甘い死に歌
甘い死に歌12///
※名前変換なし
※チョコラータ成り代わり(女)
-----
チョコラータがいたものより少しばかり小さい箱。そこに強引に詰め込まれていたものを、両手で取り出したリゾットは僅かに眉をひそめた。
「これは……。」
「あぁ、それだそれ。ちょっとこっちに持ってきてくれるか?」
誰もが出てきた下半身一式に目を丸くした。誰かは驚きの声を漏らしたし、誰かは目をそらした。そのパーツの持ち主であるチョコラータだけが平然と、なんの問題もないとばかりにリゾットへ告げる。リゾットは返事をすることができなかったが、下腹部から切り落とされているそれをチョコラータの近くまで丁寧に運んだ。
「あわよくば殺す気だったんじゃねぇかな。ティッツァーノめ…。」
「ねぇ、」
ぶつくさと文句を言うチョコラータにメローネが声をかけようと口を開いた。それはちょうど、体から切り離された下半身をプロシュートが興味深そうに見ていた時で、なおかつホルマジオが別の郵便物を次々と開封していたときでもあった。
「先生、この体どうするの?」
「ぬぉおお?!」
メローネがチョコラータの顔を覗き込みながら問いかけたのと、ホルマジオが悲鳴を挙げたのは同時であった。何事かと全員の視線がつられる。
メローネだけであった。その時、チョコラータがにやりといつもどおりの笑みを浮かべているのを、見たのは。
「どうもしねぇよ。」
ずるりと箱から出た腕が動く。咄嗟に後ずさったホルマジオを無視して、冷たいだけの腕は尺取虫のように蠢きながら本体の方へと移動していった。床に置かれたままだった下半身も、ふらふらと不安定な動きをしながら立ち上がる。そして、のたのたと歩き出した。
「これは……。」
「よしよし、てっきりダメになってるかと思ったがそんなこともなかったな。」
「おいおいおいおいまてまて、なんだこりゃあ!?」
「気持ちわりぃ!」
「兄貴!腕が!足!腕!」
「うるせぇぞペッシ。しっかし、気色悪いな、てめぇ。」
思い思いに声を上げながら、彼らは不気味と呼ぶよりない光景を見ていた。バラバラにされた手足がひとりでに動いている。その現象に理由がつけられないわけではないと分かっていても、およそ普通ではない光景に暗殺者たちも絶句した。
チョコラータだけはいたずらが成功したと言わんばかりである。それを察していたメローネも同様だ。
そして、足元までたどり着いた腕をメローネが拾い上げる。それは右腕だったので、チョコラータの肩口に合わせるように近づけた。
「これ、ここ?」
「あぁ。」
「うわ!くっついた!きめぇ!」
「てめぇ後で覚えてろよ。」
ぴたりと合致した右腕。境目はくっきりと残ったままであったが、知らなければバラバラにされていたなどと誰も思わないことだろう。
ぐるりと肩を回す。何度か手を開いたり閉じたりと繰り返して感触を確かめるチョコラータ。良好、と小さくつぶやくと同時に、メローネの足元には左腕がやってくる。
「な、なぁ、先生よぉ。そりゃあ、どういう仕組みなんだ?」
「スタンドを使ってるだけだぜ。」
「俺先生のスタンド知らないや。」
「ならこういうものだと勝手に思ってな。」
「ぜってー嘘だ。」
メローネに差し出された左腕を肩に合わせながらチョコラータは答える。
彼女の両腕がきっちりと戻ったが、下腹部から下はすっぱりと損なわれたままだ。メローネがその両脇を支える。近くまでよろよろと近寄ってきた下半身。チョコラータはケーブルでも繋げるようにして、体を修復させる。最後に、一本だけ残された足をはめこむようにして断面に触れさせた。
好奇心と緊張の面持ちで見守られる中、全ての部品が人の形に戻っていった。チョコラータは平然とした顔で立ち上がる。おお、とペッシが声を上げた。
「いよいよ化物だな。」
