本日、ゴースト日和。
よろしく、みしらぬきみ。///
がちゃんと重々しい音を立てて開かれる扉を見るのは珍しかった。なんせ、彼女が住んでいたのは日本で、鍵のついた扉といえば玄関とトイレくらいなものだったのだ。
当然のように音に反応して振り返る。開かれた扉の向こうには男がひとり。いや、まだ少年というべきか。片手に何か……大きめのストラップらしきものを持ちながら誰かと話すようにして部屋に入ってきた。
「はい、大丈夫です!はい、はい。」
ひよりのことなど見えていない。「ああ、やっぱり」と落胆にも似た気持ちを抱きながら、するりと部屋の隅へと浮かび上がる。行くあてもないし、どうしたらいいのかもわからないが、とりあえず目の前の少年を観察することにした。
ストラップに向かってぺこぺこと頭を下げたりしている様子には見覚えがある。通学中にもテレビでもよく見かける、サラリーマンが上司と喋ってる時の姿だ。彼の手にあるのはどう見ても電話ではなかったが彼には電話として機能しているのだろうか。そうだとしたら随分と不可思議な光景であった。
電話口から相手の声が聞こえることはない。それが本物ではないのだから当然なのだが、しかし彼は確かに誰かと会話している。興味深かった。
単なる好奇心だけではない。自分の体が消失してしまうという大変困惑する事象に巻き込まれた今、不可思議な現象全てに解決の糸口があるのではないかと思ってしまうのだ。藁にもすがる想いとでも言えばいいのだろう。ともかく、ひよりはもうしばらく気弱そうな少年を観察することに決めていた。
「……はい、わかりました。必ず、成功してみせます。」
ひよりが観察している少年の名前はわからない。紫の髪と柔らかいオレンジの目、時折みせる真剣な顔も整っているが、どこかまだ幼い。それよりも多くみせる笑顔が本当に嬉しそうで、見ている方まで嬉しくなってしまいそうだった。どこか気弱に見えるのだが、やるときにはやるタイプなんだろうなぁと検討をつけて、少年の観察はひとまず打ち切った。
続いて、彼の電話だ。電話相手が”ボス”と呼ばれていることはよくわかった。何度か少年がそう呼んでいたからであるが、もしかするとその”ボス”が何か特別な力でも持っているのだろうか。そうだとしたらひよりはその人物を探さなければならないし、どうにかして接触しなければならない。
だが、いくつか不安が残る。
そもそも自分を認識してくれるのだろうかという不安。それと、その”ボス”がなんのボスなのかである。嫌な予感しかしない呼び名だ。普通に生活していたのならば、一生関わることはなかっただろう敬称ではなかろうか。
できることなら関わりたくはない。しかし、仕方がないのだ。緊急事態だし。
そう心に決めてからもひよりはふよふよと宙に漂っていた。漂いながら、器用に空中に寝そべっては頬杖をつく。大分、実体のない体との付き合い方もわかってきた。疲れる気配もないというのはなかなかに便利だ。
彼女はしばらく少年に付きまとうことに決めた。なんせ行動するにしても情報が少なすぎる。ここはどこかもわからないし、迷子になったら困る。ボスとやらに会ってみたい気持ちはあるが、そのボスについてもさっぱりわからない。だから暫くは、彼には悪いが、情報源になってもらうことにしたのだ。
「よろしくね、名も知らぬ少年。」
「ん?」
何気なく呟いた声は届いているようで、届いていないようであった。
mae ◎ tugi