本日、ゴースト日和。
そうです、あなたにあいたかった。///
どっかりと椅子に腰をかけたディアボロはまじまじと目の前の女を見ていた。女と呼ぶにはいささか幼いように思えるひよりは、相変わらず所在なさげに宙を漂っている。そのひよりの向こう側には扉が見えている。透き通った存在。心当たりのあるディアボロは一つの仮説を立てながらも、しどろもどろながら現状に至るまでの説明を聞いていた。
「そ、そういうわけで、えーと、私、ちょっと前からここに間借り……してたんですよ。」
「ふむ……ひとまず、いいか、ひとまずだからな。ひとまずは貴様の戯言を信用してやろう。」
思いのほかあっけなく返された返事にひよりはホッとする。だが、このままではぎくしゃくとした空気のままである。それはよくないとひよりはそらされた視線を合わせるように目の前に移動しながら、カメラを持ち上げた。
唐突に目の前に近寄ってきたひよりが、その時デスクをすり抜けたことにディアボロは多少口元を引きつらせた。続いて、持ち上げられたカメラがひよりと同様に向こう側を透過したことにも気がついた。確証はないが、幾らかの算段が彼の脳裏には組み立てられていた。
「このカメラ、ある写真を撮ったんです。」
「俺のことは撮ってないだろうな。」
「撮ってませんよ〜! だから、これを現像してきて欲しいんです。」
そうしたら、きっと私のこと信頼してくれますよ。
平然と言い切るひよりに、ディアボロは相変わらず猜疑的な眼差しを向けている。そんな目線もなんのその。ひよりのテンションはとうに振り切れているし、どんな目線であろうと今は受け止められる。
「よほど自信があるようだな?」
「えぇ〜?だって、やっと人とおしゃべりできたんですよ?」
「……。」
自分が信用されていないことや始末されそうになったことなどは、今のところさして問題ではない。ふわふわと、浮かぶ我が身のように嬉しそうにしているひよりに警戒を続けることが馬鹿らしく思えたディアボロはひとまず、その言葉を信じることにした。
なによりも会話が成り立たないとため息をつきながらディアボロが手を出す。カメラをよこせ、と小さく行ったのが聞こえ、ひよりは満面の笑みで手渡した。
「あ、それで……。さっきの赤いのはなんだったんですか?」
「キング・クリムゾンのことか。」
自分の手に渡り、ひよりの手が離れたと同時に重さを増したカメラを落としてしまわないように気を遣いながらディアボロが背後にスタンドを呼び出した。
ぬっと現れた赤い存在に、わぁ、とひよりが歓声を上げる。
「キング・クリムゾンっていうんですか。」
「あぁ。俺のはな。」
「? ……じゃあ、ほかの人のは違うんですか?」
「……スタンド、と呼ばれてる。これが見えるのはスタンド使いだけだが……待て、お前、こいつが見えるんだな?」
「え?……えぇ、見えてますよ。」
ふむ、とディアボロが顎に手を当てる。今一度、ひよりのつま先からてっぺんまでを、その鋭い目でじとりと見る。
「お前……スタンド使いなのか。」
「えっ、まさか。」
「とすると、能力は……それだな。透明化…いや、ゴースト状態と言ったほうがいいか。」
ぶつぶつとこの短時間で観察した結果を話し出すディアボロの言葉をひよりは黙って聞いていた。それから、ちらりとではあるがスタンドがどういったものなのかという説明を聞いて、ひよりの頭はパンク寸前であった。未知との遭遇は、存外に体力を使うものだ。
彼曰く、ひよりの身に起きている不可思議現象はスタンド能力の暴走であることと、能力については見ての通りであることが告げられる。こくりと納得した様子で頷いたひよりは、聞きながら一つの疑問に頭を悩ませていた。
なぜ、ディアボロが自身を認知したか、である。
だが、その答えを問いかけるより先に、一通り話し終えたディアボロは紫のセーターを手にひよりをちらりと見た。
「ドッピオのことも知っているんだな?」
「ドッピオくん!知ってますよ〜。一番先に見つけたのがドッピオくんでした!」
「そうか。今からあいつに交代する。」
「ほうほう、それでカメラを現像してくるわけですね。お供しますよ〜!」
こくりと頷いたひよりの前で、あっという間にディアボロは姿を変える。何度見ても不思議な光景だと、眺めているうちに男は少年になっていた。
きょとんとした顔のドッピオに、「こんにちは。」と声をかけるが、こちらには気がついていないようだ。
「とぉるるるるるん。とぉるるるるるん。 あっ、ボスから電話だ。もしもし、ドッピオです!」
「お、電話ナイス。」
「え?女の人……?いませんけど……。」
「やっぱり見えてないのかぁ。」
そこでひよりは、うんと首をかしげた。そして、もう一つ、ディアボロも未だ分かっていないこの能力について、思い当たることがあるのだ。
なぜ、ディアボロが自身を認識したか。そして、なぜ、ドッピオには見えていないか。
その前後のことを思い出しながらひよりは口を開いた。
「わたしを見て、ドッピオくん。」
ぱちん。二人とひとりの視線が再び交わった。その事実に、ひよりはにんまりと笑うのであった。
mae ◎ tugi