僕たちの一生
僕たちの一生2///
▼まるで孤独な幻想曲
一瞬途切れた意識の中。微睡む感覚に、いつもの出迎えを期待した。
こうして曖昧に身を委ねるときには、いつだって彼女の気配があった。ただ、暗がりだけがひろがる空間が姿を変えて、精神の守り人かのように彼女が現れるのだ。ただ一つ、本当の安らぎを携えた世界をそこに造り上げて。ひたりとそこに足を踏み入れば、おかえりなさいと柔らかい声で。
その声が、その姿が、いつまでたっても、現れない。微睡みが先の見えない夜陰のようだった。
あぁ、と彼が思い返す。
そうだ、ちょっと前に、置いてきたんだ。考えないようにしていたのにと誰かが囁いた気がした。
どれだけ命を踏みにじろうとも。
どれだけ孤独になろうとも。
どれだけの悪徳を積み上げようとも。
どれだけを切り捨ててこようとも。
決して、離れることはなかった彼女のことを思う。男の意思を機敏に察しては、時に真っ向から対立し、時に背を押し、時に手を差し伸べていた、唯一の存在。そういえば、占い師が言っていたじゃないか。秘密と死体の上に、栄光があると。ならば自分は間違っていたのだろうか。
ああ、そんなことよりも。
「 」
ごぽり。名前を呼んでも泡と消える。声が返ってこない。
それだけのことが、無性に落ち着かない。そんなことさえも、と言葉を重ねる。繰り返しながら、いつかの夢を思い出した。
赤と桃の愛らしい部屋。それが彼の色だからと彼女が笑っていた。じゃあ紫はお前の髪だといえば、はにかんでいた。その顔を、思い出して。己以外に彼女を思い出す人がいないことに気がついた。だってそうだろう。二人で一つだったのだ。二人で未来を語って、二人で頂点を目指して。時に彼女が代わりに玉座に腰を下ろして。
あれは一人芝居だったのか。いや、違う。たしかに彼女はいたし、そうでなければ、こんな。こんな。
ああ。それでも。彼女と会ったことがあるのは。彼女の穏やかな笑みを知っているのは。きっと。きっと、自分だけ。
それなら彼女は。
ごぽり。
空気が口から漏れる。手が川べりに触れた。虚ろな目が今一度開かれる。
再び不敵な色を灯した瞳。再び閉じられるのは、それからすぐのことだった。
傍から見れば一人だったけど、本当は二人だったんだと男は叫びたかった。それでも、もう、どこにもいない。誰も彼女を知りはしない。人が死ぬのはいつなのだろう。魂が忘却の彼方へ消え去った時なのだろうか。そうだとしたら、彼女は、死んでしまったのだろうか。それでも、男は覚えている。男だけが覚えている。自分だけが、死人だけが彼女を覚えている。果たして、彼女は死んでしまったのだろうか。問答を繰り返そうと、やはり、誰が見てもまるで一人芝居なのだ。
mae ◎ tugi