甘い死に歌
甘い死に歌3///

※名前変換なし
※チョコラータ成り代わり(女)

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 乱雑に紙束を引っ張り出したプロシュートが手早く枚数を確認した。

「……ちぃ、前と同じじゃねぇか!」

 呼び出されていたリゾットが戻ってきて聞かされた、アジトでの一声であった。持ち帰ったのは前回の任務報酬で、九人に分配されるものにしてはその厚みはいささか心もとないものであった。
 命懸けの任務だというのに渡される金は少ない。それがつまり、彼らの命を安いと言っているようなもので、彼らは札束を渡されるたびに不愉快に眉を潜ませるのだ。
 今回は直属の幹部が変わってから第一回目の報酬である。多少の改善を期待していただけあって、実際に渡された金額が今まで通りであることに不満が漏れる。
 苛立つプロシュートに対して、リゾットが平然と頷いた。

「なぁ、リゾット。お前、あのゲス女とちゃぁんと話したんだろうなぁ?」
「改善要求はした。第一に給与、第二に待遇、第三に任務内容。そうだったな、ホルマジオ、ソルベ。」
「あぁ、ちゃぁんと聞いてたぜ。」
「改善されてねぇじゃねーーか!」

 ばしん、と机に叩きつけられた封筒から、はらりと数枚がこぼれ落ちる。散らばった札をわたわたとペッシが拾い上げて丁寧に封筒へと戻した。
 今にも飛びかかってきそうなプロシュートに対して、ため息をつきながらリゾットが続ける。

「そう怒るな、プロシュート。」

 あまりにケロっとした様子に、ようやくプロシュートは怪訝そうに片眉を上げた。察しのいい男だ。どうやら、リゾットにはまだ言っていないことがあるらしい。
 激昂していた麗人が大人しく、椅子に座り直したのを見てペッシとホルマジオがほぼ同時に息をついた。遠くから見ていたメローネとギアッチョが、怒鳴り声が途切れたことで近くに寄ってくる。メローネの髪が少し乱れているのは、プロシュート同様に憤慨したギアッチョを取り押さえていたためであった。
 奥のソファで相変わらず密着してこちらを見ていたソルベとジェラートも、様子に気がついてやってくる。安全圏に避難していたイルーゾォが恐る恐ると自分の定位置である椅子へと腰を下ろした。もちろん、手鏡を机に置いておくのは忘れていない。

「それは正式に渡された分で、組織からだ。」
「だからよぉ、それが報酬ってことだろ?」
「あぁ。それで……こっちなんだが。」
「あ?」

 リゾットが懐から別の封筒を取り出した。最初の封筒より少しばかり厚みがあるそれに、暗殺チームの面々は身を乗り出した。がたがたと椅子が音を立てる。
 ちらりと全員に目を向けてから、丁重に封がされているそれをリゾットがさっと開く。やや緩慢な動作で中身が取り出され、目を丸くしながらその動作を見ている男たちがごくりと唾を飲む。

「そ、そりゃ、なんだリゾット。」

 封筒が二つ並んだ。両方を足し合わせれば、今までの一回分では考えられなかった金額になることは目に見える。正しくは、そう、二倍であった。全員の視線が釣られている。
 真っ先に顔を上げたホルマジオがリゾットへ問いかける。こくりと首を振ったリゾットが説明をしようと口を開いた。

「……チョコラータからの報酬だ。次回はもう少し減、」
「ボーナスってことか!?」

 食いついてきたギアッチョに、わずかに身を引きながらリゾットが頷く。

「あ、あぁ。今回多いのは、今までのボーナス分として、だそうだ。」
「ボーナス……。」
「まて、次回も?」
「いくらある?!ホルマジオ、いくら!?」
「ちょ、ちょっと待て、今数えてる!」
「これだけありゃ、ちっとは遊びやすくなるなぁ。」
「前はカツカツでしたもんね。」
「男九人の食費を考えろっつー話なんだ!」
「はは、住み込みのメンバーはまだいいじゃないか。」
「プロシュートとか俺たちとか、家持は家賃もかかるんだぜ?」
「備品の修理費も忘れないで欲しいものだ。」

