しあわせになりたいわに
雨時々晴れのち鰐。///
▽道端で少年を見つけた。
見つけた少年は道の端で座っていた。片手に注射器。人通りはなく、偶然見つけた俺だけが見ていた。
見過ごすことは簡単で、べつに助けてやる義理はないのだが、ふと、見捨てられない気持ちに陥った。
「どうしたんだ、そこの少年。やけに死んだ目をしているな。」
「ほっといてくれ。」
「いやいや、良くないな。 ……それはやめとけ。」
「おせっかいかぁ?」
「ああ。おせっかいだ。まだ間に合うから、ほら、」
あぁ、おせっかい。声をかけちまったからにゃ、最後までトコトンだ。
「しょうがねぇなぁ、クソガキぃ。」
「あ?」
「幸せっつーのはさ、そんなちゃちな注射器だけじゃねーんだ。ほら、ついてこいよ。うんまい飯くったらちょっとは楽しくなるぞ。」
渋るガキから注射器を取り上げる。中身を抜くことも、それを捨てることもせず、俺は奴に持たせたままにした。
渋っちゃいるが、ついてこいと腕を引けば案外とすんなりとついてきた。
少年の名前はウンガロというらしい。
その目をみていて、俺は何となく、あいつを思い出すのだった。
= = =
▽おうちに帰って
「あんた、馬鹿なんだな。」
「死ぬ覚悟はいいのね」
「ま」
「マライアさん…」
正座をしながら怒られ、それでも自分を家に置こうとする阿呆な男を、彼はどう思っただろうか。
===
▽これは内緒のはなし。
「そいつ、多分なんだけどさ、あいつの血筋だぜ。」
「は?」
「見覚えが有るんだ、勘もほとんどだけどよぉ。 いまこーっそり検査かけてるから、すぐわかる。」
「……本当なの?」
「ああ」
だから、というわけでもない。だが、事実は事実だ。
「おめでとう」
「は?」
「君の父親は俺たちの知り合いだった。つーことで、ウンガロ、うちに泊まってけよ。」
「はぁ?」
「知り合いの息子を放り出すわけにもいかねーだろ〜 なー、マライア。」
「はいはい、私の部屋に入らなきゃあなんでもいいわ。」
「つめた」
そうはいいつつ、彼女は追い出すわけがない。できるはずがない。俺も、彼女も。
===
▽その目は笑っていない
「で、か」
「おー承太郎。こっちこっち。」
「こいつが?」
「そ。 検査したから間違いねーぜ。」
「てめぇのその神経、本当に狂ってやがんな。ぶち殺してぇ。」
「なんで!?」
「ああ、これ? 承太郎つって、君の父親の宿敵Bだぜ、Aはこれの先祖な。」
「…… …… …… わるい、いみわかんね。」
「だよね〜」
それが牽制であると知るのはずっと後。
「ああ、本当に。あの男はやりずらいやつだよ」
===
▽きっと明日も晴れることでしょう。
「ウンガロ、学校とかいかねーの」
「はぁ?」
「リキエルだって学校いってんだぜ?」
「……それが」
「ヴェルサスも行こうかなっていってたんだし、お前ら三人で行けばいいだろ」
「行けるかよ、」
「なんで」
「……なんでもだよ」
「行けばいいんだよ、お前らはさぁ。な、リキ、ヴェル。」
「……!」
「いいか、お前らなんかまだひよっこの餓鬼なんだ。俺からしたら息子くらいの!」
「……」
「そりゃあてめーらの父親じゃあないし、お前らの父親を知る身からしたらあんな怪物にゃあ程遠いけどな。それでもお前ら三人が普通の生活できるくらいにゃあ、俺だって」
「なぁ」
「なんで気にかけてくれるんだ。」
「……子供だろ、お前ら。もうどうしようもないとこまで来ちまった俺や、あいつらと違ってさ、まだこれからなんだよ、お前らは。」
「ほっとけねぇんだよなぁ。」
「お人好しなのよ、この人。自分が死ぬとわかってても人を助けずにはいられない。そのくせに真っ当な生き方はできなかった。馬鹿なのね、きっと。不器用なんてもんじゃあないわ。」
「ひねくれすぎてて、自分でももう戻れない。だけど、」
「それに何人も救われてるんだから、困る話でしょ。」
マライアの言葉に三人が控えめにうなずく。
「……気になる?」
「まぁ。」
ジーノが少しばかり困ったような雰囲気に似たものを醸し出しながら聞いた。
自分たちにどうして、彼はああも優しくできるのだろうか。
どうして。なぜ。そればかりが尽きない。なによりも、なぜ彼は、そんなことができるのだろうか。まるで未知の存在を見ているかのような気持ちさえしてしまう。
その答えが知りたくて、彼らは続きを待つ。その答えを知れば、何かが分かる気がした。
「……じつは、マライア以外にゃ言ってなかったんだけどな。」
