ばらばらのしゃんばら
かなしいひと///

「ぼ、ボス〜…お、おおお水、持ってきまし……。」

 早くいけと急かしに急かされ、交代した少年がそろりとガラス戸をあけて風呂場へと足を踏み入れる。湯気が浴室全体を覆っており、空気の流れができたことでそれはこちらへ向かって流れ出していった。
 浴槽でしんみりとしていた最後の姿を探して、すぐ目に付く浴槽へ視線を動かす。今さっき浴室を出たばかりなのだから、さして問題はないだろう。

「ボス?!」

 ……と思っていたのだが。ディアボロにまとわり付くレクイエムの呪いのなんと恐ろしいことか。当人は桃色の髪をだらりと垂れ下げ、浴槽にもたれかかってうつむいているではないか。
 その様子を見て、あわあわと少年が近寄り、その顔を上げさせる。頬が赤く、目は閉じられている。汗が額を伝い落ちていった。水を持っていて冷えていた手にはいささか熱くも感じられる、男の体。
 見まごうこともない。ディアボロは完全にのぼせていた。

「しまった、イタリアと日本じゃお風呂の文化が違うから…!」

 ディアボロの顔を上げさせ、ひとまず持ってきた水を飲ませる。こくりと喉が動いたのを見て、これからどうするべきかと体の持ち主へと問いかけようとしたその時だった。

「う……。」
「あ、ボスっ!」

 小さく呻きながらぼんやりとした様子で目を開けたディアボロ。こちら側を認識して、少しばかり驚いた顔をした。

「ドッピオ……?」

 ぱちゃりとお湯が跳ねる。ディアボロが濡れたままの腕をゆるく少年に、ドッピオに伸ばしたのだ。

「ボス……はいっ、僕です!」

 ぱっと明るく笑ったドッピオの頬に手が触れる。そして、その濡れた手から、水滴が落ちた。





「ほらね、会ってよかったでしょ。」
「そんなことより! ボス!」

 直後、ディアボロの腕がぼとりと落ちた。がんっと鈍い音を立てたのを聞かなかったことにしながら、ドッピオは再びあわあわと慌て出す。彼の体格では、自分よりはるかに屈強そうなディアボロの体は支えられない。かと言って、恵乃も女性である。どうしたものかと悩むドッピオと違い、恵乃は至って冷静であった。

「力が足りなければ、スタンドを使えばいいじゃない。」
「え?」
「私のデストロイ貸してあげるから、はい。」
「え?」
「運んどいて。」
「えぇ!?」

 ゆらりと背後にスタンドの気配を感じるやいなや、それはドッピオのうでにまとわりついた。半ば強引に引き渡されたスタンドの、その名前こそ”サーチ・アンド・デストロイ”である。彼女はよく、デストロイだのデストロイヤーだのと呼んでいる。その全貌を現すことは滅多になく、いつも腕ばかりの姿であった。
 ドッピオはといえば、デストロイの破壊力について身にしみている。彼女がなんのためらいもなく、車をも粉砕せしめるその力で幾人かを直接葬り去った現場を見てきているのだ。
 そんな恐ろしいものをほいほいと貸さないで欲しいと思いながらも、神経を使いながらディアボロへと腕を伸ばした。

「便利よねぇ、デストロイヤーの腕。介護用ロボとか話題になってるけど、多分こんな感じじゃない?」
「介護って……介護って……!」

 自分より背の高い成人男性を持ち上げるのは苦労するものだが、デストロイの力もあってか、存外、簡単に浴槽から引き上げることに成功した。あのままでは、あわや人間スープが出来上がってしまうところだったとドッピオは顔を青ざめさせる。

「ど、どこに運べば……。」
「とりあえずリビングのソファにでも寝かせておいたら。」
「そっ、うですね。」

 ずるずるとディアボロの足を引きずってしまうのは仕方がないことだろう。ドッピオは自分より背の高い恵乃がやればよかったのに、と文句を言いたくて仕方が無かった。
 ふたり揃ってしっとりと水に濡れており、床にはバスルームからリビングまでしっかりと水の道が出来上がっている。これを掃除するのはきっと自分だろうと思い、ドッピオはため息をついた。

「ご苦労様。あとは私がやろうか。」
「いえ、ここまで来たら僕が。」

 扇風機のスイッチを入れ、ディアボロへ向ける。風にそよがれながらぐったりとソファに横たわる全裸男性。荒い息に色づいた頬。ほんのりと赤い体と、そこから伝わる火照り。長い髪がたらりと重力に従い散らばっているその姿は、どことなく扇情的であった。

「いい眺めね。」
「恵乃さん。」
「冗談よ。」

 珍しく厳しい声をだすドッピオに恵乃はけたりと笑いを一つ。リビングから浴室へ向かって、今度は戻りながら床を丁寧に拭いていった。浴槽に忘れていったグラスを回収し、キッチンで新たに飲み物を注ぎ入れる。

「スポーツドリンクにしておいたら。」
「そうですね。」

 開けた冷蔵庫はすっきりとしており、しばらくしないで買い出しに行かねばならないだろうとふたりは揃って考える。目当ての大きめなペットボトルをとったドッピオは冷蔵庫をしめ、一度さっと水洗いしたコップにやや濁った白い飲料を注いだ。

「ね、ドッピオ。」
「はい?」
「よかったわね。」

 背後を振り向いたドッピオに、椅子に腰掛ける恵乃は微笑んでいた。またこの人は、体を預けて勝手に。とドッピオは文句を言いたかったが、その言葉の真意を読み取れた彼は、一言、はい、とだけ返す。
 その顔が実に嬉しそうであったので、恵乃もつられるように、柔らかく笑うのであった。

mae  tugi
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