 がっ、と勢いよく札束を掴んだホルマジオが隣に座っていたプロシュートと枚数を確認していく。向かいに座っていたイルーゾォがめずらしく身を乗り出して、同じようにめずらしく大きな声で問いかけた。メローネがのんびりとしながら、ペッシと頷きあった。それを聞いたギアッチョが机を叩きながら目下の悩みであった生活費について苦言を呈す。ソルベとジェラートが家賃と光熱費について漏らした。
 急に賑やかさを増した男達にリゾットはやれやれといった風にため息をつきながら、そっと最後に付け加える。
 金額を確かめたらしいホルマジオとプロシュートが真剣な顔で分配を話し合っている。この様子なら、きちんと全員に配分されるだろう。合わせたところ、一見して倍にみえたそれは普段の三倍にもなるらしい。幾人かの顔が明るくなった。
 だが、表情の乏しいリゾットと、意外なことにメローネがいつもどおりであった。

「ふぅん……ねぇ、リーダー。これ、喜んでいいわけ?」
「なに言ってんだよメローネ。」
「そりゃあ今までより多い報酬に舞い上がるのはわかるけどさぁ。」

 むしろ冷めた様子のメローネに、隣に座るギアッチョが首をかしげる。おそらく彼は、貯金と合わせて車の修理を考えていることだろう。先日の任務で数箇所激しい傷が付いてひっそりと落ち込んでいたのは記憶に新しい。
 はぁとため息をついたメローネにほかの面々も視線を向ける。視線を受けてメローネが続けた。

「いいの?その程度でってこと。」

 たしかに、一度の金額としてはたったいま最高潮を迎えた。メローネに言われてから各々の脳裏に苦労した任務の数々が過ぎる。急に静まったリビングに、その温度差はいっそ滑稽であった。

「今までの任務内容にこれだけでは割には合わないし、お前の言い分も最もだがな。……やつが今すぐ用意できるのはこれが限度だそうだ。」
「結局俺たち九人はその程度の金額ってことだろ。」
「そう拗ねるな。これでも改善はされたというべきだろう。」
「そうだけどさぁ……。」

 とうとう頬杖をついて、札束をつつきはじめたメローネにリゾットは苦笑する。ホルマジオがそんなメローネの頬にぺちぺちと札束をぶつけた。彼らとて、たしかに積み上がった二つの束に喜んだが、それで満足したというわけではないのだ。

「でもよぉ、いいじゃねぇか。まずは一歩だろ?」
「そうそう。今まではダメだ無理だの一点張りで、ちょっぴりも聞いてもらえなかっただから。」
「だぁーって……。」
「ぐだぐだうるせぇぞメローネ。”まずは”って言ってるだろうが!」

 メローネより年上であるホルマジオと近くに座るイルーゾォが苦笑しながら声をかける。プロシュートもまた、気遣っているわけではないが、ぴしゃりと言い放った。
 その様子にため息を尽きかけていたリゾットにペッシが控えめに声をかける。

「リーダー、その……ほかの要求は、どうなったんですかい?」

 あぁ、とその独特な目を向けながらリゾットが答える。

「待遇については今すぐどうこうできる問題じゃないから気長に待ってくれとのことだ。」
「あんなゲス女に待遇改善とかできるのかねぇ。」
「期待してねぇよ、オレ。だってあの人、ある意味俺たちより底辺じゃん!」

