帝王の花冠
シーラカンスの夢///

 ちゃぷりと波間に揺られる水の音が、ただ静かに眠り続けた空間へと広がっていく。やがて、ざざぁと細やかな砂が波に洗われる音が増え、気が付くと彼女の体は黒い海に浮かんで揺られていた。

「………… う、み?」

 ばしゃん。水を跳ね除けて少女が起き上がる。冷たい、と彼女の体はしとどと濡れた体に冷静な判断を下した。月明かりだけが頼りの寂しい夜の海岸沿い。自分の息遣いと波の音だけが響くその世界に少女は当惑する。

 ざぁ。ざぁ。ざざぁん。
 岩を打つ水の音を聴きながら彼女はすっと立ち上がった。不思議と胸に恐怖はない。夜の海は何かが現れそうな不気味な色をしているが、しかし彼女にとって夜とは絶対的な安心の時間でもあった。恐ることはない。彼女は夜と親しい。

 きらりきらりと輝く砂浜が銀に光る。月の冷ややかな光を一身に浴びながら、彼女はもう体のどこも濡れていないことに気がついた。不可思議だ。異常だ。少女は自分の服の裾に触れながら、すっかりと乾いていることにある一抹の結論を導き出せる。

 ここは夢の中だ。

 彼女がそう理解を下せば、水平線が見えた。彼女がそこで陽が昇るようにと意識を返したからである。ぐんぐんととどまる事を知らず昇る太陽は、やがて沈みそこねた月の隣に並ぶ。ほら、やっぱり、と彼女は納得を示す。

 同時に、少女は首をかしげた。

「……ディオ?」

 返事をするものはどこにもいない。夢の世界。海辺の幻想。その中で、彼女はたった一人だった。

 一歩、ちゃぷりと水に足を浸す。二歩、じゃぶりと深くに足を沈めた。

 ゆらりと体を傾けて、少女はワンピースをはためかせながら彼女は浅い海に身をゆだねた。どぼん。景色は一変する。
 青々とした世界の中で、彼女は平然たる顔つきで深く深くへと沈んでいく。ごぽりと口から泡が漏れても、彼女は海の中で呼吸ができた。自分が魚にでもなったかのような心地で、すいすいと少女は裾をひらりひらりと尾ひれのようにはためかせながら進んでいく。
 やがて光も淡くしか届かない、深い深い海底へと足をつける。ふわりと近くを漂う魚たちを横目に、ぬるく感じる海水の中を歩み始めた。

 いくらかの距離を彼女が歩いたところで、少女は探していた物を見つける。サンゴも生きない水底で、静かに横たわるその柩にそろそろと手を這わせた。

「……ディオ。」

 少女が棺桶に触れながら、その中で眠る人に思いを馳せる。ここが夢なのか、それとも夢が現実に紛れてしまったのか。彼女にはもはや分別がつかなかった。それでも彼女はいいと思っていたのは、手が届かなくとも、目の届くところにいつかの日々を思い描けるからであった。

「待ってる、から。」

 彼女の手が支えを失ったように、柩の中へと消える。吸い込まれるようにして彼女は中へと顔を飛び込ませることとなった。一瞬でも、その顔を見たいと彼女が思ったからだろうか。おそらくそうだろうと一人で納得をしながら、真っ暗な箱の中で少女はすぐそばの男の顔をじっと見つめた。

「待ってるから」

 でも、どこで。

 彼女は自分に問いかけた。どうやって彼が来てくれるというのだろうか。彼女は今一度問いかけて、それでも待っているとだけ答えを出した。
 触れるだけの口づけを、暗がりで眠る男に一つ。その柔らかな感触がやけにリアルで、少女は照れくさそうにしながら男の冷たい頬を撫でた。

「ディオ。」

 暗闇に赤い目が開く。輝いて見えるその赤と、一瞬、目線が交わる。だが彼が彼女の名前を呼び、手を伸ばすより早く。彼女は霧のように闇に溶けて消えていった。






 ぱちりと少女は目を覚ます。大きく大きく見える天井を見上げながら、彼女は動かない体に気がついた。まるで鈍い動きしかできず、口を開いてもろくに舌も回らない。どうにか掲げた両腕は、ぷっくりとしたもみじのような手。

「ぁう?」

 彼女は気が付く。そしてその後、両親は彼女のことを恐ろしく手間のかからなく、賢い自慢の娘だったと後に語る。

 白花がおよそ90にも及ぶ歳月に幕を閉じ、0から再び始めることとなったその時の話であった。


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死んだ際にディオ様が魂抱きしめたままディオ様がディオ様の世界にご帰還なすったのでそのまま連れてかれ、魂が行き場を失った末に空いていたからだ(何らかの形で魂が死亡した体)に定着して落ち着いた、とかそんな理由。

mae  tugi
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