「なあ、まじでお前心当たりねえの?」


並走(並歩ともいえる)するパリスの指す心当たりというのは、最近の様子のおかしいアベリオンについてだった。
何故か知らないけど、ひたすらに僕を避けてやがるのだ。
原因が思い当たらないからこそ尚更苛々する。

ぐるぐると訳のわからない行動について考えながら、グラウンドも回り続ける。
あと2周とかまじで死ねる。
流してでも喋りながら走るのは無駄に体力を消費する。
最後尾とは言わなくても、かなり後ろなのは言うまでもない。

不本意ながら僕が悪いの前提なのは、あいつの態度がパリスには普通だから。
まともに考えれば僕がなんかしたと想像するのが普通だ。
けど、本当にこれといって心当たりは……無い訳じゃないけど、小さなことばかり。
そんなんでマジでキレられてんなら、とっくにあいつと絶縁してる。

前にゲームのセーブデータミスって消して死ぬほど怒らしたときは、無言で殴りかかられた。
(ああいうキレ方が一番厄介だと思う)
さらに熱が上がり…否、寧ろ下がって無言で冷えきった微笑浮かべて金属バット構えられたときには、もうプライドかなぐり捨てて土下座して収拾をつけた。
僕だってまだ死にたくないし、そんとき応戦できる得物なかったし。

あのときとは大分何かが違う。
避け方もそう、キレたあいつなら徹底的にシカトに走ると思う。
けどあいつはさらりと用事を述べて逃げてしまうのだ。
それが嘘なら問い詰められるけど、そうじゃないからできない。

教科書忘れたから貸せっつったら押し付けて自分がサボりに行くとか。
サボる時間と行く場所を故意にずらしたりだとか。
昼飯を別のやつらと食ったりだとか。
メールはすれば返ってくるし、たまにあっちからも来る。
でも電話はなぜかほとんど出なかったり。


「俺もさ、アベリオンに聞いたんだよ、一応な」
「!なんて聞いたんだよ、」
「最近お前シーフォンのこと避けてないかって、したら、別に避けてるつもりはないけどって言ったんだよあのばか」
「……はあ?」
「だからあいつ無意識にお前のこと避けてるっぽい」


無意識って、原因がアベリオンにもわかってないってことだろ。
うわあ、なんだそれ面倒くせえ。
ってことは放っておいて解決する問題じゃないらしい。
なら別にこのままでも、と思いかけるも避けられんのはむかつく。
避けるなら全然いいけど。


「心当たりもないなら、もういっそ本人に聞いちまえば?」
「……なんて聞けばいいんだよ、」
「避けてんじゃねえよばーかって」
「それなんも聞いてねえじゃん」
「たぶん避けてないって言って逃げるから、捕まえてなんで逃げんのって聞けば?」


こいつ、天才じゃないだろうか、バカのくせに。
それならどうにかなりそうな気がした。
逃げなかったら避けられたって思った行動事細かにあげればいいらしい。

最善とも言える策を与えられたところで、ジジイからから「そこ喋ってないで走らないと欠席扱いにするぞ」と脅されたので渋々ペースをあげた。
そろそろ単位がやばくて仕方なくマラソンでも出たのに欠席にされちゃ意味ねえ。
クソラバンの突発的なマラソンの授業を避けて上手くサボる、今頃屋上で寝てるあいつがむかついた。

あーやばいまじで無理、もう走れない死ねそう。
パリスの背中が少しずつ遠退いてく。
元々完全短距離タイプの僕は長距離なんて疲れるだけで嫌いどころか憎い。
でもなんで今日こんな走れねえんだろ、酸欠で頭がクラクラしてくる。
ああそうだ、最近甘いの食ってないからだ。
アベリオンのせいだちくしょう。
何も言わなくても休み時間の度になんかくれるから、それに頼りきりだった。

まじでまずいかも、と思ったとこで丁度よくチャイムが鳴り授業が終わって助かった。
完全に息を切らし4Fの教室までの道のりを地獄のように感じながらも乗りきった。

パリスが僕を心配したのを揶揄して着替えてから、もう一段階段を上がりアベリオンもいるであろう屋上に向かう。
とても授業を受けられる気はしないため、本当にサボりたかったのも少しある。
ばーかって言って逃げたところを捕獲だ。
頭でシナリオを反芻してから錠前を針金で弄って外し、重たい金属扉を開ける。


「ああ、シーフォン、マラソンおつかれ」
「おー、あのさ、「それじゃ俺授業戻るから、ゆっくり寝てなよ」


お前、僕が来なかったらもう一時間ここでサボる気だっただろ。
つーかシナリオ台無しなんだけど!

