静かな屋上から、名残惜しげに学校を振り返りながら帰っていく生徒たちを眺める。
人がまるでゴミのようだ、なんてくだらないことを思いながら。
見知ったのも幾つか通ったけど、無意識的に気付くと探してた色は未だに見ていない。

見逃したかもしんねえな、それはそれで別にどうだっていい。
でも、やっぱりあの目立つ色を、見逃すわけがないとも思う。

何がしたいんだか、自分でもよくわからなかった。
見つけたところでどうするでもない、ただあの色を見送るだけだ。
そしたらこのもやもやも、消えていくような気がした、消えてくれなきゃ困る。

ぼんやりと黒や茶がばかりが通り過ぎていくのを眺める。
あの六分咲きに咲いてる桜の陰になってたら、見落としたかもしれない。

ひどく中途半端に咲いたものだと思う。
生徒会長もこの桜に答辞にはさぞ困っただろうと思う、知ったこっちゃねえけど。
春、桜の花も咲き始めた今日、とか言ったのか。
咲き始めにしては花開いていて、咲き誇ると言えるのは七分か八分咲きからだろうし。

そのどっちつかず感は僕にも言えるかもしれない。
式はサボったくせして学校にだけは来て、いっそ来なけりゃよかったんだ。
そしたらこんな中途半端で面倒な思いだって、投げ捨てられたかもしんねえのに。

もう大体の生徒は帰ってしまったのだろう。
人で埋め尽くされていた校門前もここと同じく閑散としてきた。
僕も諦めてそろそろ帰ろうか、と思ったところで、見つけた。

ひとりで正面玄関を出てきた目立つ銀色。
ぼう、と眺めていれば、振り返ることなくすたすたと校門へと向かう。
振り返る素振りすら見せないのが、あいつらしい、と思う。


「……アベリオン、」


気が付いたらその名前を呼んでいた。
暫く呼んでなかったように思えたそれは、酷く情けない声で紡がれた。

こっから呼んだって聞こえるはずもない。
それなのに、なにを思ったかあいつはその場で不自然に足を止めた。
くるり、と正面玄関のほうを振り返って、そして何を思ったか上を見上げた。

なんで。

どきり、と心臓がひとつ大きく跳ねて、本気で止まってしまうかと思った。
ここからじゃ顔なんてほとんど見えない、それなのに。
それでも確かに、目があったような気がした。

すぐに目を逸らしてフェンスに背を向ける。
そのままもたれ掛かるように座り込む。

なんで、なんで気付いた、聞こえた?ありえねえだろ、そんなの。
動揺を隠せないまま落ち着けずに暫く呆けていれば、ポケットの中のケータイのバイブが鳴った。


『そこ動くなよ』


開いたメールには題名にそう書かれていて、本文はなかった。
差出人は言うまでもなくて、でも違う、僕はお前に会いたくはねえんだよ。

立ち上がり、放り投げていたスクバを拾う。
そして走り寄り重たい扉を開こうとしたところで、自動扉よろしく反対から開けられた。

目の前の、アベリオンの表情が歪む。
つりあがった口角が見せる笑みは綺麗だ、顔だけはいいのがむかつく。
でも目は笑ってない、口角もひくりと片方だけ吊り上げられていて、不機嫌だと伝えているものだった。
理由は言うまでもない、僕がその場にいようとしなかったから。


「……逃げようとしただろ」
「なんで僕がお前の命令に従わなくちゃならねえんだよ」
「しょうがないだろ、咄嗟に打ったんだから」


久しぶりの会話がこれか、と思うと笑える。
メールだって半年か、それ以上振りだというのにあれだ。

お前と話すことなんてとくにない。
無視して過ぎ去ろうとすれば、がしりと腕が痛いくらいに掴まれた。
全力で振り払おうとすればできるかもしれなかったけれど、そこまでするのも面倒で、とりあえず睨みつける。
でも、何度も僕に睨まれ慣れてるこいつが怯むわけもなかった。


「卒業式までサボったかと……その目立つ赤、見つけなかったらもう帰ってたんだけど」


お前だけには目立つとか言われたくない。
銀髪に赤の瞳?
どこのマンガの主人公ですか、と言いたくなるような色しやがって。

晴れ渡った雲ひとつない空の青にも、中途半端に咲いた桃にも。
どれにでも合う気がしたその色にはいっそ憎らしさすら感じる。

とりあえず掴まれた腕が非常に痛いので帰らないから離せ、とだけ告げる。
ほっとしたような表情が全く理解できなくて、苛々する。


「さっさと帰りゃよかったんだ、わざわざ僕に会う必要も……なに、お前そんな急いできたの?」


嫌みをほぼ吐き出してから、額に薄らと光る汗と上気して色づいた頬に気づいてしまった。
ばつが悪そうに視線を落としたアベリオンは、ぼそりと何かを呟く。
ちょうどよく間を吹き抜けた春の強い風が言葉をさらった。


「あ?なに、聞こえね、」
「……だから!お前に会いたかったんだよ、どうしても、」
「…………は?」


何を今更、ここに来なくなったのはお前だろ。
そう吐き捨てかけてぎりぎりのところで呑み込んだ。
だってそれじゃ、まるで僕がお前を待ってたみたいに聞こえる。
実際そうだったかは別として、死んでもそうだなどと知られたくはなかった。

