本日、ゴースト日和。
するり、すべるかみひこうき。///

 フィルムが残されたカメラを片手に動きを止めた彼の背後で、彼女はにまにまと笑っていた。よかったよかったと両手を挙げて喜んだ。ただ、異様なまでに動揺する男に多少の申し訳なさを募らせながら。

「だれがこの部屋に? …まさか、ありえん。鍵を全て開けられるわけが……。そもそも、なぜここが……。」
「やだ、動揺してる……。」

 カメラを片手に、落ち着かない様子で部屋をうろうろとし始めた男の姿に、ひよりは口に手を当てて驚く。むしろ、大の大人が外聞も気にせずに狼狽えるという珍しい様子に、多少のギャップ萌えに近いものを感じて、ひよりは笑いを深めていた。
 それと同時に、安心に顔をほころばせる。うまいこと、彼はカメラを手にした。一言だけ綴った紙も手にしているのだから、見えているのだろう。もしかすると、一切の干渉ができないのではないかと不安があったのだが、そんなこともないようだ。ようやく、地に足がついた気持ちであった。
 誰とも言葉を交わさず、誰とも視線を交わさず。そんな生活に疲弊していた気持ちに、ほんのわずかな安息が見いだせた気がした。

「ううん、なんだか可哀想になってきたなぁ……。」

 しかし、嬉しさと面白さで眺めていた光景も変化を見せる。せわしなく室内を行き来していたボスが足を止めたのだ。それから、しゃんと伸ばせば180はあるだろう背丈を少しばかり丸めて何事か考え込んでいる。時折溢れる独り言は、どれもこれも、自身の身を案じていた。
 そんなつもりではないのだと伝えようにも、届ける声がない。すこし悩んで、ひよりはその背中に近寄った。相変わらず、その体に触れられない。腕に彫られた美しい幾何学の刺青をなぞってみることもできない。いたずららしいいたずらができないと気がついて、がっかりした日を思い出した。

「ボス、ねぇ、ボスってば。違うんだよ。それ、お土産なんだって。」
「……まさか脅しか?」

 その背中にゆるりともたれ掛かりながら、囁きかける。といっても、気を抜けばすり抜けてしまうので、もたれるように位置を調整して宙に浮いているに過ぎないのだが。
 相変わらずぶつぶつと不安を吐露する男の、その手にある紙を見やる。そうだ、文字は伝わったのだと思い出して。

「……それにしてもいいリアクションだよね。」

 そろそろ頭を抱えてその場にうずくまってしまいそうだと、とうとう苦笑いをしながら、紙を抜き去る。彼はするりと手から離れた紙に、音がつきそうな速さで目を向けた。自分の手から離れた、いや、離された紙が不自然に宙に浮かんだかと思うと、消える。
 ひよりはその視線が一点を見つめたまま止まったことから、彼の視界から紙が消えたことを確認する。ひらひらと目の前にちらつかせても、動きはない。

「えーっと……。なんて書こうかなぁ。」

 ふと、これが初めての交流になると気がつき、ひよりは知らず知らず笑顔になる。突如として消えたメモ用紙にディアボロは混乱を極めているのだが、それも無視して、ペンを取り出した。
 さらさらと余白に謝罪のひとことを増やす。それから、写真のことを伝えよう、といくつかの文字をカタコトに並べる。これで分かってくれればいいなと、最後に小さくひよりと自分の名前を書いた。

 小さく折りたたむ。飛行機のかたちにしたそれを、随分と眉を寄せて気難しい顔をしているディアボロめがけてゆるく投げた。すぅっと空気を滑る紙飛行機が、まるで自分のようだと感傷に浸りながら。
 彼はこつんと軽く当たった紙飛行機に大げさなまでに反応した。それがやはり面白くて、ひよりは笑うのだった。

mae  tugi
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