夜の女王
24///

「あるところに。」

 ノッテが口を開いた。

「あるところに、一人の少女がおりました。」

 部屋に居たギアッチョとペッシが顔を見合わせた。新聞を開いていたプロシュートが視線を移した。部屋に入ってきたソルベがソファに腰を下ろした。






 彼女に名前はありません。

「そりゃあなんでだ。」

 誰も教えてくれなかったからです。

「パードレもマードレも。」

 ええ、そうです。彼女にはいませんでした。

 だから彼女は名前がなかった。




 プロシュートはすっかりと紙に目を落とすことをやめてしまい込んだ。ギアッチョが頬杖を付いて、すこしばかり退屈そうにしながらもしっかりと聴いていた。ペッシはちらちらとノッテとプロシュートを時折見る。ソルベは、ただ座っていた。




 彼女は。

 彼女はくじらのうたをきいていました。

「くじら?」

 そうです。とてもおおきなおおきなおおきなくじらです。

「そいつに名前は。」

 くじらの なまえ。

「覚えてないのか?」

 いいえ、いいえ、覚えてます。けれども、思い出せないのです。

 あんなに長いあいだ、一緒にいるのに。

「どれくらい長いあいだ一緒だったんだ。」

 ずっと、ずっと。

「それで、そうだ、くじらの名前は。」

 なまえ、なまえ。なまえがないの。わたしにだれもくれなかった。おしえてくれなかった。くじら。くじら。まいにちないてる。おおきなくじら。くじらくじら。

「ノッテ?」

 ノッテ。ノッテ。ノッテ。セラータ。ネエロ。アルバ。レジーナ。

「忘れてしまったのか。」

 カンツォーネ。バレーナ。ブーヨ。オスクリタ。ステッラ。ステッラ。

 ちがう。わすれてなんか。

 





「レジーナ。」

 ノッテが目を覚ました。

「……めろーね」

 覗き込んでいるのはメローネだけである。目を覚ました彼女は、そこがメローネの部屋だと気がついた。ぼんやりとしたまま、周囲をきょろりと見渡す。

「大丈夫?」
「……だいじょうぶ。」

 まるでオウム返しだ。意味を理解せずに言葉だけを返す。頭の中にはぐるぐると、言葉が回っていた。



mae  tugi
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