夜の女王
13///

 最初に帰ってきたのはホルマジオだった。
 リビングにペッシの姿がないことを少しばかり疑問に思ったのは、ホルマジオはペッシがノッテから離れないだろうとアタリをつけていたからである。
 たしかに、ペッシはしばらくノッテと同じ部屋にいたが、それもすでに数時間前のことである。出迎えが全くなかったことを多少残念に思いながら、ホルマジオは静かにノッテに近寄った。
 その寝顔を覗いて観察でもしてやろうと、少しばかり悪戯心が湧き上がったからであった。

「おかえりなさい、ホルマジオ。」
「うぉ、起きてやがったか……。」

 そろりとソファを覗き込んだところで、ぱちりとノッテが目を開いた。相変わらず表情に乏しいまま、彼女ははっきりとした声でホルマジオに言葉を投げかけた。
 驚かされたのはホルマジオのほうである。てっきり眠ってると思っていたし、足音を消していた自分に気が付くことはないだろうと信じていたのだ。見事に裏切られて、がっかりそうにホルマジオはただいまと返した。

 ノッテがいるのとは異なる、一人がけのソファに腰を下ろしながらホルマジオは改めて彼女をまじまじと観察する。連れてこられたときと大差ない白いワンピースに身をまとっている彼女がソファで寝ている以外の姿を見た記憶が彼にはなかった。
 そこでホルマジオははたと気がついた。

「ノッテ、お前、風呂入ってねぇな?!」
「…………。」

 ぼんやりとホルマジオを見ていた黒い目が、すぅっと横へそらされる。図星であった。

「他の服はどうした!?」
「……ないよ。」
「無い!? メローネは!?ペッシもいたろ!?」
「いないよ。」
「おいおい、冗談だろ…………あの野郎、持ち込むだけ持ち込んで放置かよ…?!」
「仕事で忙しいもの。」

 そういう問題ではないとホルマジオはがしがしと頭をかいて、とうとううなだれる。ペッシがリビングにやってくる気配はない。他の面々、特に彼女と唯一の面識者であるメローネが帰ってくる気配もない。
 ホルマジオはとうとう困り果てながら、もう一度ノッテを見た。

「着替えはねぇのか。」
「うん。」
「今までどうしてたんだ?」
「もらったり、してた。」

 また目が泳いだ。表情は少ないが、存外わかりやすいやつだとホルマジオは苦笑する。同時に疑問に思う。こんな普通の子供に、なぜ、自分は最初驚いたりしたのだろうかと。
 一番初め。ノッテが廊下を満たした黒々とした霧の中から姿を現したあの時。ホルマジオは咄嗟に身を引いていたのだ。危険だと思いながら、近寄りたくないと本能的に後ずさったのだ。そのことを不意に思い出し、ホルマジオは息をつく。
 なんてことはない。すこし変わってるだけで、驚異になりそうにはない、と。

 おとなしくしているノッテを三度見返してホルマジオは立ち上がる。同時に、ノッテがぼんやりとした声でぽつと言葉を発した。

「メローネが持ってる。」
「あ?」

 横を向いていた首が、ゆるやかにホルマジオを向いた。黒い黒い、ねっとりとした目がこちらを見た。その目がホルマジオはあまり得意ではなかったが、慣れればそうでもないのかもしれないと見返す。ぱちりと大きな黒目が瞬きをした。

「メローネが私の服、買ってる。」
「そりゃよかった、とってくるからちょっと待ってろ。」

 こくりとノッテが頷いたのを見ることなく、ホルマジオはメローネの部屋をあさろうとリビングを立ち去った。彼は考えていた。彼女をどうやって風呂に突っ込むかを。



mae  tugi
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