夜の女王
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「目、閉じてろよ、いいな。」
こくんと頷いたのを確認してホルマジオはシャンプーを手に広げる。長い黒髪は痛みも少なく、洗いやすかった。ただ、やはり汚れが溜まっていたのか、泡立ちが悪い。がしがしとノッテの髪を洗うホルマジオはなぜ自分がこんなことをやっているのかと呆れながらノッテの洗髪を続けていた。
「自分で風呂に入ったことはねぇのか。」
「いらなかったから。」
「んなわけあるか、ボケ。ちゃんと入れよ、女なんだから。」
「……わかった。」
ざーざーと水が長い髪を流れていく。泡を流しながら、ふとホルマジオは何かを思い出していた。既視感を感じながらそれをたどっていると、ノッテが思い出したように名前を呼んだ。
「ホルマジオ。」
「あ?痛かったか?」
「違うよ。」
じゃあどうしたんだ、とホルマジオが聞き返す。悩んだように一瞬沈黙してから、ノッテは改めて口を開いた。
「今日は見つからなかったでしょ。」
「は?」
「あのね、テレンツィオ・パレンティは、ルーベンって名乗ってるから、テレンツィオを探しても見つからないよ。アルフォンソの名前もさっさと捨てちゃったから、探すならルーベンか、ベルナルドで探すといいよ。」
ホルマジオの手が止まる。シャワーの音だけがシャワールームに響いていた。
「なん、お前が……。」
彼女が告げた名前は、今日ホルマジオが探っていた男の名前である。それはパッショーネと折り合いの悪い組織の男である。縄張りがちょうど隣接しており、何かといざこざが起きるので、とうとう始末するという話しになったのだ。
数日前にやってきたばかりの少女が偶然知っているような相手でないのは当然である。
しかし、彼女はきっちりと言い当てた。テレンツィオという名前どころか、ようやく掴んだいくつかの偽名までもである。ホルマジオは息を呑む。
「……内緒だよ。」
ノッテが小さく言った。ホルマジオは彼女が少しだけ俯いたことに気が付く。それから、ふと、彼女のことを思い返す。
リゾットのことをぴたりと言い当てたのは彼女であったことを。同時に、彼女が暗殺チームのアジトに住むこととなった交換条件を。
理由や方法がどうであれ、彼女は知っている。とても多くのことを知っている。だから命を狙われるし、ここにいることになったのだ。
「……しょーがねぇな、お前ってやつは。」
しかしホルマジオは彼女があまりにも知らないことに呆れていた。彼女の髪に残る滑りをお湯で落としながらくっと笑う。
ホルマジオは思い出していた。飼ってる猫のことである。黒い毛並みではないが気まぐれで、つんとしているくせに時々妙に甘えてくる猫のことだ。その猫はいつもつんとしているが、毛並みを整えてやるとうろうろとしたあとににゃあと鳴く。それからホルマジオに近寄って、足元で丸くなるのだ。
「こういう時はな、普通に、ありがとうっていや十分なんだよ。わかったか、ノッテ。」
ノッテがすこしだけ振り返ろうとして、ぼそぼそと小さく何か言った。ホルマジオはおうと返した。
mae ◎ tugi