1、2年連続してクラスが同じくなった僕とパリスとアベリオンはいわば悪友のような存在だった。
(アベリオンに友とつけるのは癪だけど、百歩譲ってそうしとく)
出会いからして喧嘩しかしてなかったし、休日は家に襲撃されたり、無理やり外に連れ出されたり……

とくに季節ごとのイベントなるものはひどかった。
夏や冬に好んで外に出る意味がわからない。
祭りとか人ごみ嫌いだしみんな死ねばいい、冬はこたつん中からてこでも動きたくねえんだよ。

とにかく巻き込まれ連れ回され、ろくな思いはしてなかった。
それでも何だかんだで自分は、うるさくなった日常を退屈だとは思っていなかったらしい。
そう気づいたのは3年になってからのことだった。

3年目は意図的にかは知らないが(たぶん問題児を纏めても扱いきれなかったんだろう)
自分とパリスとアベリオンとは見事にクラスが離れた。
清々したとそう思ったし、僕はとくに何も気にせずいつものペースでサボりつつ授業をこなしていた。

でもそのうち何かがおかしいことに気づいた。
そういえば、アベリオンがいない。
思い出してみれば、パリスとは時々あってもアベリオンと会うことはなかった。

その日も屋上にサボりに行こうと他の教室の前を通れば、
休み時間にも関わらず机に向かってるあいつを見てしまい妙な気分になった。

そこでふと、3年になってからアベリオンからのメールや着信はなかったように思えて気になった。
ケータイの着信履歴を見れば、少し前までそこを埋めていた名前がなくて。
続けて受信ボックスからその名前を探せば、件名に「Re:」がついたものしかなかった。
メールすれば返信は普通に来るし、電話にも出るからとくに気に止めてなかったのだ。

『なんでお前最近真面目になっちゃってんの?どんな心境の変化ですかー』
5時間目をサボって屋上で打ったメールは、馬鹿馬鹿しくなって送信ボタンを押すことはできなかった。

僕がメールするのを止めてからは、廊下ですれ違えば軽く挨拶されたりどつかれたり、そういうのも段々となくなった。
シカトしたとかそういうんじゃなくて、すれ違ったことに気がつかなくなった。
気付いても通り過ぎて暫くしてから、追いかけようとは思えなかった。
暫くすれば僕とアベリオンは、他人と変わらなくなってた。

なあお前知ってた?アベリオン彼女できたんだってよ。
そんな話をパリスから聞いたのは、梅雨があけて蝉が鳴き出した季節だった。

アベリオンに彼女?あり得ないだろ。
そう笑っていたのは、屋上からふたりの姿が見えるまでだった。
校門で誰かを待ってた女が、アベリオンと腕を組んで連れだって帰ろうとしているところをタイミング良く。
うわあ、やっぱマジだったのかよ、しかも美人でボインで年上とか裏切りやがって……
下品にも品定めをするパリスの横の言葉はあまり耳に入って来なかった。

ただ、あいつに彼女ができたという事実はすんなりと納得できた。
3年になって急に真面目になったのも、パリスらあまりとつるまなくなったのも、メールを寄越さなくなったのも。
全て女ができたからだとしたら、面白いくらい話が繋がった。

「すきだ」と最近聞いてない声が頭で反芻されたのには気づかないフリをした。
ちくり、とわずかに胸が傷んだことも、気分がひどく悪くなったことも認めたくなんかなかった。
あの日あの時知らないフリをしたのは、気づかなかったフリをしたのは他でもない僕だ。


「すきだ、」


思い出したのと同じ声で同じ言葉を、目の前のばかが吐いて、あの日とリンクする。

見上げた夜空に咲き誇る大輪の花か、痛いくらいに強く手を握った僕か。
その矛先が何を刺すかは、そこまで鈍くもばかでもない僕には、わかってしまって。
ありえない、とそう思うと同時に、思い当たる節もなくはなかった。
男に、同性に告られた嫌悪感は不思議となかった。
ただやたらと、繋いだ手と頬が熱かった。

おそらく自惚れでもなければ、タチの悪い冗談でもきっとない。
友人としての意味ですらないと思ったのは、込められた熱っぽさから伝わって耐えられなかったから。
だから僕は逃げるように聞こえなかったフリをした。
あ?なんか言ったか?と爆音に負けじと叫べば、あいつは濁すように笑った。

どう、しよう。

何を悩むことがあるだろうか。
また春の風にさらわれてしまったことにすればいい。
夏の爆音にかき消されたことにしたときのように。

そうすれば、あいつは二度告げることはしない、あの日のようにまた曖昧に笑う。
それで終わりだ、もうこいつと会うこともない。
逃げ切ってしまえばいい。
有名な国公立大から推薦をもらって決めた僕は、来月にはどうせこの町を去るのだから。

