ばらばらのしゃんばら
きみとぼくと///


 ぱちりと目を覚ましたディアボロは見慣れぬ天井を見上げていた。当然、恵乃のリビングの天井なのだが、ついしばらく前に初めて訪れた家であるから、見慣れぬはずであった。
 ふらつく体をどうにか起き上がらせる。ソファの上に寝ていたらしい自身の体にはタオルケットがかけられているだけであった。はらりとめくれたその下が全裸であることに気がついて、ひくりと口元がこわばった。

 自分が陣取っているソファの足元に恵乃はもたれかかってテレビを見ている。流れているのは実に退屈な深夜のトーク番組で、恵乃はそれを聞き流しながら夢の世界へと旅立っていた。
 起こさないようにしつつ、尚且つ、自身が不用意な物音を立てないよう……つまり、うっかりと転んだりして死んでしまわないように……注意しながら部屋の中をうろつく。
 上半身をさらけ出すことに抵抗はないが、下半身はそうもいかないとばかりに、体に申し訳程度にかけられていたタオルケットを巻きつけながら。

 バスルームに続く脱衣所で、最初恵乃から渡された衣服を手に取り羽織る。大きさは存外ぴったりで、よくこんな服があったものだと感心半ばにリビングへと引き返そうとする。
 その時、バスルームを見てふと思い出したのだ。

「……あれは、夢だったのか。」

 情けないことに考え事に没頭するうちにのぼせてしまったとき。すっかり機能しない思考の中で、半身の姿を見た気がした。
 目が覚めて部屋を見渡しても、室内にいるのは自身と恵乃だけである。いるはずもないとわかっていながら、未だ、どこかにいるのではないかと求めてやまなかった。

「ドッピオ。」

 俺はお前になんといえばいいのだろう。俺はお前に合わせる顔がないというのに。
 ぐっと飲み込んだ囁きは、寝息だけが聞こえるリビングにしんと広まっては溶け消えた。

「ボス……?」

 眠っていた恵乃がとろりと目を開ける。暖かな色のライトに照らされた金にも見える目は、どこか赤みがかって……昔の誰かとそっくりの色をする。
 ディアボロの口から名前がこぼれた。
 ディアボロが呆然と立ち尽くす中、恵乃は寝起きのゆったりとした動作で立ち上がった。瞬きの一瞬で彼女の黒い髪が鮮やかに色を変える。額に滑り落ちた髪の色は。こちらを見つめる瞳の色は。あの、あの優しく微笑んでいる顔は。

「ボス、起きたんですね、よかった。」

 ディアボロは思う。これも夢の続きなのかと。
 ひたひたと近寄ってきた紫の髪の少年が、不安そうに顔を覗き込む。もう一度、随分と聴き慣れていた声が目前で自身を呼んだ。

「ドッピオ?」
「はい。」

 にこりと笑ったドッピオにディアボロは、やはり、ぼんやりと立ち尽くすしかなかった。
 なぜと、どうしてと聞きたいことは山とあったはずなのに、彼の頭からはすっかりと抜け落ちる。

「ドッピオ。」
「はい、ボス。」
「ドッピオ……。」
「ボス?」

 何も言えないまま、ディアボロはドッピオの頭をゆるくなでた。突然ではあったが、そうされたドッピオはやはり嬉しそうに笑うだけである。手の感触がリアルで、これが夢だなどともう思いたくはなかった。

「ボス。」
「なんだ。」
「おかえりなさい。」

 ドッピオとて、なんと言うべきなのかは分かっていない。彼もまた、これが夢でないことを切々と願っていた。だからこそ、そうであるようにと、ディアボロに言葉を与える。

「あぁ……長く、待たせてしまったな。」
「いいんです、こうして会えたから。」

 軽く首を傾けて微笑む少年に、珍しく、ディアボロも口元を緩ませた。

「……今戻ったぞ。」
「はいっ!」

 もっと、何かお互いに言いたいことがあったはずだった。しかし、今、どちらにとってもそれはどうでもいいことに過ぎなかった。
 お互いに無言で、ただ向かい合う。ただこれだけの時間を求めていたのだから。

mae  tugi
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