本日、ゴースト日和。
くるり、てもちぶさたの。///

 一つ、あらゆる物質を通り抜けることができる。
 まさに幽霊らしくて、それでいてとても便利でよいとひよりは満足げであった。人さえも通り抜けてしまうと知ったときは、永遠にも似た時間をひとりで過ごすのかと不安にも感じたが。どうしようもないのも事実で、彼女は割り切った。

 一つ、声が聞こえる人間もいる。
 これは嬉しい発見であったが、聞こえるといっても気のせいで片付けられるようなささやかな声らしい。時折反応を示す人間が幾らかいたが、大半は反応さえない。どれだけ耳元で喋ろうと風が通ったくらいの扱いで、寂しさが倍増したのでやめた。

 一つ、触れようと思えば物に触れられる。
 落ちそうになっていた花瓶が、とうとう落下した瞬間のことだった。割れてしまうと咄嗟に手を出したところ、意外なことに触れられた。人にもちょんと触れることができたし、ペンを持つこともできると知ったのだ。


 くるりと手元のペンを回しながら、彼女はぼんやりと考える。目の前にいるおかっぱ頭が特徴的な青年はペンがなくなったことに気がついていないし、ペン回しをして遊んでいるひよりに気が付いてもいない。
 触れたものに関しても幾らか細かなルールがあった。基本的に、ひよりが触れているものはひより同様に実体をなくす。透明になって、同じように透過してしまうらしい。きっと彼らがその瞬間を見たとしたら、目の前で消えてしまうように見えることだろう。そして、これは無機物にのみ有効である。人は触れても消えることがない。

「ブチャラティくんも大変だね。」

 青年の名前はブチャラティというらしい。それを知ったのは、偶然本部で見かけてからその後ろをついて行ってみたからだ。彼はギャングに属しているものの、なかなかの好青年で、街のあちこちから声をかけられていた。どうしてそんな人間がギャングに、と思わなくもないが、事情というのは人それぞれだと適当に区切った。
 そんな彼が書いているのは始末書である。おもにチーム内のちょっとした不祥事により破損した物品への。組織らしいといえば組織らしいが、少々めんどくさそうなそれを書くブチャラティはまだ若い。ひよりと同じか、それより下だろう。よくそんなものが書けると感心するばかりである。

「意外と物品管理が雑だよね、パッショーネ。」

 彼女のつぶやきが聞こえるわけでもないし、ペンが一つなくなっていることに気がつくこともない。まぁいっかと、これまたどこからか拝借したポシェットに収納した。倉庫の奥底にあった埃をかぶったアイテムを幾らかこのポシェットに入れている。メモ帳とペンと、ちょっとしたアクセサリーにあぶなっかしいナイフくらいだ。
 倉庫にはいくつか銃も放置されていた。物珍しさから暇なときにはカチャカチャといじってみてはいるものの、使い方はイマイチわからなかった。
 デスクの端っこをかりて、ひよりも新しい発見やちょっとしたメモを書く。やることがなくて暇な彼女の趣味といえば、こういった情報収集くらいなものであった。

「さて、ボス探してこよっと。今日はいるかな〜。」

 ブチャラティくんの目は今日も綺麗でした。とさらりと描かれた似顔絵の横に書き終えてひよりはふわりと空に浮かぶ。またね、と意味もなく告げて彼女は根城に戻っていく。
 ふとブチャラティがつられるように顔を上げたのだが、気配を感じたからなのか、声が聞こえたからなのかは定かではない。少なくとも、ひよりの存在に気がついたわけではないのは確かで、またすぐに視線を書類に戻したのであった。

 するすると壁を通り抜けて屋上に上がる。ここがイタリアであると知ったのもだいぶ前だ。見慣れないが、どこを見てもなかなかに景色は素晴らしい。日本とは大違いの洋風で、暖かな町並みをひよりは気に入っていた。
 屋上から屋上、屋根から屋根へと猫の散歩のように伝っていく。影さえも写らない彼女に視線を寄越すものはない。

「このまま誰とも会わないのかなぁ。」

 淀みなく帰り道を歩いて、勝手に住み着いている部屋へと戻ってきた。今日はドッピオもボス(確信を得たわけではないが、暫定的にそうだと彼女は自信がある。)もいない。
 つまんなーい、とその椅子に腰掛けてはくるくると回る。きっとだれかがこの光景を見ても、椅子がひとりでに回っているだけだろう。ここにいるひよりのことなど誰も気がつかないのだろう。
 そう思うと、無性に気が重くなった。


mae  tugi
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