フラッシュバックするように、アベリオンの隣で笑う女がちらついた。


「何が、」
「……お前が、シーフォンのことがすきなんだよ」


気付いたら言葉を、返してしまっていた。
ああ、しまった、とそう思った次の瞬間にはぐ、と腕を引かれてバランスを崩れた。
息が苦しくなる。
抱き寄せられたのだと気づいたのは、数秒固まってからだった。

あったけえ、春の風は制服だけでいるにはまだ少し寒い。
回された手は振りほどく気になれば簡単に抜け出せる緩い拘束だった。
それでもそのままでいて、ああほら、だからいやなんだよ。

お前なんかに会いたく、なかった。
こうなるような気が、していて……でもありえないとも思っていて。
この1年避けられてたようなもんだったし、ほかに好きなやつだってできてて。

ぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなる。
気に入らねえんだよ、お前の隣に他の誰かがいんの。
それが何を指すかなんて、気付いたときにはお前はもう傍にはいなくて。

それでもういいって諦めようとしたってのに、だって言えるはずなくて、なのになんで、お前は。


「ねえ知ってた?僕、男なんですけど」
「……知ってる」
「お前ホモなの?引くんだけどドン引くんだけど」
「ちが……くないのか?……わかんない、誰かに執着したのお前が初めてだし」
「……ふうん、じゃああの女なんだったんだよ」


目を丸くするアベリオンが何も言わずに僕を見下ろす。
その目に映った僕は、思ったよりひどい顔をしていて笑えた。
でも一度溢れてしまえば、とどまることを知らずに溢れて零れ落ちる。


「急にサボんなくなりやがった上にお前から一度もメールしてこなかったくせに……
なんで今更言うんだよばかじゃねえの、もうお前と、会わなくなんのに!」


覆水盆に還らずとはよく言ったものだ。
なんてこと言ってるか自覚しきれないままに、ひたすら零れて。
これじゃ、寂しかったのだと言ってるのとおなじだと気付いても、どうしようもない。
やり切れない気分になってしまうだけだ。

悔しくなって思い切り胸を殴りながらキレれば、頭を撫でられて腕の拘束は強まった。
こんなんで流されてやるか。
髪を梳く腕に思い切り爪を立ててやる。
睨みあげれば頬を緩ませたアベリオンがいて、殴り殺そうかとちょっと本気で思った。


「おいコラ何笑ってんだばか」
「あー…たぶん女って露出狂で巨乳だろ、俺の家庭教師で一応言っとくけどやましいことは何もないから」
「……あっそ、どうでもいいからもうさっさと離せ」
「それは無理」
「はあ?」
「やっと、捕まえたんだからもう少しだけこのままでいさせて」


なんだよそれ、何も言えなくなる。
肌寒いからそのままでいてやってるだけだ、ともう一度僕が僕に言い聞かせる。
手持ちぶさたな腕を背に回してしまわないように。

でもじわりと伝わる熱が侵食してきて、少しずつ僕を狂わせていく。
だって会うのなんて、たぶんこれで最後だ。
そしたら最後くらい気持ち悪い行動に出たって、どうせすぐに忘れる。
爪を立てていた手を緩めて、背に回してしまおうか。


「ああ、それと、春からもよろしく」
「何言ってんの、お前どうせエスカレーターでここの医学部だろ」
「エルバディアの医学部だけど」
「………エルバディア、?」


慌てて、伸ばしかけた手を戻す。
聞き間違えかとも思ったけれど、違うらしい。
エルバディア大学は、僕が進学する大学で、……は?なんつったこいつ。


「お前AOで早々に決めたんだろ、大学から誘いってお前ばかじゃないの、あそこ全国トップだってのに」
「……サボんなくなったのとかって、」
「勉強漬けだったから、じゃなきゃあんなあほな偏差値取れない」
「……同じ大学……?」


何だそれ。何だそれ、まじでなんだよそれ……!
僕のために勉強頑張ったんですーって?
つーかそれ、ストーカー一歩手前じゃねえか。
なんでむかつくのに嬉しいんだよ死ね、寧ろ死にたい、まじで一遍死んできたい。
今すぐ屋上から飛び降りてやろうかこの野郎。


「残念ながらね、お前がいやがっても逃がさないから覚悟しといて」


どれだけ僕が好きなんだこいつ……!
あーくそ、こっちが恥ずかしくなってくる。

でもバカだ、頭良いくせにバカだ、どうしようもなくバカだこいつ。

嫌がってんならとっくにぶっとばしてる。
改造スタンガン常備してんの知ってるだろ。
大人しくしてやってんだから気づけよばかじゃねえのホント。

余計なこともだいぶ言った気がするのは気のせいか、それでも気付かねえの?
いや別にそれならいい、んだけど。


「へへ、お前なんかに捕まるかよ」


大学で最低4年、院も含めれば6年。
時間がそんだけ増えたなら、何も今無理に言う必要もない。

気づくまで放っておこう。
もう捕まってるとか、そんなの絶対言ってやらない。

それから1年は絶対にすっげー邪険に扱ってやる。
今年の分の仕返しだとアベリオンにバレないよう胸に顔を埋めてニヤリと笑う。




六分咲きのサクラ
(満開を迎えたら散るだけなら、それぐらいがきっとちょうどいい)





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