しあわせになりたいわに
僕は君と海にいきたい///

 街中を行く人々は時折その二人を興味深そうに見たが、立ち止まって眺めるでもなく忙しなさそうに通り過ぎていくばかりだった。駅前のロータリーでわざわざ立ち止まっている日本人ではない男女など目立って仕方がないのだから、その視線も仕方がないだろう。

「遅い」
「ごめんって」

 へらり。男が笑ったので彼女は不機嫌そうにした。

「何年待たせるつもりだったわけ」
「いや、待っててもらうつもりもなかった」

 腕を組んでいる女性はすらりと長い脚を惜しげもなく魅せていたが、その不機嫌そうな表情が余りにも凄みのある表情で思わずさっと目をそらすばかりである。
 彼女は男の言葉にまた、眉根の皺が深くなった。

「じゃあ私が勝手に待ってたって?」
「え、あぁ… いや、その……」
「いいわよ、別に」

 短くなったたばこを苛立たしげにぽいと男の足元に放り投げた。じゃり、とアスファルトと靴底で男がそれを消してひょいと拾い上げて、手持ちの携帯灰皿に放り込む。頭をあげようとしたところで、その後頭部をぱしんと叩かれて、目を白黒とさせながら苦笑いしながら顔を上げた。

 待ち合わせに遅れた男を叱っているのだと誰もが判断して去っていく。
 リーゼント頭の少年がそのそばを通ろうとした時に、偶然彼と連れ立っていた別の少年が興味深げに彼らをみて声を上げた。あ!と大きな声をその少年が上げたので、周りを足早に歩いていく人たちがそちらをみたが、やはり、すぐに興味をなくして去っていった。

「マライア」
「なに」
「……待たせて悪かったな」

 男の長い金髪が揺れる。上体を戻そうとしたところで、再び頭を押さえつけられて地面を見る羽目になった。すまん、と男がもう一度謝った。その手が震えているのに気がついていたが、何も言わなかった。

「そう思うなら今日は私に付き合いなさい」
「かしこまりました、レディ」
「あと、」
「うん?」
「明日も付き合いなさいよ」

 ぷい、と彼女が、マライアが顔を背けたのを足元に写っている影を見て把握した。

「……あぁ。もちろん」
「わかってるんでしょうね、ほんとうに」
「もちろん、わかってるって。このあと、今日は付き合うよ。それから、明日も、明後日も明明後日も。来週も来月も来年もその次も付き合うさ」

 最も、彼らは自分たちをまじまじと見ている少年たちのことなんか気が付いてない。なにせ数年ぶりに会ったのだから。こんな辺境の島国で、偶然にも彼らは再会できたのだから。二度と会うことがないかもしれないと思っていた相手に会ったのだから、まわりのことを気にかける余裕などなかった。

 男が、ジーノがふと笑ったのに気がついて不機嫌そうにして、ぐっと頭を強く押さえつけた。ぺたりとその手を掴んで、ジーノが頭を上げた。へらりと笑いながら「マライア」と名前を呼ぶ。
 ゆるくその手を握って、小さい手だなと思いながらくちづける。振り払われはしなかった。

「愛してるよ」

 むっとした顔をしていたマライアが、唇を軽く噛んだ。きゅっと、彼女が一瞬顔をしかめたがすぐに鼻で笑いとばす。

「……よくそんなことが言えるわ」
「今のうちかなって」
「……恥ずかしい奴」

 呆れたと言いながらも彼女はその手を振り払わなかったし、馬鹿にしたように笑おうとしたのにそれにも失敗した。困り顔で笑っている彼女にその指摘をするでもなく、ジーノは緑の眼を細めた。まるで、眩しいものを見るかのように。
 すでにマライアの手の震えは止まっていた。その手を引いて、二人が雑踏に消えていくのはすぐだった。

mae  tugi
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