待てよ、と声を投げて横をすり抜けようとしたアベリオンの腕を掴み引く。
いつもの僕であれば引き留められたはずなのに、ぐらりと身体が傾いた。
ああ、やべえ、思ったより全身にガタ来てた。
自分の引いた力に耐えきれないとか、わらえねえ。

気づいたときには遅くて、受け身も取れないまま頭をコンクリートの床に叩きつけようとしていた。
衝撃に備えてとっさにできたのは、疲れきった僕じゃ精々目をつむるくらいで。


「……っぶな…!」
「う、ああ、悪い、」


寸前でアベリオンに頭と身体を支えられたらしい。
横抱きみたいな体制になってんのと、やたら近い距離に照れくさくなって吃れば、慌てたようにアベリオンが手を離す。
そしたらしゃがみ込んでいたアベリオンの股に落とされて、体制がさらに悪化した。

バランスを保ちきれなかったアベリオンは、正座を半分崩したような体制で座り込み、僕はその上に頭を乗せてて。
慌てて起きようとするも、疲れきった上にテンパった身体が言うことをきかない。


「……起こせ、身体動かねー」
「お前……あーもう、いっそ起きなくていいんじゃない?」
「は?」
「男相手じゃきついだろーけど、枕ないよりましでしょ」


絵面が大変気持ち悪いことになってる気はしたけど、確かに枕なしでコンクリートの上で寝るよりはマシだと思った。
どうせ屋上はピッキングできるやつしか入れないし。
2時間は粘れよ、と冗談めいてアベリオンに告げれば顔をひきつらせた。

つーか、本当に避けられてないのかもしれない、とかちょっと思った。
避けてんならこんな奉仕活動しないだろ、たぶん。


「お前さ、避けてたんじゃなかったの」
「パリスにも言われたけど、別に避けてないって」


やっぱり否定した、テンプレート通りだ。
パリスまじ天才だろ、あいつ。
ねちねち聞けって言われたのを思い出して、なんかイラッとしたことを思い出してくことにした。


「じゃあなんで帰り先勝手に帰ってんの」
「お前だっていつも勝手に帰んじゃん」
「家に来なくなった」
「お前が来んなって嫌がるんじゃん」
「う…じゃあ電話!」
「とくにする用なかったし、」
「僕がしても出ない」
「なんかしてたら出れないって」
「メール……はしてる、あ、昼メシ」
「あーそれは、チュナの食ってるのパリスにバレないようにしてんの」
「チュナって、パリスの妹?」
「兄貴に美味しいお弁当を食べさせたいから試食してって、ふつー逆じゃない?兄貴実験台で俺本命だろ」
「お前モテねーじゃん、つーかあれって妹もブラコンなの?」
「まあ、どっちもどっち、つーかモテないのお前じゃない?」
「うっせ、どーせ告られたことなんてねえよ」


け、と悪態をついてから気づいた、ああ、最悪、話逸らされてる…!
でもこの調子だとまじでたまたまっぽくて微妙だ。
他になんかなかったっけ、と思い当たる節を探す。
だって様子がおかしかったのは事実だし。
今はなんか普通に戻ったけど、さっき僕を落としたのはやたら焦ってたし。
あ、そうだ今さっき。


「授業始まってから教室戻るとかばかすぎねえ?」
「……しつこいね、お前もさあ」


はあ、とため息を吐いてからアベリオンは気だるげにくしゃりと自分の髪を乱した。


「もって何」
「パリスもってこと、大方あいつに聞けって言われたんだろ?」
「……そう、だけど」
「まじで別に避けてたつもりはないんだって、ただ、」
「ただ、何?」


困ったように笑って今度は僕の頭を乱すように撫でた。
あんま言いたくないんだけど、と濁し誤魔化すので睨んでやる。
そうするとアベリオンは観念したように、口を開いた。


「……距離感がさ、わかんなくなったんだよ、」
「は?」
「例えば…あー、お前照れんじゃん、極希にだけどさ、あれがなんていうかやばいんだよね」
「……別に照れてないですけど」
「さっき受け止めたときは、」
「……あれ、は、」
「普通は男に照れられても殴りたくなるだろ、」


頭を撫でていた手が不意に止まり、離される。


「少し離れたら元に戻ると思ったから、最近あまりに執着しすぎてた気もしたし、でも……」


なんて、言えばいいか全然わかんなかった。
このままだとまじで元に戻れる気がしない。
でも、なんも出てこない。
アベリオンはその先を言おうとはしなかった。
僕も促すことなんてできなくて。

頭と肩が支えられて、アベリオンが立ち上がる。
ばさり、と音を立ててブレザーの上着が放り投げられた。


「ごめんな、それ丸めて使っていいよ、チョコならポケットに入ってるはず。
後で椅子にでもかけといて、じゃあバイバイ」


は、として上体を起こして名前を呼んでも、分厚い金属の扉に遮られて届かなかった。

ごめんって何が。
膝枕途中放棄したから、ほんとは避けてたから?
違う、たぶんあいつはその後に入れる言葉を意図的にはしょったんだ。
それは前にしてたもうすぐ発売するゲームを一緒にやる約束だったり、パリスと3人で焼き肉食いに行く予定だったり、そのうち付き合うって話してたあのケーキショップに行くことだったり、定期的に僕の家に襲撃することだったり。
そういうのがこれからなくなることに対してな気がした。

直接返せばいいのに、椅子にかけとけだとか、おかしいだろ。
「バイバイ」ってなんだよ、いつもみたいに「またね」って言えよ、ちくしょう。



血糖値が低すぎると身体に良くないってこと
(じわり、と広がる苺の香りとチョコの甘味になんだか泣きたくて仕方がなくなった)

title by 確かに恋だった



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