三千世界の夢の果て///

 彼女がそこへ足を踏み入れたとき、大層驚いたものであった。というのも、恐ろしく静まり返っていたからである。
 本来であれば幾人かが話し声を発していたり、走り回っていたりと元気よく遊んでいる様子を見るつもりであった。しかし、どうみても、そこは廃墟かと見まごうほどの静寂ばかりであった。

 妙だなと思いながらも勝手とは思ったが廊下を進んでいく。春も近づいてきただけあって、日差しは随分と暖かかった。
 きしりと踏むたびに僅かに音を上げる床板。その音に隠れるように、通り過ぎていく障子の向こうから押し殺された息遣いが聞こえた。
 どうやら無人ではないようだと理解しながらも、なぜ彼らが姿を見せないのかと不思議に思う。

「君たちの主にお会いしたいのですが。」

 影さえ見せないが、気配だけは薄らを感じ取れる。おそらく、障子の向こう側、部屋の隅で息を殺してこちらを警戒しているのだろうとアタリをつけた。

 声をかけても、気のせいだったのかと錯覚するほどに反応はなかった。

「おんしゃぁ、誰なが?」

 返事があったのは、ひとつ向こうの部屋からだった。しかし声の主は顔を出しはしない。
 特徴的な口調に一瞬意識を取られながらも「関係者ですよ。」と当たり障りなく返事をする。

「そうなが……。主やったら奥の部屋にかぁらん。」

 多分の。……と、小さく付け加えられたのを聞き届けてから彼女は礼を言った。

 よどみなく彼女は先へ先へと進んでいく。最奥の部屋にたどり着いて、そこから物音が聞こえてくることに気が付く。
 ふと、彼女は部屋から聞こえてくる物音に集中する。
 まずはひとつ。それは男性の声だろうか。怒鳴り声が聞こえてきた。ふたつ。まだ若い声がする。彼が誰かはわからないが、それはうめき声のようだった。
 みっつ。重い音がした。よっつ。足元が軽く揺れ、そしてばたんと大きな音がした。

 そろり。彼女は好奇心から障子に手をかけて覗き込む。

「おお、審神者殿。ここにおられましたか。」

 それから、のんびりと彼女は部屋にいた人物に声をかけた。

 声をかけられたのは男である。体躯がそこそこいい、しかし何やら苛立たしげな様子の男であった。
 審神者殿と呼ばれた彼ははっと振り返り、「誰だ」と鋭い声を発した。ぎろりと睨みつけられながら彼女はけろりとした様子で答える。

「いや、なに、伝達がいってるかと思うのですけれどね。私が此度の審査を仰せつかりました……まぁ、そうですなぁ。名を名乗る程でもありませんゆえ、ここはひとつ、審査官とでもお呼び下さいな、審神者殿。」

 彼女は、口元だけでにこりと笑いを作った。その目が笑っていたかどうか…… 面に隠れてしまっていて、それは審神者にはわからなかった。



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思いつきにも程がある下衆審神者とズタボロ刀剣と主人公たる審査官のはなし。

mae  tugi
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