 ソルベとジェラートが率直な感想を言ったことで、ついにリゾットがため息をついた。

「そう言うな……本人に聞こえる。」
「だがよぉ………………ん?」
「は?」
「本人?」

 間の抜けた声が部屋に響き、静寂すると同時。荒々しくドアが開けられる。正確には蹴り破られたというべきだろうか。蝶番が傷んだ音を立て、リゾットは額に手を当てた。
 既に何度か同じ光景を目にしている暗殺チームのメンバーだが、彼らは誰ひとりとしてこれがドアの開閉であると認めてはいない。何度注意しようと、扉を静かに手で開けるということをしない人物に諦めているだけである。
 半ばまたかと思いながらも、とりあえず、乱暴に蹴り開けられたドアの向こうに立つ人物に目を向ける。相手を確認して、けたたましい音を聞いたときに既に青かった面々の顔が一層悪くなった。

「さっきから聞こえてるんだなぁ、これが。今すぐそれ回収して帰ってもいいんだぜぇ、わたしはよぉ?」
「すまない……頼むから、持っていかないでくれ……。」
「ったく……。まぁ、お前らの心配もわかるっちゃ分かるぜ? ちっと前まで監視対象だからなぁ!部下でもなんでもない、ただの危険人物扱いだ。ほんっとうに酷い奴だよあいつはよぉ……。」

 華奢で、綺麗にネイルが塗られた手がぱらりとホルマジオの手から落とされた札束をがっしりと掴む。それから、先ほどホルマジオがメローネにやっていたように、チョコラータはリゾットの頬を札束で軽く叩いた。眉間を揉むように指を奥リゾットが小さく謝罪を述べる。
 その謝罪の言葉をはんっと鼻で笑い飛ばしながら、チョコラータが続けた。

「仕方がねぇから来てやったんだよ。感謝しろよぉ?」
「呼んでない呼んでない。」
「帰ってくれていいよ。」
「冷たい部下たちだなぁ!」

 メローネがしらっとした目のまま、顔の前で手を振った。イルーゾォもぼそりとそれに同調する。周りの面々も賛成するように頷いたので、チョコラータは吹き出すように笑った。

 この数ヶ月でわかったことだが、この女は他人からの評価に頓着しない。自分本位で、その他などどうでもいいのだ。だからこそ、自分が下衆だ屑だと言われようと気にしない。当然、暗殺チームが底辺として扱われていることについてもなんの感情も持っていない。

 だからこそ、それなりに続いてはいるのだろうが。

「メローネ、上司の私がわ・ざ・わ・ざ説明して差し上げるんだ、よぉく聞くんだぞ。」
「あーあー、余計なこと言わなきゃよかった!」
「くくく、そういうんじゃあない。おい、リゾット、椅子よこせ。」
「お前の分は無い。」

 どこからかオメーの席ねーから、という幻聴が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。本当に酷い部下たちだと笑みを絶やさぬまま、チョコラータは肩をすくめた。仕方がないなとリゾットの組んでいた腕を解いて、その膝に座る。

「…………おい。」
「年上は敬えよ。」
「なら相応に振舞って欲しいものだな。」
「チョコラータせんせいくつなの?」
「お前らよりは上だなぁ。」

 実に嫌そうな顔をするリゾットに、今日カメラを置いてきたことを彼女は悔やんだ。その間にさらりと行われるイタリアーノあるまじき女性への対応にも心を害すことはない。
 揺れる緑の髪を目の前にしながら、膝の上にがっつりと乗った重さに、リゾットは本日何度目かのため息をつくのだった。


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▼蛇足:
 暗殺チームはお給料低いといいなと。それがお前たちの命への対価だ、とあざ笑うような薄給で。生活に困ることはないけど豊かに暮らせるかというと、男九人じゃちょっとギリギリみたいな。そしてほかのチームよりは俄然低い。
 チョコ先生は親衛隊所属で、パッショーネ愛(笑)の囲い込み状態なうえにお医者さんだから金持ちなイメージ。ただし使い道がなくて結構たんまり残ってそう。
 もうちょっとこのどうでもいい話は続きます。


mae  tugi
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