甘い死に歌
甘い死に歌16///

 その男は郊外の施設へと訪れていた。


 人気のない場所で、その先に言ってゴミ処理をしておいでと命ぜられたのだ。また面倒な、と想いながらほかの誰でもなく自らが赴くとチームには告げた。誰も止めはしなかったが、皆苦々しい顔をしていたのを彼は覚えている。

 離れた場所だ。ここに来るまで、のんびりと車を飛ばし、それから歩いてきた。

 男はうっすらと街の変化を感じていた。澱んでいたようにも思えた空気が、少し前の一夜のうちに驚く程晴れ晴れとしたものに変わったと感じていた。チームメイトたちも同じことを思っていたらしい。それを示すように、彼の元にもある一報が飛び込んできたのは数時間前のこと。

 幾人かが驚きの声を上げる。それから自分たちの計画を一度白紙に戻さなければならなくなったことに落胆の声もあがった。

 というのも、ある少年がボスだと名乗りを上げたのである。

 堂々と姿を現し、組織の端から端までを震撼させた少年を見て、男は納得した。トップの座に躍り出た少年のあまりにまっすぐな瞳が、自分たちのような日陰者とはまるきり異なるとわかったからでもある。同時に、きっと忙しくなると直感した。その直後の指令だった。


 鼻を突く匂いに眉をしかめながら、男はすたすたと迷いなく道を進む。ゴミ捨て場の横に、それは乱雑に積み上げられていた。


 ばらばらの人形のようだ。男は思う。


 ブルーシートの上に放り投げられるように積んであるすっかりと色の抜けたパーツの一つを拾い上げて、元々むちゃくちゃなやつだったなと感慨もなく振り返る。
 元から色の悪かった表面は、中身が抜け落ちたせいか真っ白だった。色など最初からついていなかったかのようだ。
 髪だけが濁った色を残していて、ふと男は閉じられている瞼を押し開けた。

 ぎょろりと動くことのない緑の目。何となくその色がいつもよりきらきらと輝いて見えたと男は後に漏らした。

 はみ出た腰椎をうっかりと踏み潰しながら、でろりとはみ出した臓物をつま先で蹴る。以前に目にした時には、きっちりと収まっていたものがだらしがなく垂れているのに、しかし彼は眉一つ動かさなかった。むしろ、これが当然だと肯定を一つ。
 ふと、背骨がきれいに形を保っていたのが意外だと男は背骨に指を滑らせた。だが彼が触れた途端にばらばらになって転がり落ちてった。

「……やはり、碌な死に方はしなかったな」

 抑揚のない声で彼は感想を一つ。
 検分を終えた男が立ち上がる。そしてためらいもなく、物言わぬ死体を彼はゴミ穴の中に蹴り落とした。

 ぼどっ、ぼど。

 丁寧に一つずつ蹴り飛ばしていく。腕。脚。腰。つま先。手首。太もも。二の腕。胃袋。指先。手。胸。脚。腕。

 ぼどり。

 最後に残った頭に、彼は手を伸ばす。ぐちゃりと音を立ててその指先を人形の顔に突き刺した。

「グラッツェ、チョコラータ。」

 ずるりと引きずり出された土産に彼は唇を寄せて、リゾット・ネエロは微笑んだ。

 そして、残った頭蓋をためらいなく踏み抜く。骨も脳も、一緒くたの塊になるまで踏みつけて、そして彼はそのゴミをぽいと穴へ捨てる。
 これでゴミ捨ては完了だ。

 彼はくるりと踵を返して帰っていく。

 今日はこれから、組織の会合に足を運ばなければならないのだ。一重に、待機命令を出していた女のせいでこんなことになったのだ。

 これから先、どうなるかなど誰にもわかっちゃいない。もしかすると、血の雨が降ることになるかもしれなかったが、それはそれ。
 組織のトップが大々的に方向転換をしたことに文句を言うものもいたが、彼は沈黙していた。少しばかり事情を伝え聞いていた彼は、現在の上部組織が一筋縄ではいかないだろうと結論を出していたというのもある。それ以上に、厄介な怪物たちが皆死んだことだろうことに喜んだ。率直に言って、手間が省けた。
 そういうわけで、もしかすると何か変わるかも知れないと、男はささやかに希望を持つ。これから面倒が待ち受けているだろうというのに、彼の足取りは軽かった。
 だが、「そんなものないかもしれない」。

 男が思うと同時、女にしては低い声が耳元で囁いた気がして立ち止まる。

「……あぁ、近々会う事になるかもな。」

 リゾットが口元に笑みを浮かべたまま答えた。ひひ、と誰かが笑ったような気がしたが、それもきっと気のせいだろう。

 そして、男は振り返ることなく薄気味悪い静かなそこから立ち去る。
いつまでも、吐き気がするほど甘ったるい嫌な匂いが…… 彼女がいつも纏っていた死臭が、男に纏わりついて離れなかった。

mae  tugi
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