甘い死に歌
甘い死に歌///

※チョコラータ成り代わり(女)
※暗チメイン

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 かつん。靴音を響かせて、夜を闊歩する女が一人。どこかくすんだ緑の結い上げられた髪がはらりと風に舞う。悪人も寄り付かないような暗闇の路地で、彼女が足を止めた。
 宵闇にぽっかりと浮かぶ猫のような目が、彼女の前にふらりと現れたからだ。まるで、不思議の国の猫のようだと、女が口元に弧を描いた。

「あんたが、チョコラータか?」
「そういうお前は、暗殺チームのリゾット・ネエロじゃねぇか。」

 引きつり笑いのような、高い笑い声が路地裏に響く。とろりと溶けた足元から、ひょこりと幼さが残るような顔立ちの男が現れて、チョコラータと呼ばれた女の腰元にするりと抱きついた。
 その様子を無言で見る男は動かない。黒の名にふさわしい漆黒を纏った、その男は表情にも乏しかった。

「オレになんのようだ?え?」
「……あんたが親衛隊に組み込まれてると聞いてな。」
「あぁ、最近ウロウロしてたのはてめぇらか、どぶねずみどもめ。」

 薄汚い、血濡れの犬め。黒く煤けたどぶねずみめ。死にぞこないの痩せ猫め。けらけらと笑い声を上げながら、罵る女は、ずいぶんと楽しそうだった。つんと服の裾を引いた丸い目に、そらお前も笑ってやれと笑みを向ける。
 なんと言われようと気にしないといった風の男は、続ける言葉に悩んでいた。目の前でげらげらと品性もかなぐり捨てたように笑っている女に、なんと言えばいいのか悩んでいた。口を薄く開けたところで、先に声を出したのはぴたりと笑いをやめたチョコラータだったが。

「いや、いい。お前らの処遇が悪いのは知ってるぜ、それで、なんだってオレのところに来たかも想像できる。他の親衛隊は生真面目で、ボス同様にお前らのことなんかなんとも思っちゃあいない。他の幹部どももそうだ。 おおかた、オレの経歴もきっちり調べてきたんだろう。それで、手でも組もうっていうんだろ?え?間違ってるか? んなこたぁ、ねぇはずだぜ。そっちはもう切羽詰まってる。あの野郎からも、他のチームからも見下されて、コケにされて、命が安いときた。ご立腹も承知だろうよ。」
「……あぁ。」
「だが、素直にうなずけない。私と手を組むのが碌でもないとわかってる。そりゃそうさ、私にゃプライドなんて必要ねぇ。てめぇらが死のうと関係ないし、何をしようと興味はない。ただ、一つ興味があるとしたら……。」

 ぺらぺらと口が回るチョコラータと違い、リゾットは小さく頷くだけだった。その目が信用とは程遠いところを向いているのを当然、理解していた。自分のことをよく理解していると、チョコラータはけろりとしている。そのうえで、次の言葉を選び取るのだから、この女の性格が悪いという以上に適切な言葉もないことだろう。

「てめぇらが、最期どんな顔で死ぬかは興味があるね。」
「噂には聞いていたが、聞きしに勝るな。」
「なぁにを聞いてきたか知らないがね、クロネコ諸君。だが、私はお前と仲良しこよしなんかするつもりはねぇんだよ。」
「だろうな。」
「だが、そんなかわいい顔をするんじゃあない。私も、毎日毎日暇をしていてね。セッコもそうさ、毎日毎日家でごろごろしてりゃあ、体も鈍るだろう?」

 なぁ、と腰元に擦り寄る彼に笑みを向ける。おう、と吠えたセッコが、頷いた。それに満足げにしたチョコラータが「手を組もうじゃないか。」と口角を吊り上げて言葉を返す。

「だが、私が上だ。お前らには従ってもらうぞ。その条件が飲めるなら、暇つぶしとして付き合ってやらないこともない。」
「あぁ、だが、あんたにそんなことができるのかも聞きたい。それにな、俺たちは死にたくてこうしてるわけじゃないんだ。そこのところも、きっちりと理解してもらいたい。」
「わがままなもんだな、暗殺チーム! だが、てめぇらも不平不満から来たんだ。わかってるわかってる、やれやれ、可哀想な暗殺チームだ。 なぁに、任せろ。お前らの上に立つ幹部が私になるだけだ。あのジジイから奪い取るだけなんだ、直接やってやろうじゃないか。よし、セッコ、そうと決まれば早速やるぞ。カメラの用意だ!ついでに腹立つあそこの連中を殺してみようじゃないか!はん、このオレを、いつまでも放っておくからこうなるんだぜ。なぁ、セッコ。」
「おおう!おう!」

