ここに乗り込む前、なんかわくわくしてきちゃった、なんて言っていた私はなんてバカだったんだろう。

真鍮色をした舞台の真ん中、真っ赤に染まった君が倒れているのを見つけて、思わず息を呑んだ。

私が駆け寄ろうとするより早く、小さく君の名を呟いて、アベリオンが走り出していた。
まだあいつが憑依したままで罠なんじゃないかと、彼を按じた叫びは届きはしなかった。
心配は余計なもので済んでくれて、アベリオンは傍に寄り君を抱き寄せると、すぐさまに震える声で呪文を唱え始めた。

私には聞き取れないスピードで詠唱されるそれは、たぶん蘇生の呪文と治癒の呪文。
ううん、もしかしたらもっと上位のものだったかもしれない。

君はきっと助かる。
そう思いたいのに、なんでかな、手が震えるの、涙が止まらないの。
必死で君の名前を呼び続ける彼はね、すごく見てて悲しい気持ちになったんだよ。



「シー…フォン?なあ、目開けよ!二度も失わせるな!俺は、もう、」



ねえ、君は知ってたのかな?
アベリオンはとっても君を大事にしてたんだよ、それはもうなんだか見てて微笑ましくなるくらいに。

君のこと、弟みたいに思ってたのかもしれないね。
洞窟内でキャンプしたときに、君に毛布かけなおしてあげてるのを見たとき。
あれは本当に笑っちゃいそうだったなあ。

あとラスト1個のアップルパイとかもそうじゃない?
じゃんけんで決めて勝っても結局、君の口にねじ込んだこともちょくちょくあったよね。
もちろん君はものすごーく怒ってたんだけど。

それから、君が欲しがってた魔術の本も夜に一人で図書館にこもって探したりもしてたんだよ。
私にそれがバレたときはすごく気まずそうな顔してて面白かったなあ。
あれだけ表面じゃ君のことボロボロに言ってるのに、結局可愛がってるんだよね。

あ、あとね。
当たり前になってた気もするけれど、アベリオンがああやって正面から誰かとぶつかって喧嘩するのなんて初めてだったんだよ。
初めて見たときびっくりしちゃったもん。
どこか似た性格してるパリスだと簡単に流しちゃってたのにな。

それでね、びっくりしたと同時にすごく嬉しかったんだ。
アベリオンっていつもどこか大人びてて、子供っぽいところなんて見たことなかったから。
大魔導士なんて夢も、冗談っぽく言ってるところは何度か聞いたけど、まさか本気で目指してたなんて私だって知らなかったもん。

周りの被害を別とすれば、呪文唱えあって喧嘩してる君たちは本当に微笑ましいものだったんだよ。
それで私からしたらちょっぴりだけ羨ましくって。
だって本当にふたりとも楽しそうだったから。
ぎゃあぎゃあ悪口も叫びあってたけど、それでも。




「笑え、よ……そん、な…かお…すんな、よ……アベリ、オン」
「なんで…っ、…なんで笑ってんだよ、笑えるかよ!もう喋るな、血が止まらねえ……、ああくそ!」




アベリオンが幾何学状の陣を杖で描けば、そこから淡く蒼い光放たれて、ふたりを包んだ。

余計な心配なんて、いらなかったみたいだね。
君が一番、全部わかってるんだ。
……わかってても、それでも君は、ここまで来ちゃったんだもんね。

君の手が彼の頬へと伸ばされて、その血に濡れた手をアベリオンはしっかりと握り締めた。
まるで童話の中のお姫様と王子様みたいに見えた。
なんでふたりは幸せになれないんだろう。
涙で、ふたりの姿が滲んでしまう。



「もういい……、これが…僕に、……ふさわしい末路、だろ?」
「…ッ……何、勝手に諦めてんだよ、シーフォン!」
「……じゃあ、な……アベリオン、」
「!」



なんてことない、小さな夢だった。
異変が終わったらまた昔みたいに平和なホルムになって、それでね、そこには君もいてくれたらいいと思ったんだ。

私じゃ彼を支えてあげるにはどうにも役不足みたいだから、君たちが一緒に世界一の魔法使いとして有名になっちゃえばいいんじゃないかなって。
何だかんだで一緒にいて楽しそうだし、ふたりの夢だって叶うし(君の目指す魔王って魔術の王様でしょう?)私の夢も継いで叶えてもらえる。
そしたら、魔法使いにとって大事な焦点具はネルお姉さんにまっかせなさい!
とびきり素敵なのを作ってあげるから。




「……奈落で、待ってる、」




なんて。そんなことを、思ってたのにな。

魔法使いになりたくてもなれなくて。
君の一番になりたかったけど、なれなくて。
幸せなホルムに戻って欲しいって夢も崩れちゃう。

ああ、いつだってそうだ、本当に叶ってほしいことは叶わない。





もう望んだって手に入らないってこと
(お伽噺はいつだってハッピーエンドなのに、一番叶ってほしいラストは叶わなくって、
ねえもし、奈落まで君を迎えに王子様が行ったなら、この物語も幸せに終われるのかな、)

title by 確かに恋だった



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