「先生のこと今日からフランケンシュタイン博士って呼ぼうか?」
とんとんと足の調子を確認しているチョコラータ。体につぎはぎはないが、ところどころにくっきりと浮かぶつなぎ目が残されたままである。皆がそれをまじまじを見つめている。ホルマジオがほぉと声を漏らし、メローネが冗談混じりにそういった。肩から布一枚をかけているだけという強烈な姿のまま仁王立ちしている彼女に、ペッシだけが慌てている。ギアッチョとプロシュートがそんなチョコラータに、やはり女としては見れないと辛辣な一言を投げかけた。化物扱いの彼女は相変わらず愉快そうに笑みを返すだけであった。
ふと、賑やかさを取り戻しつつあった中でリゾットが贈り物へと目を向けた。余分な腕と箱が一つ、まだ残されたままである。無言でそれを拾い上げるリーダーへとチョコラータが視線を移したことで、つられるように全員の目が向いた。
「あ。」
「チョコラータ、これは……誰の腕なんだ。」
「そりゃあ私が切り落としたやつのだなぁ。」
「そうか。こっちの箱には何が入っている?」
「そりゃあ私が輪切りにした足だろうなぁ。」
「そうか。」
淡々と問いかけた後、リゾットが最後のふた箱を開ける。
たしかに、そこには足が入っていた。いや、正しくは、かつて足だったものが入っていたというべきだろう。丁寧に一枚ずつ額縁に収められている小さな芸術品。その中身が誰かの足だと聞かされて、さすがの暗殺者たちも顔をしかめる。
「チョコラータ。」
「なんだ。」
「お前は誰を……。」
誰をばらしたんだ。
リゾットがそう問いかけようとした時であった。間の抜けたチャイムの音。残りの荷物が到着したようである。会話を中断させてリゾットが玄関へと足を向けた。ホルマジオもプロシュートも体をそちらへ向ける。ギアッチョとメローネ、イルーゾォとペッシは顔を見合わせた。チョコラータは、そのままの格好でリゾットについていく。
「あ、おい、あんたそのまま出る気かよ!?」
ホルマジオがぎょっとした顔でそれに続く。せめて下着くらい、と言いたかけてそんなものがないことに気がつく。その言葉を聞いてメローネが部屋を飛び出したのをギアッチョだけが見ていた。
「お届けものでーす。」
外から女の声がした。聞いたことのあるその声は、少し前にチョコラータとおまけを届けた輸送チームのものであった。リゾットがちらりと、タオルを体に巻いているだけのチョコラータを見たが、今はそれどころではないと扉を開けた。
「セッコはどこだ。」
「はい? あ、先生じゃないですかぁ。また大胆な格好ですね!」
「うるせぇ、いいからさっさと荷物をよこせ。」
「はいはい、わかってますって! じゃあ判子を…… はい、たしかに! では、大型三点、以上九点、ご確認くださーい!」
彼女が言うやいなや、大きな箱が運び込まれる。ごとごとと音をたてているその箱を見て、チョコラータは額に手を当てた。
「セッコ……。」
「うぉお?!チョコラータ?!これ、どうなってるんだぁあ!?」
「今出すからおとなしくしてなさい。」
「お、おう!」
荷物とともにリビングへ戻ったチョコラータが、一際ごとごとと蠢いている箱を開けていく。一拍遅れて戻ってきたリゾットが残りのふた箱を見る。しばらくじっと見たあと、中身に検討をつけて、テープを切った。
「チョコラータ!」
「セッコぉ、よ〜しよし、ちゃんとやってくれたなぁ、後でちゃんと褒美をやるからな!」
「おう!」
箱を開けるやいなやセッコに飛びつかれてチョコラータは床に転がった。相変わらずこのコンビは、と呆れている周囲をよそにチョコラータはセッコの頭を撫でる。チョコラータに擦り寄っているセッコは、そこでようやく、彼女が服を着ていないことに気がついた。もっとも、セッコには見慣れたものであったので、それ以上気にすることはなかったが。
