しあわせになりたいわに
紅茶の海///

 相変わらず、四六時中薄暗い館の中をジーノは少しばかりペースを落とした速さで歩いていた。

 ここはエジプト、カイロにあるDIOという男が住まう大きな建物の中である。曰く、人ならざる存在であるDIOに部下になるよう勧誘を受けてはや数年。いつの間にか館の面々の中では古参になってしまったジーノは今日も仕事を言付かっていた。今日はまず、主人のために食事を用意しなくてはならなかった。

「おや、ジーノ。」
「テレンス、DIO様が食事を希望しているってさ。ヴァニラが。」
「かしこまりました。すぐにご用意いたしましょう。しかし、あなたもいつも屋敷の中をあっちこっち歩かされて大変ですねぇ…。」
「そう思うならまずはあんたが俺のことを伝言番にするのやめてくれよ…。」
「嫌ですよ、便利ですから。」

 そう言いながらテレンスは洋服の裏側にしまっていた時計を一つ取り出して、ジーノの前で軽く揺らした。品のいい懐中時計は、以前ジーノがテレンスに渡したものである。

「人のスタンドを伝言番にするやつもそうそういねぇよ…。」

 テレンスが持つ懐中時計にこそジーノのスタンドが使われている。懐中時計にはスタンドが憑依しており、そこから射程距離を度外視して情報が返ってくるのだ。
 この特性はまったくもって本質的な能力ではなく、言うなれば憑依したことによる副産物に過ぎないのだが…… 情報伝達には楽だといって幾人かはジーノを交換手とした電話替わりに用いている。
 といっても相互間で情報をやり取りできるわけではない。全てジーノに伝わるというだけなので、結果として彼は伝言係として館を往復させられることが多いのである。

 執事として職務が詰まっているテレンスはとくにこの時計を愛用していた。手が離せないから、といって雑用を押し付けてくることも多い。結局、外行きの仕事が言い渡されるまでは館で働くしかないジーノは彼の手伝いをしていることがほとんどであった。

「そういえばジーノ。」
「うん?」
「近々大きな仕事が舞い込むかも知れません。」
「あぁ、なんかヴァニラもそんなこと言ってたなぁ……。俺も忙しくなるのかなぁ。」
「どうでしょう。私たちまで動くようなことはめったにないと思いますがね。」

 そうであってくれなきゃ困る。ジーノもテレンスも口にしないが、言外にそう意味を込めてため息をついた。
 テレンスもジーノも、あまり荒事には向いていないのだ。スタンドが。

「……まぁ、どうにかなるだろ。」
「相変わらず楽観的なことを言いますね。」
「信頼してるだけだろ。DIO様のお膝元だし、ヴァニラもいるし、ペット・ショップもいるし、ケニーもいるしな。」
「ンドゥールたちも近々こちらに来るそうですからね。」
「いよいよ大掛かりだなぁ。」

 テレンスが用意した紅茶を飲みながら、少し上を向いて思考をぐるりと回す。順番に館に関わる者を思い起こしながら、おそらく出番はないだろうと思い至る。それだけ、DIOのもとに集まっているスタンド使いたちは強力だと知っていたからだ。

「大丈夫だろ。」
「えぇ。」

 心配には及ばない。

 だいぶ前、ジーノはDIOに呼ばれジョースターの存在を聞かされていた。それなりの信頼があってのことだったのか、それとも数年も配下としている実力を買われたのか。主人から聞かされた荒唐無稽にも思える話が現実味を帯びてきたことをジーノはただひとり実感していた。
 数年配下でいるとはいえ、ジーノ本人に忠誠心というものはない。少なくとも本人はそう思っている。ただ、給料がいいだとか待遇は悪くないだとか、彼なりに思うところはあったのでDIOの元にいる。だが、因縁に否応なく巻き込まれるであろうことを彼は前から知っていた。

 テレンスのいう”大掛かりなこと”がそれに関わってくるだろうことも想定していた。それでも、ジーノは「大丈夫だろう」と呑気なのか信頼なのかわからない言葉を返す。
 彼はいつでもそうして焦ることがないのを知っているテレンスは、もう一度、呑気な人だと言う。ジーノはカップを軽く持ち上げて、にまりと笑った。



mae  tugi
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