 大船に乗った気持ちで待っていろ、明日には結果を届けてやろう。ねっとりとまとわりつくような甘い声で、チョコラータがリゾットの耳元に声を吹きかける。ついでとばかりにぺたぺたとその身体を触って、「なかなかいい体じゃないか。」と笑っていくのもわすれない。
 不快そのものであるような女が、反応を示さない男の首筋をぺろりと舐めた。相変わらず身じろぎもしないリゾットは、冷ややかにその顔を睨み返すだけである。

「首輪は何色がいいかね、リゾット。」

 君には黒がぴったりだが、特別に緑でもやろうか。けらけらと相変わらず、楽しげな笑いを夜風に乗せて、チョコラータがセッコと共に姿を消した。
 残されたリゾットは、ああ、早まったかと、ため息混じりに立ち去った。





 夜中に車ごと建物に突っ込んでいったチョコラータは至極楽しそうであった。轟音と共にガラスを突き破った車から、けろりとした顔でその顔をのぞかせる。セッコがぴょいと地面に飛び込んで、姿を消す。

「やぁ、ちょっと話があってね、遊びに来たよ。」
「て、っめぇ……!?なんのつも、おごぁあ!?」
「セッコ、ちゃんとビデオは回っているか?」
「うおおう!」

 当然、突っ込んだ拍子に何人かを轢き殺しながら、颯爽とフロアに足を下ろした。この白服を歓迎する人間は一人もいない。むしろ、今しがた友人を殺された彼らは恨みしか持ち合わせない。かっと激情にかられた幾人かが不届き物に殴りかかるが、泥を泳ぐセッコがそれを許しはしなかった。
 鈍い音をたてて蹴り飛ばされた男に目を向けることなく、チョコラータはセッコを褒める。よしよしと撫で回した後に、気を取り直してとばかりに階段へと足をかけた。
 とんとんと軽やかな足取りで上へと消えていく女と違い、フロアの誰もが重たい足に気を取られていた。ずるりと沈んでいく身体。身動きがとれないまま、まて、と叫ぶばかりであった。

 それが昨夜のことだった。幹部交渉を行うにあたって、この女は自身が切り札であることを重々承知だった。自由気ままな殺人者。今しがた、お前たちの命を抑えてるぞとにたにたと嫌な笑いをしながら、公平な交渉をしようと語りかける。
 公平も何もない一方的な提案に、誰かがおもった。ああ、早く、死んでくれと。





 結局、交渉相手が渋ったり、待たせるあいだに、一人二人と手にかけていた。そこそこの人数を葬り去りながら、チョコラータは新たな暇つぶしを手に入れる。勝手をしたことに他の親衛隊やボスからおしかりを受けはしたが、逆手にとった脅しは今日も絶好調に効果を発揮した。電話越しにティッツァーノが「あなたはもう少し人としての自覚を持ってください」と随分なことを言う。悪いようにはしやしねーよ、と笑い半分に返したが、まったくもって信用されていないようだった。

 唾棄される医師とその愛しい相棒は、今日も今日とてすき放題である。こんとノックをするのも煩わしいと、扉を蹴り開けた相棒に続いて、部屋へと足を踏み入れた。
 素早い動作で身構えた九人を、ぐるりと見渡してから、目当ての男に近寄って、そっと触れた。リーダーというだけあってか、一番ガッチリとした身体をしているようだ。いや、そうは言っても、他の誰もが個性的でなかなかイイ見た目をしている。この九人が手元に転がり込んだと思えば、深夜の手間暇も苦ではなかったと笑を深めた。

「待たせたなァ、きっちり約束通りだ。今日からオレがお前の上司、お前はオレの部下だ。期待してるぞ、アサシーノ。」

 にまりと笑う女と、不可解な契約を結んではや一日。既に彼らの耳には昨夜の暴動が聞こえている。果たしてこの、凶悪が受肉したような存在に話を持ちかけたのが正しかったのか、暗殺チームの全員が不信そうに二人を見ているのであった。




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チョコ先生成り代わりのゲス女医主にベタベタ密着してるセッコと、なぜかこうなってしまった暗殺チームな話。ボスはやっぱり”切り札”として残しておきたいため、ここで殺すにも殺しにくくて悩んでいるところ。そしてそれを使ってボスとやり合う困った先生。
そして普段は”オレ”だけど、フレンドリーになってったりプライベートだと”私”になるとかどうでもいい話。セッコちゃんは先生にべったり。


mae  tugi
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