「なあ、」
ポケットから出したロリポップをくわえてカラン、と頬で転がす。
授業に集中する気にもなれずに意識を窓へと逸らせば、ぐい、とシャツの袖が引かれた。
なんだよ、と小声で返しながら右を振り向けば、ぐさり、と頬に鋭い痛みが走る。
……なに、この古典的なイタズラ。
ニヤリと笑った隣の席のばかのどや顔が、果てしなくむかついた。
好きな女子に構ってほしい中2男子じゃないんだからさ。
シャーペンの先とかまじで穴開くし、下手したら開いてんじゃないかなこれ。
せめて指でやれよ。
やり返すにしたって、教室で殴り飛ばすわけにもいかないし罵倒するわけにもいかない。
暫しの間悩んだ末に、渾身の力を込めて思い切りデコピンをかましてやることを決めた。
笑いを必死で噛み殺すシーフォンの不意をついて、中指と親指を構える。
「食らえ、」
「っ、いってえ!」
思いの外響いたバチン、という破裂音に似た音。
そして叫んだこいつの声でクラス中に振り向かれる。
ついでに教科書を黒板に丸写ししてたピンガーにも睨まれた。
「なんだよ、またあいつらかよ」とでも言いたげな視線が向けられてひどく心外に思う。
授業中だろうが昼寝中だろうが節操なく絡んでくんのはこいつで、俺はTPOくらい弁えてる。
じゃあやり返すなよって?そんなの無理に決まってる。
ニヤリがなかったら我慢できただろうけど。
「で、何?」
「……お前だけ狡い、口寂しいから僕にも糖分よこせ」
「刺しておいてねだるの?」
「いくらアホリオンだってこんなのに引っ掛かるなんて思わなかったんですうー大体やり返したんだから気済んだだろ、まだ地味に痛えんだけど、」
むす、としながらこっちを睨む。(痛いのはこっちもだって)
やり返されることに文句があるなら普通に話しかければいい。
俺だって用があれば普通に話すってのに、どうしてこいつは強行手段にしか出ないんだか。
一昨日も昼飯のデザートに買ったティラミスが一口欲しかっただけらしいのに(パリス談)
何故か真っ先に煽り文句が飛び出してきたし。
まあ、こいつはコミュニケーション能力値がゼロどころかマイナスなんだろう、と最近はもう諦めてる。
パリスとは割と普通に話したりしてるくせにと思うと気分が悪くなるため比較はしないようにして。
ポケットに残ってたのはコーラ1本とストロベリークリームの2本の3本。
後者は甘ったるすぎて俺の趣味じゃない。
「ストロベリークリームでいいだろ?」
「ん、それがいい」
なんでこいつはこう、甘ったるいのが好きなんだろうか。
紅茶に砂糖3杯山盛りで入れてたときはさすがに引いた。
自分だってどちらかといえば甘いものは好きにしたって、あれはない。
やっぱり、と思いながら投げ渡せばじとりと睨まれる。
ちゃんと手渡せなんて言うタイプじゃないだろうに。
「開けて渡せよ、気が利かねえ奴だな」
「お前に遣うくらいならドブに流してる」
「僕がドブ以下だとでも言いたいのかコラ」
「え、違った?」
「もっかいブッ刺してやろうか」
「そしたら開けてやんないよ?」
「…っ、…さっさと開けろばか」
じゃあ別にいい、とでも言うかと思ったのに。
押し返された飴を仕方なく受けとる。
飴と棒の根元の捻られた包装紙をくるりと逆に捻る。
結局あけてやってるんだから俺も大概優しいよね、なんて思いながら。
じい、とこちらを見てるシーフォンの視線が、痛いくらいに刺さる。
何が見てて楽しいんだか、少し考えてから単純明快な答えに辿り着く。
「ああ、お前もしかして、これ開けられなかったり?」
「別に開けられっけど面倒くせえだけだし……大体なんで捻る必要あんだよ普通に袋詰めすりゃいいだろわけわかんねえ」
むす、としながらぼそぼそと呟く様は「はい、開けることが出来ません」と言ってるようなもんだった。
ここまで素直じゃないと寧ろわかりやすいかも。
紙を引っ張り飴と引き剥がす。
普通に渡してやるのは気が進まなくて、拗ねた風に突き出したままの唇目掛けて飴を押し込んでやることにした。