一瞬、言いよどみながら、それでも彼は言葉をつづけた。
内容は単純。しかし、一瞬その言葉を咀嚼するのに時間がかかる内容であった。
「俺、不能なんだわ。」
「……は」
ぽかんと口を開けて三人が固まった。
そうなっちゃうよな、とジーノがへにゃと恰好を崩して頬をかいた。とうにそれが当たり前で、本人にとってはもはやすっかりと受け入れられてしまった内容であることくらいは彼らにもわかる。
「後天的にな。 一変体質が変わったのと、ちょっくらやられた後に機能がほとんどぶっ壊れてる。子供は作れねぇんだわ。」
まさか、そんな言葉がこの男から出てくるとは露にも思わなかった。不意を食らったとはこのことで、三人ともが言葉を失っている。
互いに目を合わせて気まずそうにさえしているし、それでも、その理由が知りたいのかちらりと視線を送ってくる。そういう素直なところがまだまだ子供らしさを感じさせて、なかなかに年を食ってきたジーノからすれば…… かまいたくなって仕方がないのだ。
「ざまぁないだろ。 ついでに言っとくと、結構あちこちガタがきてる。手足もたまぁに動かなくなるし、迷惑な話だぜ。」
そんなことしらなかった、と薄らと口が動くのを見て、当たり前だとジーノは思う。面倒を見ている子供たちにそんなことをわざわざいうはずがない。
彼らを守るのがジーノの役目であって、決して彼らに心配をされたり守られたりする立場には、いまだにいない。それは彼が、三人の父親のことを思い出すからでも、彼らのことを見下しているからでもない。
むしろ対等に思っているし、単純にジーノが彼らにそうしたいと願ったからに過ぎない。
ふと、三兄弟のうちの一人が言った。
そんな生き方をしては損だと。そうかもしれないとジーノは答えた。だが、その答え方は損ばかりではなかったと言外に伝えている。
たとえば身を危険にさらすことや、矢面に立つことなど普通はしないだろうといえる内容でもジーノはやるだろう。それが、彼にとって重要であるのなら、ジーノはためらうことなく身を挺して誰かを守る。そういう趣味だといっても差し支えないのかもしれない。
だから、不思議なのだ。
後悔はないのか、と。また三人が尋ねた。
その言葉にどれだけの意味を含ませているのか、ジーノとてわからないわけではなかったが、あえて考えなかった。どれほど逡巡したところで彼の中で答えは出ている。
「後悔? するかよんなもん。」
彼は自分で、その生き方を選んでいるのだと笑って答えた。
「死んだって後悔しないね。 あの世にいったらヴァニラをぶん殴るって決めてるしな。」
ずいぶんと明るく答えるものだから、三人はもう一度顔を見合わせた。そういえば、共に暮らしているもう一人…… マライアも、彼に関してなかなかの評価を下していることを思い出した。
底抜けにバカで阿呆で救いようがないけれど、間違いなく信頼できて信用できて自分たちを守ってくれるだろうと。その言葉を、どこかでは本当に信じていた。そうした自分たちを裏切ることをしないとわかっていた。その答えの、理由の一端が少し見えようとしていた。
……実に、幸せそうだったのだ。
何よりも、自分たちのような厄介のタネを拾うようなもの好きは彼くらいしかいない。時折会う財団関係者は自分たちを嫌悪か忌避の瞳で見てくる。他には、畏怖のような複雑な目を向けられることもある。だが、それはどちらにせよ自分たちを見ているわけでなかった。
唯一、自分たちを対等に見ていたのは、たしかに彼だったかもしれない。他にもいたが、一番長い間そうしてくれたのはジーノだったかもしれない。
そう思いながら、彼を見て、やはり不思議に思う。
「どうして、こんな面倒ごとを拾い上げておいて楽しそうにできるのだろう」と、思わずにはいられなかった。
結局、だからどうという明確な答えは当面わかりそうにはないし、そもそも、詳しく説明されないとどうしようもない内容が通り過ぎていった気がする。
だが、答えは見えたような気がした。
あんた、幸せそうだ。
理由はわからない。だが、そう見えた。
自分たちと共にいて。かつての友人たちと背をたたき合い。そして、かつての宿敵たちとも語り合う。そんな生活の中で、彼はどれだけつらかろうと、笑っている。
ぽろりと口からこぼれたのはそんな彼の背を、顔を、目を見てきた三人のだした答えだった。
「ああ! 幸せだぜ、俺は!」
その言葉に、やはり彼はにっと笑った。
理由はわからない。けれど、彼は、本当に幸せそうに笑っていた。
mae ◎ tugi