あの怪異が終わり早くも二ヶ月が経とうとしていた。

すみれ色の結晶に閉じ込められた子供たちも助かったし。
家畜や作物の収穫も前と変わらないものになって、ホルム周辺の国のごたごたも落ち着いた。
もうこの町は、あの洞窟が見つかる前となんら変わらない、ただの辺鄙な田舎町に戻ってた。

そんな平和なホルムに、探索者さんたちが居座る理由もなくて、ひばり亭も随分と寂れた様子だった。
まだ少し残っている一緒に探索をした仲間たちも、またどこかへ旅立つみたいだ。
テレージャさんは暫く残って遺跡の調査をするみたいだったから、それ以外の皆はきっと。

――まるでお祭りの後みたい。

平和に戻ったことが嬉しいのも確かだよ。
私はそれを切に願っていたはずなのに、そんなことを思った。

何もかも元通りなんて上手い話が現実じゃあるわけないだろ。
変わらずにいられるものなんてねえんだから。
誰かが言っていたセリフが過る。

うん、本当にその通りかもしれないね。
何もかもが戻ったわけじゃ、なかった。


「フィー、あんたは今好きな人いる?」


へ?とまぬけな顔を浮かべたフィー。
たぶん私の一番身近で一番大きく変わったのはあんただと思うんだ。

大人しくて泣き虫で可愛かった(今でもとっても可愛いんだけどね)フィーは、今じゃ私より強い女の子になった。
力でも魔術使われちゃ手も足も出ないほど敵わないけど、何より心が強くなったの。

もう私が守ってあげなくても泣いたりはしない。
簡単に人に流されてしまったりもしない、芯の強い子になった。

それが良くも悪くも誰のおかげか、なんてずっと傍で見守ってきたネルお姉さんにはわかるわけですよ。


「うん、勿論いるよ!」


にっこりと笑って言ったフィーを見てほらね、と言いたい気分だった。

その好きの矢印が誰に向けられているかは聞かなくてもわかるよ。
ねえ、やっぱりあんたは彼に着いて行くの?
紡ごうとした言葉が喉でつっかえてしまって、上手く吐き出せなかった。

あんたのお姉ちゃんな気分な私としては、嬉しいやら寂しいやらなんだかすごく複雑な気分。
これが娘を嫁に出す父親の気分なのかね。
もう私の後ろで背にしがみついていた、可愛いフィーはいないと思うとちょっと泣けそうだ。

でもね、私は快く見送ってあげるつもりだったんだよ。
いつかここに帰ってくるときに気持ちよく帰れるように、応援するつもりで…、
……なのに、あれ、おかしいな。


「え、ネル?どうしたの?」
「あ、あのね、違うんだよ、そりゃあんたがホルムからいなくなったら寂しいけどさ、でもそれはしょうがなくて…」
「あれ、私ホルム出るの?」


おどけて見せたフィーに思わず目を丸くした。

え?……えっと、もしかして私の勘違い、だったのかな、これ。


「色々迷惑かかっちゃうかもしれないけど、ここにずっといるつもりだよ、領主様ともそう話してて…
あ、ネルが嫌っていうなら旅に出てもいいんだけどね?」
「嫌なわけないよ!…でも、…本当にフィーはそれでいいの?彼のこと、」
「彼?……ああ、シーフォンはそういうんじゃないよ!たぶん……
あ、ほら、私が好きなのは優しい人だから、シーフォンは意地悪だし、それに私は魔王より勇者が好き」


視界の端で赤がくたりと項垂れたのが見えてしまって、何とも言えない気持ちになった。
やっぱり君はフィーが好きなんだね、好きな子ほど苛めたくなるタイプなんだろうな。
見ててすごくわかりやすいもんね。
フィー本人はまったく気付く素振りもないんだけど。
それを見てテレージャさんなんかはよく揶揄してたっけ、アルソンさんは無意識に。

大体着いていくなんて言い出したらシーフォンにどんな目で睨まれるか…

小さくそう言ってため息を吐いたフィーは、とてつもなくそういう面では鈍いのだと再確認した。
自分の気持ちにも、相手の気持ちにも。
フィーも絶対ないと言い切れてないあたり、結構気にはなっているみたいだなあ、とは思うんだけど。

でも、シーフォン君のことはフィーの中じゃ認めてないわけで。
それじゃあ…と最初の質問が気になるわけだよね。


「じゃあ、好きな人って?」
「ネル!」
「え、ええ?!わ、私?」
「なんでそんなに驚くの?親友なんだから当たり前じゃない!」
「ああ、なんだ、まあ、うん、そうなんだけどね…」
「ええ、ダメなの?」
「ダメっていうか、えっと、普通はそういうときって異性を答えるものなのだよ、フィーさんや」
「だってそういうのわからないし、私はネルが一番好きだし……、ネルはそうじゃないの?」


うるうるとした目で見上げるフィーは、やっぱりただの可愛い女の子だ。
あれ、もしかしたらフィーは変わってないのかもしれない。
……私が勝手にそう思っただけなのかな?

確かにフィーはすごい魔法使いになった。
けれど私だって最初に比べたらずっと強くなったもんね。

フィーを守ってあげたくて、守る力がないならせめて傍にいられる力が欲しくて。
生まれ持った怪力は好きじゃなかったけど、このおかげでフィーが背中を預けてくれるならそれもいい気がした。

墓所でだってそう、震えるフィーを抱きしめてなだめたのは私で……
なんだ、フィーはずっと頼ってくれてたんだね、私のこと。


「私も一番好きだよ!」
「えへへ、ネル、ずっと親友でいようね!約束!」


立ち上がったフィーが前屈みになって、私の額に小さくリップ音を立ててキスをした。
変わらないものだってここにあったんだね、くすぐったいけどなんか幸せだなあ。
お祭りの後みたいな寂しさは、気がついたらもうどこにもなかった。




額なら友情
(まったくフィーにはかなわないよね、テレージャさんに教えてもらったの!と笑う彼女に、私も恥ずかしながら永遠の友情を誓ったのさ)





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