「!んっ、……いきなり突っ込んでんじゃねえよ!」
「ゴメンネー」
「むかつく」
「勝手にむかついてろ、つーか有り難がろうか、少しは」
「ねーねーアベリオン、それ私もほしいなあ」
ピンガーが教科書ガン見で黒板にチョークを走らせる隙をついて、斜め前に座ってたネルが振り返る。
気分で好み変わるしなあ、と思いつつロリポップをふたつ取り出す。
「コーラとストロベリークリームどっちがいい?」
「コーラがいい」
「はいよ、」
「ありがとね」
にっこりと笑ってネルが礼を言った瞬間、ガリッと飴を噛み砕く音がした。
ネルはとくに気にも止めず、すぐに前を向き直す。
ちらりと隣を盗み見れば、シーフォンは明らかに不機嫌なオーラを撒き散らしていた。
むかつく、なんてぼそぼそと呟いてたさっきの比じゃなく。
「…なんで不機嫌になってんの?」
「別に、普通だけど」
「コーラのがよかった?」
「……」
沈黙ってことは肯定ってことか。
お前いっつもあれば苺かベリー系のフレーバー必ず選ぶくせに、今日に限って気分じゃないって?
こいつの機嫌が悪くてとばっちりを食らうのは大概俺だ。
ひどく理不尽な襲撃にあったり、迷惑メールが大量に送られてきたりとか。
たぶんコーラ押し付ければ直るんだろうけど、生憎在庫切れだし。
「仕方ねえやつ、」
「何すん、?!」
くわえられていた飴を抜き取り、自分が食べていたのと交換してしまう。
あー……やっぱ甘ったるい。
なんでこいつはこんなのが好きなんだか。
自分だって甘いものが嫌いなわけじゃないにしろ、ここまできつい甘党の心理なんて理解できない。
「さっきのでラス1だったんだよ、食べかけとか文句言うなよ」
「い、言うだろフツー!」
「いいじゃん、さっき食ったばっかだし」
「そういう問題じゃねえよばーか!!」
授業中にも関わらず少しずつ声が大きくなってる。
またクラス中に睨まれるくらいに騒ぐ前に、沈めたいところだ。
そんなに潔癖症だったっけ、とも考えてはみる。
でもパリスの飲み差し奪うし焼きそばパンも隙をついて奪ってて……あー、またか、と思う。
どうもシーフォンの中じゃパリスと自分じゃ立ち位置が大分違うらしい。
俺ひとりのときだと絶対部屋にあげたがらないし。
……まったく、なんでこっちが気分落ちなきゃなんないの。
「そんなにイヤだった?間接ちゅー」
「はあ?!」
からかうように振る舞ってみれば過剰な反応が返ってきた。
バン、と机を叩いて立ち上がったシーフォンは、クラス中からの視線を浴びてバツが悪そうにおずおずと席に着く。
きい、と思い切り睨みつけてくるあたりキレてんだろう、きっと。
パリスは良くて俺はダメってのが気に入らない、それはもうすごく。
煽ってもっかい立たせてやろう、と小さな反撃を決意してニヤリと笑う。
それでお前だけ盛大に減点されて、職員室呼び出されてねちねちと怒られて課題追加されろ。
「何なら間接なしでキスしてやろうか?」
「………ッ!」
「ふざけんな!今すぐブッ殺す!」とでも叫んで席立ち上がるだろうと思っていた。
でもシーフォンはそのまま固まってシャーペンを床に落としてしまっただけで。
え、あれ、なんで真っ赤なのお前。
キレて赤くなってるだけじゃないの、だったら何か言葉返すか殴るかしてくる。
違う、これ照れて…………あ、やばい、移る。
「ばか、冗談に決まってんだろ」
窓の方を向き直してから慌てて付け加えた言葉は、あまりに情けなかった。
その上、お前のは冗談に聞こえねーんだよ、と蚊の鳴くような声で返されたらもう笑うしかないだろ。
口が寂しいんだけど
(冗談に聞こえないのは俺がちゃんと線引きできてないせいじゃないか、そう考えて否定しきれない自分が嫌になった)
title by 確かに恋だった
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