そこへメローネが部屋へと戻ってくる。手には、ある程度普通な女性物の衣服が携えられていた。
「先生俺のでいい?」
「仕方がねぇから着てやろう。」
「上から目線だなぁ!」
「チョコラータ。」
メローネから手渡された服に袖を通すチョコラータに、リゾットが声をかける。その視線は、今しがた開けられた二つの箱に向けられたままであった。
「死んでるか?」
中身を知るチョコラータがリゾットに問いかけた。
「いや……かろうじて生きている。」
「そりゃあ良かったぜ。」
リゾットの返答に、彼女は興味なさそうに頷いた。
開かれたそれぞれの箱には、ソルベとジェラートが収められており、その様子はまるで柩のようであった。それに気がついたホルマジオとプロシュートは音を立てて近寄った。メローネは手渡す途中であった上着を地面に落とす。ギアッチョとイルーゾォ、そしてペッシは身動きさえ取れなかった。
「い、生きてんのか……っ! 本当だな!」
「あぁ。脈も呼吸もある。寝ているだけだ。」
「寝てるだけ? これでか。」
「だいぶ残ってるだろ? 感謝してくれていいぜ。」
はぁ、と詰まっていた息を吐き出したホルマジオ。それに対してプロシュートはチョコラータを睨みながらいくらか低い声を出した。睨まれている彼女はメローネが渡しそびれた上着を拾い上げながら、何でもないように答える。
意識のないソルベとジェラート。彼らの手足は、足りていなかった。
「プロシュート、よせ。」
「あぁ、わかってる……わかってるつってんだろうが。」
室内にある腕と脚の数は不足していない。誰がそうしたのかについては、本人の口から、直前に答えが出ていたのだ。ただ、本来の持ち主が誰か、たった今判明しただけで。
苛立ちを隠しきれないプロシュートにリゾットは冷静な声で静止を呼びかける。怒りを持っているといっても、とうに理解しているプロシュートは素直に頷いた。だがやはり、仲間への仕打ちには納得がいかないと顔にありありと書かれていた。
「治せないか?」
「無理だな。時間が経ちすぎてるし、わざわざ断面が潰されてる。」
そうか、とリゾットの静かな声が部屋に落ちた。それから、目を覚まさない二人を数人がかりで柩から救い出す。
送られてきた彼らの体温は相変わらず低いままだ。だが、彼らが慣れ親しんでしまっている嫌な冷たさではないことに、誰もが安堵の息をこぼした。
「リゾット。」
「なんだ。」
チョコラータの指示で、適当なベッドへと寝かせられた二人。脈をとり、いくらかの診察を終えたチョコラータは、部屋に残っていたリゾットに声をかけた。
ホルマジオたちはリビングに放棄されたままの空き箱を片しに戻っている。壁に寄りかかって目を閉じていたリゾットが、ゆるりと瞼を開けた。
「いつ起きるかはわからねぇな。念のため、病院に連れて行ったほうがいいだろうよ。」
「そうか。」
「私のところでいいか?」
「任せよう。お前のことを信頼していないが、こういうことに関しては信用してる。」
「そりゃあ嬉しいね。なら、明日……あぁ、明日手配しておこう。」
「……そいつらのことは頼んだぞ。」
「あぁ。可能な限り、手足の方もどうにかならねぇか考えておくさ。なに、治療費は給料から差っ引いといてやるよ。」
「最低限は残しておいてくれると助かる。」
「おお、引いといてやる引いといてやる。」
くつくつと笑いながら二人は部屋を出る。どちらかが部屋の電気を消し、おやすみ、と眠る二人に告げた。扉が閉められる。リビングからは相変わらず、賑やかな声が聞こえていた。
-----
▼蛇足:分割後編。このあと先生はリビングのソファで熟睡でしょうね。男だらけのアジトでも気にしない!だって誰も先生を女と見てはいないし、セッコがいるから安心なのです。
ここの先生と暗チはわりと仲がいい。
mae ◎ tugi