頭から被せられたバスタオルの上から、わしゃわしゃと髪が乾かされる。
それは少し不器用で荒っぽくて、だけど努めて優しく扱おうとしているのが伝わってくる。
考えているとなんともくすぐったい気分になって、元々見えやしないのに少し顔を俯かせた。
風呂上りで火照っている身体が、さらに熱くなってくる。
そのままぼう、としてると湯船に浸かっているわけでもないのに、のぼせそうな気がしてじっとしていられなくなる。


「メロダーク、」
「…なんだ?」
「珍しいよね、頼んでなくても君がこうしてやってくれることってさ」


頭を覆っていた手が、ふと止まる。
あれ、なんかまずいこと言っただろうか、と自分の言葉を反芻する。
なんとなく言葉が足りなかったのに気が付いて慌てて付け足す。
君が頼りないなんてことじゃなくて、寧ろ僕が頼りすぎなくらいなんだけど、と。

だって、こうして髪まで乾かさせちゃってるわけだし。
でも、これは頼んだ…というか命令したわけじゃなくって。
髪を濡れたまま放っておくのが気になったメロダークが自然とやってくれるようになってくれて。


「嫌、だったか?」
「全然、いや、寧ろ嬉しいんだけど」
「……そうか、」


つまり、結局何が言いたかったかというと、だ。
メロダークが自ら僕と深く関わろうとすることが極端にない、ということだ。
いつもなんて言っていいかわからなくて、そのまま有耶無耶にしてるんだけどさ。

例えば食事のあとの間食の時間だったりもそう。
間食って言ってもアダの作る魚のパイを食べてお茶を飲んで。
そういうのも、誘わないと絶対に席についてくれない。

でも僕が誘うということは、メロダーク自身に拒否権がなくなるってことを意味することになる。
これは命令じゃなくて、と毎回付け足すのも面倒くさい。
それに彼はそう付け加えたところで結局断りなどしない。
でも彼の自由を自分の良い様に振り回すのは気が引ける。

エンダなら好意をわかりやすく向けて突撃してくるから楽だ。
それに嫌なら嫌とはっきり言ってくれるし、それは気持ちのよいほど。
例えば毎朝服を着せるのだとか、風呂に入れるのだとかね。
あまりに真っ直ぐすぎると対応に困るときもあるけど、それはそれでいい。

でも、メロダークから好意が感じられることは少ない、と思う。
逆もまた然りで、それだけじゃなくて何もかも。
元々感情表現が乏しいからしょうがない、と思ってる。

けれど「信仰」だとか「お前は私の主だ」とか。
そういう言葉で色んなことが誤魔化されるのが少し嫌だったりは、する。
これをそのまま伝えたら、お前を信仰してはならないのか、と言い兼ねなくて少し怖い。

もし言う気はないけど「僕を信仰しないでほしい」と言ったとしたら、メロダークはどうするんだろう。
簡単に、ホルムから去ってどこかに行ってしまう気がする。

あーあ、神様ってきっと信徒ひとりひとりになんて気を遣わないよね。
好かれてるかとか、信仰し続けてくれるかどうか、なんて。
だって僕は別に神様でもなんでもなくて、ただの人間なわけでさ。
あれ、これじゃなんか、僕がメロダークに好かれたいだけじゃないか?


「終わったぞ」
「……あのさ、メロダークってさ、僕のこと好き?」


後ろから抱きかかえられているような体制のまま見上げる。
思わず口にした言葉はあまりに直球だった。
驚いたように、メロダークが目を丸くする。

うわあどうしよう、表情わかりやすいってことはよっぽど驚いてるよね。
だって唐突すぎるし、脈絡もなにもないし。
あれ、もっと遠まわしに聞くはずだったんだけど、な。
そう思うも言ってしまった言葉は戻せない。
あああ、と居た堪れなくなって立ち上がって逃げてしまおうとした。

でも、それを察したのかメロダークが僕の腕を引いた。
ぐらりと身体が傾く。
ぼすん、とそんな効果音が似合いそうな勢いで、元々いた膝の上へと逆戻りになった。


「何故逃げる、」
「いや、その、なんとなく聞くのが怖くなった、というか……」
「お前がどういう意図で聞いたかはわからないが、俺はお前を好いている」
「……あり、がとう」


なんだろうこれ、思ったより恥ずかしいんだけど……
かあ、と赤くなる頬をどうしていいかわからずに俯いていれば、頭を大きな掌で撫でられた。
撫でるというよりは、身長が縮むと言いたくなるくらいに力の込められたものだった。
けれど、それでもなんとなく嬉しかったりしてしまう。
ふ、と表情を緩めた瞬間、腹に腕が回されてメロダークとの距離がさらに縮まる。


「……どうしたの?」
「あまり無防備な姿を見せるな、抑えがきかなくなりそうになる」
「なに、抑えって?」


抱きしめられているのに近い体制から見上げて首をかしげて聞く。
そうすると眉間にしわを寄せたメロダークが視界に写る。
纏う雰囲気がいつもと、すこしだけ違う気がした。


「メロダーク?」
「……っ、すまない、嫌なら殴り飛ばしてくれ」


そう告げられるや否や、ぎしりとベッドのスプリングの音がぎしりと鳴った。
見慣れた天井をバックに、メロダークがいつもとは違う眼差しで睨むように僕を見る。
でも、とても彼が殴り飛ばされるべきことをするようには思えなくて、どうしていいかわからないまま動けなくなる。
怒っているのだろうか、とそう思うと少しだけ怖くなって目をきつく閉じる。


「……っ、痛、」


首筋に何か柔らかいものが触れたような気がした次の瞬間には、針が刺さったような鋭い痛みが走った。
痛みに思わず目を開けば、首元にメロダークが顔を埋めていた。
動揺するも、そのまま何もできずにいれば、痛みが走った箇所を傷を庇うように舐られる。
変な声が漏れそうになって、じんわりと熱が下腹部に灯る。


「ぁ……めろだーくっ…やだ、」


制止するように求めて名を呼んだ声は届かない。
寝巻きが簡単に乱されて、首筋から鎖骨へとすべり肩から腕へと口付けが落とされながら舐られる。
孕んだ熱が大きくなっていって、じわじわと全身へと広がっていく。
だめだ、これ本当になんていうかまずい…!


「ぅ、……あっ、メロダークっ…!ま、待って!ステイ!」


ステイって犬じゃないんだからとも思ったけど、止まったからとりあえずいい。
殴り飛ばすのだけは躊躇われてとにかく叫べば、口付けが止んで睨まれる。

たぶんメロダークは睨んでるわけじゃないんだけど、なんていうか、その。
抑えきれてない溢れた欲を隠し切れない瞳が強くて、睨まれているように感じる。
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ、どうしていいか全然わからない。

余計に関わろうとしなかった理由だとか、どういう意図で聞いたかはわからないだとか。
よくわからなかった部分がわかったら、ぼん、と熱があがり耐えられなくなる。
でも嫌われているよりかは、そっちのほうがずっと良いと思えた。


「…せ、せめて心の準備を、させてくれません、か…!」


よく回らない頭で夢中で言った言葉がそれって。
ふっ、とメロダークが相好を崩したのでそれでよかったけれど。
でもよかったのはその場だけだったりするわけだったのです。




腕と首なら欲望
(アークフィアさまごめんなさい、)





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