三千世界の夢の果て2///


「ははぁ、なるほどなるほど。」

 突然現れたその人は逆光のせいで真っ黒に見えた。朱色の面だけが色を持っていて、まるで面をつけた影でも現れたのかとびっくりしてしまった。
 その人のゆるりとした声と視線が俺を見る。知っている。あの笑は、今俺がうずくまってるすぐそばの人が浮かべるのと同じものだ。

「躾の途中でしたか、いや邪魔して失敬。」

 審神者もまだあの人のことを警戒している。俺はもはや身動きさえとれず、ただごろりと床を這いつくばって二人を見上げるだけだ。
 きしりと床板が軋んだ。朱色の面がずいっと近づく。

「それで、審神者殿。コレは何をしでかしたので?」

 コレ、とまるで物を扱う言い方さえも目の前の二人はそっくりだ。

「武具を破損させたんですよ、そやつは。」
「ははは、アレも無償ではないでしょう、それはまた痛い出費になる。」
「全くです。」

 ぼんやりと見ていたら突然、視界が開ける。同時に、痛みで目を見開いた。

「いっ…!?」

 ぎりぎりと髪をつかみあげる目の前の人が、口元だけで笑っている。引きちぎれる髪と、強引に引かれる頭部の痛みに涙が滲んだ。

「っ、っ…!」
「わかってるのかい、君の話だよ。」

 ぱっと手が離れる。支えを失い、地面に勢いよく顔を強打する。痛みで悶える暇もなく、あの人は俺の首を持ち上げた。
 細い見た目のわりにその手には結構な力があった。首をぎちぎちと締め上げられながら、どういうわけかその人は俺を持ち上げる。片腕で!
 たったの一箇所に体重がのしかかり、息が詰まる。じたばたと暴れたくとも、呼吸が、息がうまく吸えない。動脈を、器官を押しつぶすその手から逃れたくて、俺はその人の腕にしがみつく。
 がりっ。俺の指先がその人の腕を掠める。うっすらと赤い線がその腕に引かれる。なのにその人はびくともしないし、気にもとめない。

「役にも立たないで、いたずらに武具を消費して…」

 この人は。

「君にそうまでする必要はあるのかな?」

 にんまりと笑ってる。赤い面は笑ってないのに、にんまりと、その人が。あぁ、この人は、この人は俺を。

「穀潰しに我々は用はないんだよ。」

 おれをころすつもりだ。

 みしり。首元から締め上げられる音がする。どくどくと音がうるさくて、あの人たちがなんて言っているのか聞こえなくなってくる。顔に血が溜まってるような圧迫感。視界が黒ずむ。

 おれ、しぬのか。

「待っとおせ!」


mae  tugi
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