ばらばらのしゃんばら
うえをむいて///

「本当にすごい災難の数々ね。」
「俺はお前のタフさに驚いてる。」

 幾度か車に、電柱に、犬に、ガラスに、鉄柱に襲われながらも彼女はきちんとディアボロを導いてみせた。その度に恵乃は厄介事を振り払う……いや、粉砕してみせた。おかげで、ここ最近では初めての生存期間記録を維持できている。最初こそ警戒していたディアボロだったが、そうしてるうちにやけにたくましく頼りになる恵乃にぴったりとくっついていた。
 歩きにくい気もしたが、彼女のスタンドはそんなのも気にしないとばかりに車を地面に沈め、電柱を叩き返し、犬を蹴り飛ばし、ガラスを粉々にし、鉄柱を叩き割った。その勇ましさたるや、男より男らしい。
 そうこうしているうちに、恵乃の家にたどり着く。ボロではないが、高級でもない、いたって普通のアパートメントの一室であった。ただし、ほどほどに防音はされており、ほかの家からやかましい音が聴こえてくることはなかったが。

「ここが私の家で、今日からボスの家にもなるわね。」
「さらっととんでもないこと言うんだな、お前。」
「ほかに行く場所もないでしょう?それに何度も言わせないでよ。約束は守るわよ。」

 ぱちんとウインクをしてみせる彼女は、実に豪胆である。もう惚れるくらいに男らしい。いや、むしろ、あの背中に惚れない人間がいるのだろうかと混乱を極めているディアボロはあさっての方向を向きながら考える。
 恵乃は入口で何事か考え始め動きを止めた彼のことなどお構いなしに部屋に入っていってしまった。ただいまーなどと言っているものの、返事があるわけではない。戻ってきた恵乃は何事か勘違いして、靴は脱いでねなどとのたまう。はっと意識を戻したディアボロはなれない慣習に従いながら部屋へと足を踏み入れた。

「ともかく、ううん、先にお風呂かしら?」
「…………。」
「あ、やだガソリン臭い! やっぱりそうしましょ。」

 勝手のわからないディアボロはリビングでぼんやりと突ったっていた。ひとりで今後の予定を勝手に組んでいく恵乃は第一の目的を達成するためにせかせかと動く。箪笥にしまわれていた男物の、特に大きめな服を一着。新品のタオルをばりばりとビニールから取り出し、脱衣所にぽいと放り投げる。自分の下着と着替えも素早く用意しつつ、ディアボロの手を取った。
 硬直していたディアボロは……その提案に嫌だと叫びたかった。しかし、レクイエムの環状線をぐるぐると歩み続けているうちに一度でも体を清潔にしたことがあっただろうかと思い返す。いや、そもそも、毎回体もリセットされているはずだから汚れていたりするわけではないのだが。そうであっても、感覚として、長いあいだ体を洗っていないという事実は少々不快感をもたらす。
 嫌な予感がひしひしとするので、できることなら拒否したかったが背に腹はかえられまい。こくりと頷いた自分より背の高い男に、恵乃は少しばかり首をかしげながら浴槽を案内した。


「着替えなんだけどね、ちょっとちょうどいいのが見当たらないからとりあえずこれ使って。」
「あ、あぁ、すまんな。」
「何かあったら呼んで?すぐ行くから。」
「わかった。」

 その数分後、恵乃は風呂場から激しい物音が響き渡る。慌ててきびすを返し、悪いと思いつつも風呂場を除く。見事に転倒し、意識をなくしているディアボロ。足元には石鹸。そんな馬鹿なと思うと同時に、彼に付きまとっている死神のその鎌の恐ろしさを痛感する恵乃。
 流石に全裸で倒れふしたままの男を放置するのも、元々少ない良心が痛み、仕方なくではあるがその体を介抱する。頭をサッシに勢いよく打ち付けたらしく、後頭部からは血が流れていく。手が血で汚れたが、しばらくしないうちに傷は塞がったらしい。

「……本当におっかない能力ね。」

 この様子では、このあとも風呂場で数回は死ぬだろう。ヘッドシャワーが壊れたり、浴槽で足を滑らせたりすることを思うと、おちおちひとりで風呂にはいらせるのもためらわれる。今回の被害は石鹸が一つ粉々になった程度ですんだが、浴槽マルごと破損でもさせられれば修理費は目も当てられない。

「ぐ……。」
「ボス、痛いところは?」
「少し頭が……。」

 仕方がないとため息をついたところで、ディアボロが目を覚ます。暖かいシャワールームのあかりに照らされてはっきりと見えるその目は、疲労が滲んでいる。ただの疲労ではない。もっと深く、重たい、精神の磨り減った疲れの色。それだけで、どことなく、彼が巡り巡る死の廻廊のおぞましさを垣間見る。
 はっと起き上がった男は、自分がまた死んだことに気がつき、重々しくため息をついた。珍しく……といっても、彼女たちが遭遇してからまだ数時間も経っていないが……彼にしては珍しく素直に、弱々しいつぶやきが溢れる。

「……すまん。」
「別に、ボスのせいじゃないもの。」

 手にはしっとりと血が残されている。履いていたストッキングも、浴槽で膝をついた拍子に濡れてしまった。上着は既に脱いでいたが、スカートには水だけでない黒々とした跡がついている。洗うのも面倒だから、彼女はそのスーツを捨てる気でいた。
 しかし全裸でも気にしないものなんだなと納得して、恵乃はさっさと服を脱ぎだした。それにぎょっとしたのはディアボロのほうであったが。

「お、おい?」
「あなたをこのまま風呂に入れたら、次はなにが壊れるかしらね。」
「……。」

 苦々しい表情をしてディアボロは黙りこんだ。言い換えしようもない。正直、これまでも浴槽にワープさせられて死んだことくらいあるし、そうでなくても水は好きじゃない。一番最初のループ。忌々しい黄金の少年のレクイエムに殴られた直後、川に落ちた。そこからだ。そこからが地獄の始まりだったのだ。冷たい水は、男にいやでも、あの時のことを思い出させる。

「タオルは巻いてるから、気にしないで。」
「お前……。」
「なに?」
「…………いや、俺はこのままおとなしくしてる。」
「そうして。じゃ、失礼しまーす。」

 お前、本当に女か。兄貴かなにかの間違えなんじゃあないか。

 そう言ってやりたかったが、言ったが最期、彼女のスタンドに殴り殺される未来が見えた気がした。エピタフは使うまでもなかった。

mae  tugi
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