しあわせになりたいわに
真夜中のビスケット///
ジーノはいつも、暇ができると与えられている自室か広間の高級そうなソファに身を沈めてタバコを吸っている。
手触りのいいソファは腰を掛けると柔らかな背もたれにずるずると沈む。しばらくしたらひと仕事だ、と休憩していると広間の扉が開いた。
共有の部屋なのだから、誰が来てもおかしくはない。しかし、ジーノがいるときは少し事情が変わってくる。……少なくとも、傍目からみていたテレンスはそう思っている。
DIOの配下たちは、普段こそバラバラで一人一人が好きにやっている連中だ。スタンド使いで、なおかつビジネス関係という色も濃いゆえの単独行動と考えられる。当然、仲間意識があるような人間は少なく、それぞれが仕事をこなすだけといった印象が強い。
互いに面識がないものもいるかもしれない。それくらい、お互いには不干渉であった。
恐ろしげな風貌のものや、近づきがたい雰囲気のものも多い中、一人だけ、そうではないものもいる。あまりに浮いて見えてしまうその人は、そのくせ他の連中とうまくやっている男。気だるげで、見かける姿といえばテレンスの料理に舌鼓を打っているか、ペット・ショップと遊んでいるか、広間でタバコを吸っているようなイメージ。
それが大体のジーノのイメージだった。
豪壮な装飾がされた扉の隙間から顔をのぞかせたのはラバーソールだった。きょろりと見渡して、部屋に置かれているソファに目当ての人物を見つけて彼はにんまりと笑う。
「ジーノ!」
名前を呼ばれて首だけでそっちをみたジーノが返事の代わりに片手を挙げた。大体いつもの挨拶である。
ラバーソールが大股でソファに近寄ると、ジーノは鬱陶しいとばかりの顔をする。
「なぁんだよ、俺は今疲れてるんだぞ。」
「嘘つくんじゃあないぜ、どーせおつかいくらいしかやってねぇんだろォ〜?」
「おうよ。俺はこのあともお使いが三件待ってるんだぜ。」
「……いっそ哀れだな、おっさん。」
「ひっぱたくぞ。」
目ざとくジーノの気配を察知して顔をのぞかせたらしいラバーソール。背もたれに軽く腰掛けながらゲラゲラと笑いながら話していると、また扉が開く。
「お、ジーノじゃあねぇか。」
ひら、と手を挙げたのはテンガロンハットの目立つホル・ホースだ。ジーノもそれにおうと返す。ラバーソールがバシバシとジーノの肩を叩いて、また何か言っているのを聞きながらテレンスは隣接する厨房へと入っていく。
ホル・ホースが今度はジーノの隣に勝手に座り込んで「この間よぉ〜」と近況報告を始め、ジーノはまた始まったとばかりに首を振った。
賑やかさを増す一方の広間。その後ダンや普段人前に現れないデーボまで広間にやってくる。ダンは大概愚痴をこぼしていくし、デーボは仕事がどうだっただのと言いながら治療を押し付けている。
思い思いにジーノに話しかけ、ジーノもいちいちそれに律儀に返事を返す。だから揃いも揃って、彼のところに集まりやすいのだろう。
テレンスは厨房からちらと彼らをみていた。
ジーノはデーボが増やして返ってきた傷に文句を言いながら消毒液を無遠慮にぶっかけている。顔をしかめているのをみると相当にしみているらしい。ラバーソールが面白がってさらに脱脂綿で傷口を突っつき、裏拳を食らっていた。
以前、自身の兄・ダニエルと賭けをするなどという大層スリリングなことをしていたのも知っている。イカサマの手伝いをしている光景を見たこともあるので、それなりに仲がいいのだろう。
アレッシーと何か話してるのを見かけたこともある。そのときは二人揃って何やら下卑た笑みを浮かべていたことから、何を企んでたのかは想像に固くない。実際、数日後にふたり揃ってヴァニラ・アイスにブチギレられていた。
オインゴ・ボインゴ兄弟と話していることさえある。ボインゴが比較的ジーノに心を開いていることも知られており、オインゴが仕事で離れる時にはよくジーノが様子を見に行っていた。
