおかしい、あり得ない。
僕がそんな2文字の言葉を吐いただけで、なんでアベリオンがあんな慌てたのかとか。
こんなばかげたことしてるのかとか、わかっての指す意味だとか。
避けられてたのも、そのくせ優しかったのも、何がやばいかも、離れたら戻るって意味も。
全部ぜんぶ綺麗に繋がってしまうことに、たどり着いたらいけなかったのに。
余計なこと考えるなって忠告が今、痛いほど身に染みてる。
本当に身体に毒だ。
それもただの毒じゃない、猛毒すぎて今すぐに死ねそう。
熱くて頭くらくらしてくるし、痺れてまともに暴れることすら叶わない。


「俺をからかってくれた代償は大きいから、覚悟しなよ」


ミルフィーユの上に飾られた苺の土台のクリームを指で掬って、赤い舌でそれを舐めとる。
何だよその無駄な色気!なんて叫びたくなる。
でもそれじゃ貶せてないことに気付いて口を噤んだ。
そしたら顎を指で掴まれて、目を閉じることすらできないまま噛み付かれるみたいに唇が合わせられる。
うああ、畜生ムカつく、嫌だって思いたい。

肩を掴み押し退けようと力を込める。
上下関係で物理的にさして意味をなさないこともわかってる。
それでも形だけでも嫌がらなきゃ、自分から求めそうで怖い。
唇を舐められて促されるように閉じていたのを緩めてしまえば、熱い舌が入り込んでくる。
舌が絡まればクリームのとろりとした甘さを味あわされて、さっきの絵がフラッシュバックする。
途端に羞恥が爆発して肩に思い切り力を込めるも、どんどん深くなるだけだった。
熱と甘さに蝕まれて、もう耐えられない。
肩を掴む手に力が入らなくなって、ソファに落ちたところで漸く解放された。


「……はあ、ん、おまえ、どう考えたってやり過ぎだろ!」
「思ったより自分の理性が脆かったんだよ」
「何だそれ死ね」


口の中に残ったクリームの甘さを飲み込んで忘れられたらいいのに。
さらりとした甘さなはずのそれは、いつまでも舌に残る。
腹が立たないわけがなくて睨んで殴れば、やり返されずに宥めるように頭を撫でられた。
ガキ扱いされるようなこれは案外嫌じゃなくて、余計に苛々する。


「でも、もうしないようにする、お前と馬鹿やってないと思ったよりつまんないし」
「……」
「それこそ笑い話にしてくれりゃいいよ、もう自分勝手にお前から逃げたりしないから」


上から退こうとしたアベリオンの胸倉を掴んで引き止める。
それじゃ結局逃げてんじゃねえかくそ。
自分だけ散々人を好き勝手しといて挙げ句やり逃げ?そんなの許してたまるか。
冗談のつもりだったのに、それじゃもう済まなくさせられてんのに。


「どう、した?」
「……っ、」


言えない言えない、何だこれまじで言葉が出てこない……!
さっき言ったのと同じ簡単な2文字の羅列が引っ掛かって音にならない。
アベリオンの馬鹿は本当に大馬鹿だ。
言わなきゃわかりゃしないこと、僕はこの一ヶ月で嫌ってほどわかってんのに。

ぎり、と唇を噛み締める。
言葉にならないなら、と羞恥をかなぐり捨てて掴んだままの胸倉を引き寄せる。
これでも逃げやがったらぶっ飛ばしてやる。




お前だってキスするなら甘い方がいいだろ
(精一杯の虚勢を張ってそう言えば、ぎすぎすした雰囲気なんてもうどこにもなくなった)






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