朝起きると身支度を整えてから、あたしはまず厨房へと向かう。
ポットとカップとシェフに勧められた紅茶を受け取り、それらをワゴンに載せてキャシアス様のお部屋へと向かう。
コンコン、とゆったりとノックをすれば、いつもならすぐにお返事が返って来る。

けれど、今日は10ほど数えてもお返事がなかった。
連日の探索が祟って体調をお崩しになられたのでは……
心配になり無礼を承知で、鍵のかかっていない扉を開ける。


「……キャシアス、さま?」


もぬけの殻になっていたベットを見てざわり、と嫌な予感が胸を駆け抜けた。

――僕は、今、本当にキャシアス=グリムワルドなのかな…?

墓所の白子たちから出生の話を聞いたキャシアスさまはそう呟くと黙ってしまった。
共にいたあたしとアルソン様は言葉をかけようとしたけれど、キャシアス様はそれをお望みにならなかった。

キャシアス様、

声をかけたあたしの言葉を遮って彼は、今日の探索はここで切り上げようと力無さげに笑った。
笑った、とはとても言えないお顔で。

少し寄りたいところがあるから先に戻ってくれるかい?
そして墓所の怪物どもを薙ぎ払いながら大廃墟へと出てすぐ、キャシアス様はそうおっしゃった。
アルソン様も何か言いたげなお顔をしていたけれど、それじゃあ先に戻ってますね、と一言告げた。

あたしは、……あたしも、本音を言えば、無理を言ってでも付き添いたかった。
でも、あたしは従者でありキャシアス様に忠誠を誓った身。
主の言葉に逆らうことはできるわけもなければ、したくもない。
ひとりになることを、彼はその時確かに望んでいたのだから。

それに、ここで必要以上に心配するのは失礼にあたる。
彼を、信頼していないことになってしまう。
大丈夫、だってキャシアス様はあたしの誇るべき主だもの。

私情を挟んではいけない、ぐ、と押し留めて笑った。
お気をつけてください、と。

その後暫くしてからキャシアス様はおひとりで館へと戻られた。
湯浴みを済ませてから夕食を取り、少しだけ早めにお休みになられた。
いつもと変わらない素振りで振舞う彼に、あたしは何も言えるわけがなかった。


「……あ、」


どこに行かれたのだろう…?
まさか、朝早くからお一人で墓所へと…?
……違う、たった一箇所だけ、キャシアス様の行かれそうな場所が思い浮かんだ。

――ここ好きだなあ、僕のお気に入りの場所によく似てる。
恐ろしい宮殿を抜けた先に広がった妖精の森で零した言葉が頭を過ぎった。

館を抜けてすぐ北の森へと入る。
キャシアス様がまだ幼かった頃のこと。
習い事や勉強で悔しい思いをしたり、お父様に叱られてしまったりすると、
いつもあそこに行ってひとり泣きながら修練していらしたのを思い出す。

最近は行っていなかったけれど、頭では思い描けなくとも足はその道を覚えていて。
狭い獣道を抜け、視界を遮る枝を斬り、纏わり付く草を払いながら進む。
暫く歩くと木漏れ日の差し込む開けた場所に出た。


「!……よかった、此方にいらしたのです、ね……」


まるで一枚の絵画のような情景が目の前に広がった。
陽光をきらきらと反射させて輝く銀色の髪と透き通るような白い肌はとても綺麗で。
あたしは時が止まったかのような錯覚に陥って、ほう、と見惚れてしまった。

けれど次の瞬間、ずるり、とキャシアス様の身体が傾いてしまう。

あ、と声を漏らすよりも早くあたしの身体が動いた。
でも成長なさった御身体を受け止めることはあたしには難しかった。
ぽすん、とキャシアス様は隣に座り込んでいたあたしの膝に倒れ込んでしまわれた。

ど、どう、どうしよう……!

あわわわ、と慌てる気持ちと、真っ赤になる顔と、でも嬉しく思ったりなんかもしてしまう邪まな気持ちと、全てごちゃごちゃになってしまう。
じっとしていられなくて、きょろきょろと挙動不審に辺りを見渡す。


「……!だとう、たいたす……?」


すると、先ほどまでキャシアス様のもたれかかっていた大木が目に入った。
剣でつけられた引っかき傷には「打倒タイタス」と確かに書かれていたのだ。
そっと指でそれをなぞる、あたしは思わずくすりと笑ってしまった。

僅かながらに不安に思っていた気持ちが、馬鹿馬鹿しくてしょうがなくなる。

何を心配することがあるだろう、何を不安に思うことがあるだろう。
キャシアス様はグリムワルドの先祖返りとまで言われたお方。
ホルムの英雄であり、カムールさまのお子である。

そして何より、あたしのたったひとりの大好きな主だ。

これから、きっと今より厳しい戦いが待ち受けているだろう。
不死の魔将を操り、何千年と時を越えて世界を支配してきた相手と正面から対峙しなくてはならないのだから。
でも、それでもキャシアス様なら大丈夫。
今ならはっきりと断言できる、迷う気持ちなんてもう微塵もありはしなかった。

あたしも命を賭けてでも貴方をお守りいたします、決してあの者になど渡しはしません。
まだ眠る彼に、忠誠を込めてそっと口付けを落とす。





瞼なら憧れ
(だからどうか、今だけはよい夢を……)






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