ンドゥールとエンヤとヴァニラに囲まれていることもあった。内容はいつもどおり、我らが主人に関する熱い語り合いである。大体その後ジーノは疲れたといって外へ出かけていく。その時にいつも食料庫からなにか持ち出しているのをテレンスは黙殺していた。
主人に呼び出されることもある。自身らがDIOに会った時にはすでにジーノは配下として控えていた。その頃は渋々とDIOの身の回りの世話までしていたそうで、テレンスが来てからは楽になったと喜んでいたのも覚えている。
ペット・ショップの世話も半ばジーノが行っている。他にも、アヌビス神を取りに行ったのもジーノだったし、意外と彼は仕事をさせられている。時には新しい信者と配下を増やすために外へ赴くこともある。
ともあれ。彼の周りは、いつもそうやって賑やかなのだ。
彼のもとに来ては、大概は他愛のない話をして「じゃあまたな」と去っていく。そんな面々にジーノも「またな」と返事をする。
デーボからの裏拳をくらったラバーソールは結局無傷で、ゲラゲラと笑っている。ホル・ホースはこの間出会った女性がいかに素晴らしかったかをジーノに聞かせている。その間にも随分と慣れた手つきでジーノがデーボの傷にガーゼをあて、包帯を巻いていた。最後の一箇所だったのか、その手当が終わったところでジーノがべしんと包帯の上から叩く。痛かったのか、また顔をしかめたデーボが文句を言いながらジーノを睨んだ。
ダンがふと時計を見て時刻を言う。ラバーソールはこれから仕事があるらしく、めんどくせぇなどと文句を言いながら立ち上がった。ホル・ホースも出かけるつもりだったらしく、ジーノを誘ったが彼も仕事があると断ったので次回と約束を取り付けて立った。デーボが肩をぐるりと回し、包帯の巻き具合やテープの止め具合を確認してジーノに礼を言う。
ラバーソールが威勢良く広間から去っていく。ホル・ホースがテンガロンハットのかぶり具合を直しながら上機嫌に出て行った。デーボが片手を挙げたのにジーノも同じように返す。デーボはこれから休むつもりなのか、のろのろと部屋へと戻っていった。だいぶ愚痴を言ってすっきりしたらしいダンも用事があると言ってどこかへと向かっていった。
ぞろぞろと体格のいい男が集まったかと思えばあっという間に去っていく。広間に戻ってきた静けさに、黙って様子をみていたテレンスが口を開いた。
「あなたがいるとまるで嵐でも通ったような気持ちになりますよ。」
「俺のせいかぁ?」
現れたかと思えば去っていく幾人。その面々を思い出しながらテレンスは、今一度ジーノを見た。
テレンスの料理に舌鼓を打っているか、ペット・ショップと遊んでいるか、広間でタバコを吸っている。
ジーノという男はどこにでもいそうな人間だ。だが、あまりに普通だからこそ、それが場にそぐわない。スタンドが強力だからこその余裕をもっているのだろうか。傲慢や慢心ではない。彼は自分が誰かに殺されることはないとわかっている。
わかっているからこそ、例え暗殺者であろうとそれがただひとりの人間としてジーノは付き合える。
「テレンス?」
安心してるのだろう。テレンスは考える。
この男は誰の味方にもなり難いが、誰の敵になることは決してないと。誰もが理解してしまう。そう思うと、誰もがこの男に他愛のない言葉をかけていく理由がわかるような気がした。
「……人望があるんでしょう、それだけ。」
「変なこというなよ。モテても嬉しくねぇなァ。」
そう言いながら照れくさそうにジーノは笑うのだ。だから、テレンスも小さく笑う。
「夕飯にしますか。」
「おお、待ってたぜ俺の楽しみ。」
ジーノが身を乗り出すようにしながら立ち上がる。食卓へといそいそと向かい、着席するのを見ながらテレンスは今日もジーノに食事を振舞うのだった。
mae ◎ tugi