夜の女王
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「あるところに。」
ノッテが口を開いた。
「あるところに、一人の少女がおりました。」
部屋に居たギアッチョとペッシが顔を見合わせた。新聞を開いていたプロシュートが視線を移した。部屋に入ってきたソルベがソファに腰を下ろした。
彼女に名前はありません。
「そりゃあなんでだ。」
誰も教えてくれなかったからです。
「パードレもマードレも。」
ええ、そうです。彼女にはいませんでした。
だから彼女は名前がなかった。
プロシュートはすっかりと紙に目を落とすことをやめてしまい込んだ。ギアッチョが頬杖を付いて、すこしばかり退屈そうにしながらもしっかりと聴いていた。ペッシはちらちらとノッテとプロシュートを時折見る。ソルベは、ただ座っていた。
彼女は。
彼女はくじらのうたをきいていました。
「くじら?」
そうです。とてもおおきなおおきなおおきなくじらです。
「そいつに名前は。」
くじらの なまえ。
「覚えてないのか?」
いいえ、いいえ、覚えてます。けれども、思い出せないのです。
あんなに長いあいだ、一緒にいるのに。
「どれくらい長いあいだ一緒だったんだ。」
ずっと、ずっと。
「それで、そうだ、くじらの名前は。」
なまえ、なまえ。なまえがないの。わたしにだれもくれなかった。おしえてくれなかった。くじら。くじら。まいにちないてる。おおきなくじら。くじらくじら。
「ノッテ?」
ノッテ。ノッテ。ノッテ。セラータ。ネエロ。アルバ。レジーナ。
「忘れてしまったのか。」
カンツォーネ。バレーナ。ブーヨ。オスクリタ。ステッラ。ステッラ。
ちがう。わすれてなんか。
「レジーナ。」
ノッテが目を覚ました。
「……めろーね」
覗き込んでいるのはメローネだけである。目を覚ました彼女は、そこがメローネの部屋だと気がついた。ぼんやりとしたまま、周囲をきょろりと見渡す。
「大丈夫?」
「……だいじょうぶ。」
まるでオウム返しだ。意味を理解せずに言葉だけを返す。頭の中にはぐるぐると、言葉が回っていた。
mae ◎ tugi